■キリ番 ニアピン3500/新堂周様■

BAD and BEST PARTNER / 8



「…そう、だったの……」
あの洞窟の中でどのようなやり取りがあったのかを一通り説明し終えたビクトールに、ユーリは深い溜息をついてそう言った。
周囲は夕闇に沈み、赤い炎がぱちぱちと音を立てながら燃え盛っている。
結局あの後、ビクトールは疲労のあまりに倒れこむように寝てしまったフリックを抱えて、洞窟のそばにある一本の大きな木の根元に移動した。
すでに陽は傾き、綺麗な夕焼けが空に広がっていた。
「このままここで野宿かもしれねぇな…」
そのビクトールの一言で、今晩はこの場で野宿ということになったのだ。
枯れ木を集めて火をおこし、持っていた携帯食を簡易鍋で煮てスープを作り、それを飲みながらビクトールは洞窟でであった龍のこと、その龍の身の上に起こったことをユーリに語った。
ユーリは話を聞く間、今まで集めていた薬の材料と、今回ビクトールとフリックがそれぞれ手に入れた材料を合わせ、岩を組み合わせて作った竈にかけた鍋の中に水とともに入れながら、その中身を煮詰めていた。
ビクトールの話が終り、鍋をかき回す手を止め溜息をついてうなだれたままのユーリを、とりあえずはそっとしておこうと思い、ビクトールは毛布に包まれて眠る相棒のほうを見た。
火に照らされているためか、ほんのりと赤くなっている頬に安堵する。こころもち身体を丸めてこんこんと眠るフリックは、ぴくりとも動こうとしない。
「ったく、無茶しやがって…」
無理な魔力の使い方をするフリックに、ビクトールは思わず悪態をついた。いくら強い魔力を持っているからとはいえ、身体がついていかない使い方をするとは、戦いなれている傭兵とは思えない。戦う、ということにおいてこれほどまでに長けていながらも、時折そのような無理な戦い方をするフリックに、そのたびに驚かされる。
と、心の中でぶつぶつ言いながらも、ビクトールは毛布を掛けなおしてやろうと手を伸ばした。
そのとき、フリックがふっと目を開いた。あまりにも突然だったので、思わずビクトールはその体勢で固まってしまった。
どこかぼんやりとした表情で辺りを見回し、目の前でビクトールが毛布を手に硬直しているのを見て、「…なにやってんだ、お前?」と思わずつっこみ、体を起こそうとした。だがまだ体調が戻っていないのか、そのまま突っ伏してしまう。
それを見て、ようやく金縛り状態から脱したビクトールが、フリックの頭の上から毛布をばさりとおとした。
「馬鹿かお前。まだ体力戻ってねぇんだよ。大人しく寝てな」
その言葉に、フリックは毛布を跳ね除けて、顔だけ出してビクトールを睨む。
「馬鹿とはなんだよ」
「後のことも省みねぇで全力で紋章を放つやつのことだよ」
即座に切り替えしたビクトールに、フリックは不満げな顔でぼやいた。
「省みてないわけじゃないぞ」
「じゃ、どーゆー了見だよ」
「お前がいただろ。だからだよ」
さらりと言われた言葉をビクトールがきちんと理解できるまで一瞬間が開いた。
そしてその言葉に含まれた意味に気づいた瞬間、柄にもなくビクトールは真っ赤な顔をしてそっぽを向いてしまう。
「…ったく、しょうがねぇヤツ……」
そのぼやきを聞き、さらに言い返そうとしたフリックの耳に、くすっという笑い声が飛び込んできた。
その発信源を見ると、どこか懐かしそうな表情で、ユーリがこちらを見ていた。
「ごめんなさい……でも、なんだかあなたたちのやりとりが、懐かしくて……」
フリックと目が合い、ユーリはそう謝った。その言葉に、フリックとビクトールは同時に首をかしげた。
「懐かしい?」
「ええ。………あの人と私も、そんな感じだったんだ…。もっとも、私はずいぶん、お荷物だったんだけど…」
ぽつりとユーリが答えを返す。そして意を決したように、二人を見つめて、口を開いた。
「話、聞いてくれるって言ったよね。ビクトールさん。…今、話したいんだけど。いいかな?」
承諾の代わりにビクトールはユーリに向かって座りなおした。フリックも起き上がり、それにならおうとするが、ビクトールに問答無用で頭を押さえつけられて、じろりと睨み付ける。だが、逆に何も言わずにじろりと見返してきたビクトールに、諦めの溜息をつき、毛布にくるまり再度横になった。
