■キリ番 ニアピン3500/新堂周様■
BAD and BEST PARTNER / 6
「さて、と。ここが"風の洞窟"か…」 馬を降り立ち、その鬣をなでてやりながらフリックは目の前にぽっかりと口をあけている洞窟を見て呟いた。 「そうよ、ここがあの羊皮紙に書かれていた場所」 その呟きが聞こえたのか、まだ馬の背に乗ったままのユーリがフリックの言葉を肯定した。 馬上を見上げると、厳しい顔つきをしたユーリが、真直ぐ洞窟を見据えている。 その表情に、フリックはこっそりと溜息をついた。 「―――一応、先に言っておくけど、ユーリ、」 この調子では無理だろうと思いつつ、フリックは言葉を続けた。 「君はここで待っていてくれ」 「いや」 即答されてフリックは今度ははあっと大きな溜息をついた。 ユーリは「ついていく」というだろうとは思っていたが、ここまで即答で否定されると、とりつくしまもない。 「あのな、ユーリ。もしかしたら龍がいるかもしれないんだろ?もしもいた場合、俺は君をかばいながら戦えると断言できない」 絶対に守り通す、という言葉を実践できると思っていたこともある。その力が自分にはあると信じていた、あの頃。 だが、それがいかに難しいことか、今は身をもって知っている。守りたいという気持ちがあったとしても、たやすく守るなどとは言えなかった。 「だから、俺が中を確認してくる間、ここで待っていてくれないか?」 真直ぐにユーリを見つめながら、フリックはそう言って、口をつぐんだ。ユーリの返事を待つために。 ユーリは、少しうつむきかげんにフリックの言葉を聞いていた。どこか打ちひしがれたようなその姿に、フリックは心が痛んだが、敢えて何も言わずにユーリが顔を上げるのを待った。 馬がその雰囲気を敏感に察したのか、首を返して背の上に座ったままのユーリに顔を寄せる。ヒン、と軽く鳴き、鼻を寄せる馬に、ユーリはようやく笑顔を見せた。 「心配してくれてるのね、ありがとう。大丈夫よ……」 馬の鬣を撫でながらそう言うと、ユーリは身軽に馬の背から飛び降りた。 「フリックさん、」 そう言って見上げる表情は、ひどく大人びたものだった。 「私のこと、心配してくれてるのは、わかってる。だから、ここで―――待ってる。待ってるから、約束を二つ、してほしいの」 ユーリの言葉に、フリックは頷いた。 「俺ができる約束ならば」 その返答に、ユーリは満足そうに微笑んだ。 「この洞窟は、近くの村の子供が度胸試しに使うようなところなの。だから、大人の足ならば一時間ほどで見てまわれるわ。だからね、龍がいてもいなくても、一時間したら一度は戻ってきてほしいの。そうじゃないと…心配しちゃうから」 「わかった。約束しよう。それで、二つ目は?」 「二つ目は…、」 一瞬、口をつぐんだユーリは、頭を振って続けた。 「…もしも、どこかで拳大の青水晶を見かけたら、拾ってきてほしいの」 「青水晶…?別に、かまわないが……」 それは今回の材料集めには関係ないものだな、と思い、フリックはいぶかしげに問い返した。 「拾ってくるだけでいいんだな?」 「ええ。それで……それだけでいいの」 それ以上は語るつもりがないのか、ユーリはそれだけ言ってフリックを見た。 「約束……できる?」 その不安そうな口調に、フリックはすっと手を伸ばして、ユーリの頭をわしゃわしゃとかき回した。 「きゃっ!んもう、何するの、フリックさん!!」 フリックの手を抑えて頬を膨らまし抗議するユーリに、フリックはにっこり笑った。 「よしよし。ようやく元気が出てきたな」 そのフリックの言葉に、ユーリは目を見張った。 「女の子は、元気なほうが可愛いぞ。心配しなくても、その二つの約束は守るから。安心してここで馬たちと一緒に待っていてくれ」 にっこり笑って言うフリックに、ユーリは「子供じゃないんだから甘やかさないで…」とうつむき呟いた。 かすかに赤くなっている耳を見下ろし、フリックはくすくす笑い、手を離した。 「じゃあ、行ってくる。ここで待っていてくれよ、ユーリ」 ばさりとマントを翻し、フリックは洞窟の入り口に向かって歩き出した。 「気をつけてね、フリックさん」 背後からのユーリの言葉に、フリックは片手を上げて答え、薄暗い洞窟の中に足を踏み入れた。 洞窟内は、思ったよりも暗くなかった。発光苔が所々生えていて淡い光を放っており、どこか幻想的な雰囲気をかもし出していた。 「この分なら、ランプはいらないな…」 そう判断して、フリックは奥へと進んでいった。 この洞窟に、龍はいないと思うと言っていたビクトールが書いてくれた地図を思い出しながら慎重に奥に進む。 当てがないわけではなかった。ビクトールらが子供の頃によく遊んでいたという洞窟だが、それでも行かなかった場所が一ヶ所だけあるという。 それは洞窟の名にふさわしい強い風が吹き荒れる、洞窟の一角だ。