「…私ね、おじいちゃんの顔、知らないんだ」
唐突にそんな話をはじめたユーリに、二人は黙って頷いた。少し遠くを見つめながらユーリは続ける。
「小さい頃から話だけは両親から聞いていて。すごい薬剤師だったって。どんな薬でも調合できた人だって。だから憧れていたの。そんな時、私は実家の倉庫からひとつの薬の製法が書かれた羊皮紙を見つけたの」
「それが、見せてくれたやつだな?」
フリックの言葉に、ユーリは頷いた。
「そう。だいたい二人に説明したとおりよ。本当に何の薬ができるかは書かれていなかったの。ただ、予測はついていたんだけどね…」
「予測…?」
「そう。あれに書かれた材料は、幻覚剤の製法に近いものがあったの。だけど、決定的にひとつ違うものが入っていたの。それが、『龍の髭』…」
今回苦労して手に入れた材料の名前を言われ、ビクトールは首をかしげた。
「ま、確かに早々手に入るもんでもないしなあ。それで、こいつは何に使うもんなんだ、普通は?」
「『竜の髭』はね、交霊師が霊を呼ぶ時に使うものなの。そこから考えて…私たちは、使った人間が逢いたい霊と交霊できるんじゃないかと判断したの」
交霊師、と聞き、ビクトールはちらり、と相棒のほうに視線をやった。まだ顔色は悪いものの、特にいつもとあまりかわりのない表情を確認し、ユーリに目を向けなおした。
「…で、お前さんはその薬を使って、顔も見たことのないじーさんに会いたかったんだな?」
大体の予想がつき、確認するようにビクトールが言うと、ユーリはこくりと頷いた。
「そう。だから薬を作ろうと思って、私は―――私と、あの人は材料を集めはじめたの」
先ほど口にした「あの人」という誰かを示す言葉を耳にし、それまで黙っていたフリックが口を開いた。
「その、『あの人』っていうのが、ユーリ、君と同じ薬剤師で―――、そして、」
そこで一度言葉を切り、フリックは一瞬だけためらった後、言葉を続けた。
「そして、探して欲しいと言っていた、青水晶の持ち主、なんだな?」
フリックの言葉に、ユーリは薄く微笑み、頷いた。
「青水晶?……って、もしかしたらよ、」
「?どうしたんだ、ビクトー、」
いきなり身につけた袋の中を漁り始めたビクトールに、何事かと横を向いて声をかけたフリックは、彼が手にしたものを見て、ぽかんと口を開けて固まってしまった。
「これのことか?」
ひびの入った拳大の青水晶を取り出したビクトールは、二人によく見えるように、と目の高さに持ち上げる。
「―――ど、どうしたの、それ?」
ユーリは驚いて手を差し伸べた。その掌に水晶を載せてやりながらビクトールはあっさりと答えた。
「それな。さっき龍が砕け散った後に見つけたんだけどよ。なんだかわかんねえけどとりあえず拾っといたんだ……って、おいおいおいっっっ!」
ビクトールは慌てて腰を浮かせた。目の前でじっとその水晶に見入っていたユーリが、唐突に涙をこぼしたからだ。
「ど、どうしたんだよ、ユーリっ」
「あ、ご、ごめんなさい。なんでもないの、ただ、やっぱりそうだったんだなって分ってほっとしたっていうかショックだったっていうか―――」
こぼした涙をぬぐいながら、ユーリは微笑んだ。その微笑に、フリックはやりきれなくなり、毛布を肩にかけたままユーリの横まで腹ばいに進み、頭に手を置いた。
「――― いいんだぞ。泣きたいんだったら、泣いて」
そう言って軽く髪を撫でてやる。一瞬、ユーリは泣きそうに顔をゆがめたが、頭を横に振った。
「大丈夫。ありがとう、フリックさん。でも―――、分ってたことだから。本当に、あの人が―――この洞窟で死んだってことは」
そう言い、ユーリは立ち上がった。そして、火にかけたままの鍋に手を伸ばし、それを下ろした。
そして、足元に置いていた袋の中から道具を取り出し、並べ始める。
フリックはそのユーリの様子に、ふうっと溜息をつきつつも、邪魔にならないようにもとの居場所に戻った。
だいぶ調子も戻ってきたので、横にならずにきちんと座った。そのフリックに、ようやく話が見えてきたビクトールは、横目でちらりと彼を見る。
「なるほど、な。龍の言っていた暴発の巻き添え食らったってのが―――」
「そう、だ」
ビクトールにみなまで言わさず、フリックは頷いた。そして、無言で鍋の中身を小さな金属の器に移していくユーリを見て、内心でこっそり溜息をつく。
ユーリは、最初は確かに生まれる前になくなった祖父に一目逢いたい、と思い、その薬を作ろうとしていたのだろう。そして、ユーリの友達も、それに協力していた。だが―――不運にも、その友達は材料集めの途中で命を落とした。ユーリの口ぶりからいって、その友達はおそらく一人でここに来て―――そして、帰らぬ人となったのだろう。
きっと、ユーリはその友達に、逢いたいに違いない。逢って―――そして、伝えたいことが、あるのだろう。
自分の知らないところで、命を落とした大切な人に。最期に立ち会えなかったかわりに、どうしても伝えたい、言葉を。
その気持ちは、フリックにも覚えのあるものだった。最後に会った時のぬくもりをまだ覚えているというのに、突然、目の前から姿を消した大切な人。その死に立ち会った人間から話を聞いても、それは実感の湧かない、どこか遠い話のようで。どんな形でもいい、逢いたいと。それだけを願ったこともある。一目逢い、そして、伝えたいことがあって―――その想いに、眠れぬ夜を幾度過ごしたか知れない。
けれど、とフリックは首をそっと横に振った。それは、その想いは―――
「…あとは、これに火をつければいいだけ……」
物思いに耽ってしまった耳に、ユーリのどこか固い口調が飛び込んできて、フリックははっとして顔を上げた。
ユーリは鍋に入っていたどろどろの液体を小さな金属の器に入れ、その中心に油を染み込ませた紐を立て、簡易蝋燭のようなものを作り出していた。その数は、三つ。
そのうち二つを両手にとり、ユーリはビクトールとフリックに差し出した。
「薬ができたら、分けるって約束したから……受け取ってほしいの」
「いや、それは確かにそう言ったけどよ……」
言葉尻を濁し、ビクトールが「まいったなあ」という顔で頭をぼりぼり掻いた。フリックもどう言おうか悩み、ビクトールをちらりと見ると、たまたま目が合う。ビクトールの苦笑に、フリックも苦笑して頷いた。
「ユーリ、これは受け取れないよ」
「え、どうして―――」
驚いた顔でユーリが何か言いかけるのを手を上げてさえぎり、フリックは続けた。
「それに、ユーリが逢いたいのは、おじいさんだけじゃないんだろう?その、大切な友達にも、逢いたいんじゃないのか?」
フリックの言葉に、ユーリははっとした顔をした。
「そ、それは、そうだけど。でも―――ひとつで一人しか呼べないのかなんて、わからないし―――」
「わからないんだろう?だからさ、そのできた蝋燭は、自分の為に使うんだ。そのために、集めていたんだろう?」
諭すようなフリックの言葉に、ユーリは頷いた。
「―――わかった。じゃあ、使わせてもらう。だけどね、」
そう言って、ユーリは右手の蝋燭のみをずいっとフリックの前に差し出し、無理矢理フリックの手の上に載せた。
「おいおい、ユーリ……」
「私には、二つで十分なの。もしも、ビクトールさんもフリックさんもいらなかったら、捨ててかまわないから。だから、受け取るだけ受け取って」
これ以上は、譲らない。という顔で二人を見るユーリに、フリックは諦めたような苦笑を顔に浮かべた。
「わかったよ。じゃあ、報酬として確かに受け取った」
「―――ありがと」
ようやくユーリも微笑み、そして立ち上がった。
「それじゃ、火を、つけてみるね……」
真剣な顔で言うユーリに、二人は頷いた。
「うまく、いくといいな………」
フリックの呟きに、隣に座っていたビクトールも頷く。
「きっといくさ。そう信じておけよ」
「……そう、だな」
二人のやりとりに気づいた様子もなく、ユーリはそっと蝋燭の芯に火を灯した。
火のともった蝋燭から、ほのかに青白い煙が立ち昇る。微かに甘い花の香りがして、その場に広がっていった。
ユーリは足元に置いた蝋燭を蹴らないようにゆっくりと立ち上がり、一歩後ろへ下がった。
「お願い―――お願いだから―――来て……」
そっと手を祈りの形に組み、空を見上げる。どこまでも真直ぐな瞳を空へ向け、逢いたい人を想いうかべる為にユーリは目を閉じた。

最初にその変化に気づいたのは、フリックだった。
先ほどまで聞こえていた微かな虫の音が、聞こえなくなった。そして、強い紋章を使った後の空間特有の「重み」が肩にのしかかってくる気がして、目を細める。
「なにか―――来る、な」
遅ればせながらビクトールも場の雰囲気の変化に気づいたようだった。
その言葉に頷きかけ―――フリックは目を見張った。
「―――っ、ビクトール、あれ……」
驚きつつも声を潜めてフリックはユーリの立つ方に、指を向けた。それに促されるようにビクトールもそちらを見遣り―――動きを止めた。
ゆらり、と白い影が、蝋燭の出す煙の中に蠢いている。だんだんとそれは人の形をとりはじめた。そして、透けてはいるが、顔かたちが分るくらいに人の形をとったそれが、まだ目を閉じているユーリにそっと手を伸ばす。
その気配を感じたのか、ユーリがはっと目を開いた。そして目の前にゆらめく人影を見て―――手を伸ばす。
「……っ、カイっ!」
だがユーリの伸ばした手と、その少年が伸ばした手は触れ合うことはできなかった。ユーリの手が、少年の手をすり抜けてしまったからだ。
思わず呆然と自分の手を見詰めるユーリの耳に、笑い声が聞こえた。
『あいかわらず、そそっかしいよなあ、ユーリ。触れるわけないだろ?オレ、幽霊なんだからさ』
そのあっけらかんとしたものの言い方に、はたで聞いていたビクトールとフリックが顔を見合わせた。
「―――なんだか、やけに明るいヤツだな……」
「ああ。というか―――なんか、妙に悟りきってるような気もするけど……」
その会話に、ようやくユーリは我に返って、その少年に食ってかかった。
「あ、あいかわらずそそっかしいとは失礼ねっっ!しょうがないでしょ、初体験なんだから!」
「おいおいおい―――」
何を喧嘩してるんだか、と思わずフリックは頭を抑えてうめいた。
「ああやって、お嬢ちゃんは気丈に振舞おうとしてるだけだろ、多分」
ビクトールの指摘に、フリックはユーリを見た。
「確かに、な」
口調はきついが、握り締めた手が、震えている。そして、ここ最近で見慣れてしまった、涙を堪えた瞳で、目の前の少年を見つめていた。
フリックでさえ、その様子に気づいたのだ。友達だった少年が気づかないわけもなく、呆れたように肩をすくめた。
『―――泣き虫なのも、かわってないな。ユーリ……』
「……っ泣いてなんか、いないわよ!だって、私が泣くのは、ズルイものっ…!」
ユーリはそう言いながらも、零れ落ちてきた涙を無造作にぬぐって言葉を続けた。
「あの時―――、二手に分かれて行こうなんて私が言わなければ、こんなことにならなかったかもしれないのに。私が、自分のできる範囲のこと、きちんとわかっていれば、カイがこんなことにならなくて、すんだかもしれないのに……っ」
過去のことを悔やむユーリの言葉に、フリックはようやく納得がいった。ユーリが、どうしてあそこまで、無茶をするなと言ったのか。
きっと最後の材料を、自分たちと同じように二手に分かれて取りに行ったのだろう。そして、少年は―――カイは戻ってこなかった。
「私が、無理を言ったから―――っ!」
ユーリの言葉に、だがカイは肩をすくめただけだった。
『あのな。さっきから自分が悪いってお前は言うけど、オレは自分がやりたいからやっただけだぜ?その結果、まあ―――多少、ドジふんじまったけど』
「だけど……っ!」
『ユーリ、』
さらに言い募ろうとしたユーリを、カイはやんわりと押し留めた。そして、にっこりと微笑んだ。
『―――よく、ここまでがんばって、薬、完成させたな。ユーリ……』
よかったな、と笑うカイに、ユーリはとうとう泣き出してしまい、俯いた。そんな彼女の肩にすり抜けないよう自分の手を乗せ、「ほら、」と顔を上げるように促す。
のろのろと顔を上げるユーリに頷き、ふと左手をむいた。
『じいちゃんもさ、頑張ったって言ってるぜ?』
「えっ……!?」
驚き、カイが見ているほうを振り向くと、もうひとつの蝋燭の上に、確かに人影のようなものが揺らめいている。
『ああ―――、あんまりはっきり見えないか……。まあ、じいちゃんはだいぶ昔に死んじまってるからしょうがないか……。あんまりにもユーリが心配だから、無理して出てきたんだぜ?』
カイよりも遥かに背の高い人影が、ゆっくりと頷いたように、ユーリには見えた。
「おじい、ちゃん……?頑張ったって、言ってくれるの?」
ユーリはようやく笑みを顔に浮かべた。
「―――ありがとう、おじいちゃん……」
そのユーリの笑みに安心したのか、祖父の影はだんだんと薄くなり、そして消えた。
『あー、やっぱりあんまりこっちにいられないみたいだなあ。先に戻ってるってさ。さて、と―――』
苦笑してそう言ったカイは、真剣な瞳で、ユーリを見た。
『ユーリ、お前は―――どうしたいんだ?』
何もかもわかっている、という顔でそう訊ねてくるカイに、ユーリはふわりと微笑んだ。
「――― いっしょに、連れて行って……もう、ひとりは嫌なの―――」
その一言に、今まで口をはさまずそっと見守っていたフリックはギョッとして腰を浮かせた。口を開きかけたところで、隣に座ったままのビクトールに腕をつかまれて再度腰を落としてしまう。
「っ、何で、とめるんだよっ!」
思わず声を荒げてきつく睨みつけるフリックに、ビクトールは「しょうがねぇだろ…」と苦虫を潰したような顔で言った。
「ユーリは、もう、死んでる人間なんだからよ……」
唐突なビクトールの言葉に、フリックは一瞬ぽかんとした。だが、その言葉の意味が頭に染み渡ると、驚愕の表情を浮かべた。
「な、んだって……?」
「だから。ユーリは、もう死んでんだよ」
再度繰り返したビクトールの苦い表情で、それが冗談でもなんでもないとわかったフリックはユーリを振り返った。
カイに寄り添うように立ってフリック達を見ていたユーリが、申し訳なさそうに微笑んだ。
「―――ビクトールさんの、言う通り……私は、もうだいぶ前に死んだの。けれど、カイを死なせてまで求めた薬を完成することもできずに死んでいくのが嫌で嫌で―――そう願ったら、死ななかったの。ううん、正確に言えば、死んだ直後の状態で、いられたの―――」
告げられた事実に、フリックは驚きを隠さずにはいられなかった。
「そんなことが、可能なのか―――?」
「多分……この、お守り代わりの水晶のせいじゃないかな…」
そう言ってユーリが二人に見せたのは、拳大の緑色の水晶だった。ユーリが探していた、青水晶と同じものだ。
「これには、破魔の紋章の力が込められているって言われてるの。だからじゃないかな、私が、死んでもこうやって動き回れているのは―――。でも、もう、それも終り。仮初の命は所詮偽物だし―――なにより、こうやってカイに迎えに来てもらえたから―――」
そう言うユーリの表情はどこまでも穏やかで、フリックはもう何も言えなかった。
俯いてしまったフリックの肩を、そっとビクトールが叩いた。
「――― そんな顔してたら、ユーリが心配しちまって、逝けないぜ?」
ビクトールの言葉に、フリックは顔を上げる。片眉をひょいっとあげて、ビクトールは顎をしゃくった。
その形を崩し始めた少年に抱かれるように、ユーリがこちらを見ていた。そのユーリの姿も、次第にぼやけて輪郭がわからなくなっていく。
「フリックさん、ビクトールさん―――、黙っててごめんなさい……」
それでも明瞭に聞こえてくるユーリの声に、フリックはなんとか顔に微笑を浮かべた。
「幸せに、な。ユーリ……」
適切な言葉ではなかったかもしれないが、今のユーリへ向ける言葉はこれ以外ないような気がして、フリックは言った。そのフリックの言葉に、ユーリは一瞬、驚いた顔をして、そして。
「あなたたち二人みたいに、いいパートナーになれるように頑張るわ。……本当に、ありがとう……」
そう言って、今までに見せたことのない、幸せそうな顔をして、光に包まれて消えた。
ひびの入った、二つの水晶をその場に残して―――


「あっさりと、逝ったな……」
そう呟くビクトールに、黙祷していたフリックは瞳を開いた。
「そうだな、」
昨晩野宿した大木の根元に、木で作られた簡素な十字架が二つ、突き刺さっている。
必要ないかもしれないが、と二人で作ったユーリとカイの墓だ。その土の下には、二人の水晶が埋めてある。それから、ユーリから受け取った、蝋燭が。
「願いが叶ったんだ。そりゃあ、あっさりと逝けるだろう。しかも、一番大切な人が迎えに来てくれたんだからな」
どこか拗ねたような口調でぼやいたビクトールがおかしくて、フリックは苦笑しながらそう言った。
「さて、と。そろそろ行くか?」
ユーリが乗ってきた馬は手綱を外して野に放った。人懐こかった馬なので、迷わず村に帰るだろう。
自分が乗ってきた馬に、さて二人で乗れるかと考えながらその鬣をさすってやっていると、背後からビクトールが声をかけた。
「フリック、」
どこか真剣なその声に、フリックは振り返った。こちらを見つめてくる瞳が、どこか言いにくそうにゆがめられた。
「お前さ。あの蝋燭、使おうと思わなかったのか?」
普段のビクトールには似つかわしくない、どこか頼りなさそうな声に、フリックは驚いた。そして、その言葉に込められた意味を正確に読取り、フリックは思わず苦笑した。
「そうだな……」
どういえば、正確に自分の思いが伝わるか考えながら、フリックは口を開いた。
「思わなかったといえば、嘘になるな。逢いたいと思うさ―――彼女に」
自分の命よりも、大切だった彼女に。最期すら看取ってやれなかった彼女に。
「でもな、」
少しつらそうにこちらを見てくるビクトールに、「この心配性が…」と呆れつつ、乱暴に言葉を続けた。
「逢って、そして何を言えと―――?ユーリのように、連れて行ってくれって、頼めと言うのか?」
それを望まなかったかといえば、それは嘘だ。彼女の、命をかけた望みを叶えた後は、確かにそう思った。
それをビクトールも知っている。だから、ビクトールはフリックの言葉に反論しようと口を開いたが、フリックはそれを許さなかった。
「ごめんだな。俺は、そこまで情けない男じゃないぜ?それに――― そんな情けない面したお前を置いていけるかよ?」
いっそ清々しくそう言い放ったフリックに、ビクトールは呆気に取られた表情をした。
それも、一瞬のことだった。
「―――っ、だ・れ・が!情けない面だって?」
そう言って、首にがしっと腕を回して頭を押さえつけてくる。
「お前だよ、馬鹿熊っ!俺以外の誰がお前の熊っぷりについていけると思ってんだ!?」
「だから誰が熊だよ誰かっ!」
いつもの調子で軽口を叩いてくるビクトールに、フリックは思い切り笑った。珍しくも全開の笑顔を見せるフリックに驚きながらも、つられてビクトールも笑い出す。
「お前が俺の命を拾ってくれたからな。しょうがないから、とりあえずは面倒見てやるよ!」
「おーおー!言ったな!!後悔すんなよ!!」
「お前こそな。俺の目の黒いうちは、暴飲暴食させないからな」
「ちょ、それはちょっとばかし違う話じゃ―――」
「いーや、一緒だ」
笑いながらビクトールの腕から逃れ、フリックはひらりと馬の背に乗った。そして、右手を差し伸べる。
「――― 行こうぜ、ビクトール」
ビクトールも笑ってその手を取った。地面を蹴り、フリックの後ろにまたがる。
「さて、どっちに向かう?」
後ろを振り返りながらそう訊ねたフリックに、ビクトールは東を指差した。
「ユーリのおかげで懐があったまったからな。このまま真直ぐサウスウィンドウへ向かおうぜ!」
「了解」
手綱を握りなおし、フリックは馬の腹を蹴る。乗り手の意思を正確に汲み取り、馬は東に向かって走り出した。
背中にビクトールの体温を感じ、フリックはふとユーリの最期の言葉を思い出した。
『あなたたち二人みたいに、いいパートナーになれるように頑張るわ』
いいと思える時もあれば悪いと思える時もあるこの相棒に、お互いが嫌になるまではとりあえずこうやって背中を預けていきたいと、その熱を感じながら改めて思った。
そして、ビクトールが同じように思ってくれたらいいと、少しだけ願った―――。


fin...

 *オマケ*

■あとがき■

last update 2001/01/14