その前をうまく岩に身を隠しつつ奥へと進めるはずなのだが、いかんせん子供は体重が軽いのですぐに吹き飛ばされてしまうそうだ。 その為、その奥へは行かなかったと言う。 「あのビクトールが行かなかったって言うんだから、相当無茶苦茶な風が吹いているんだろうな……」 少年時代のビクトールを想像し、思わずフリックは吹き出した。 頭に思い描けたのは、今のビクトールを縮めた少年だ。やんちゃそうな顔をして、いつでも何か楽しいことを探している、黒い大きな瞳を持った少年。おそらくガキ大将だったに違いない。皆を引き連れて色んな無茶な冒険をして、家に帰っては母親に叱られ、しかし翌日にはけろっとしてまた新たな冒険を探し出していたのだろう。 そんなことをつらつら考えながら歩いていくと、風の流れがひときわ強烈な空洞に出た。 「ここだな…」 たしかに、こんな風では子供は簡単に飛ばされてしまうだろう。フリックですら、空洞の入り口に手をかけて覗き込んでいるだけで引きずられそうなのだ。 その空洞に大きな岩が点在している。大人一人、余裕で隠れられそうな岩だ。 「あの陰に隠れながら行くしかないわけだな」 心を決めたフリックは、肩当からマントを手早くはずた。丸めたそれを紐で腰にくくりつける。これで多少は風に流されにくくなるだろう。 風の流れをよく見て、なるべく無理のないような進み方を考える。そして少し風が弱まった瞬間に第一目標の岩へ向かって飛び出した。 「うわっ…ととと」 真直ぐ進めずに、風下のほうに流されつつも岩陰にあたる場所に転がり込む。それだけで風を受けなくなった。 「これは確かに危ないな…。子供じゃ、このまま壁に叩きつけられちまう」 だいぶ風下に流されたので、岩の近くまで岩陰から外れないように進みながら、フリックは呟いた。 これでは大人でも、よっぽどのことがない限りこの奥へ行こうなどとは考えないだろう。 慎重に、ひとつづつ岩伝いに進み、ようやく反対側へたどり着いたところでフリックは大きく息をついた。 帰り道までこの中を進まなければいけないと思うと気が重くなるが、今考えたところでしょうがないと思い、気を取り直してマントを付け直す。 そして、前に続く道へ目をやった。 「さて、と。先に進むか………」 その頃。洞窟の外ではユーリがじっと大きめな岩に座り込み、洞窟を見つめていた。少しの異変も見逃さないといった緊張した顔つきで膝を抱え込むユーリの緊張感に、同じくその場で留守番の馬たちも、少し離れた所で大人しくしていた。 しかし、さすがにその体勢に疲れてきて、ユーリは一度大きな溜息をつき、岩から降り立った。 そして、洞窟の入り口に立つ石柱にそっと触れてもう一度溜息をつく。 無意識に、腰に下げた飾り玉を左手でもてあそんでいたことに気づき、苦笑した。 「見つかってほしいのか、そうじゃないのか、自分でもわからないな……」 腰布に隠れるようにして帯から下げていたのは水晶玉だった。拳大で、綺麗な緑色の。 その滑らかな表面の感触を感じつつ、ユーリは一人ごちた。 「でも、どっちにしても、ここで最後……これで、ようやく、逢いに行ける……」 フリックなら、大丈夫だと思える。ここまでの道のりで、その腕の確かさを知り、ユーリは自分の目が確かだったことを確信した。そして、フリックの性格上、決して無理はしないだろう。だから、「あの人」のように自分を置いていってそのまま帰ってこないなんてことは、決してないはずだ――― 「だから、大丈夫―――」 声に出してユーリがそう呟いた時。 「だーっっっ!!!!」 大きい声が急に背後から聞こえてきて、ユーリは驚いて振り返った。 ユーリが振り返るのと同じくらいに、どすんという地響きがして、馬たちも驚いて嘶く。 「………えっ??なんで?」 その場に突如としてふってわいた人物に、思わずユーリの頭は白くなった。 腰をさすりながら立ち上がったのは、今頃南の森の中にいるはずのビクトールだった。 ユーリがいることに気づかないのか、ビクトールは手にしていた抜き身の黒い剣に向かっていきなり怒鳴りつけた。 「痛てえな!もう少し丁寧にできないのかよ、お前は!!」 誰に向かって言っているのか、いぶかしむユーリの目の前で黒い剣が震えた。 『人に物を頼んでおきながら、そういう態度か、ビクトール。だいたい、お前が早く行きたいというからせっかくこの私が飛ばしてやったというのに………』 「そもそも、こういう芸当ができるのなら前からやってくれればいいだろうが!」 『この技は疲れるのだ!そうそうたびたび使えるか!』 「この役立たず!」 『何を言う!お前に魔力が欠片もないから私も力をなかなか回復できないのだぞ!私を本当の意味で使いこなしたいのなら、魔力を身につけて出直して来い!』 「くっ、くそう、言うにことかいて、そういう……っ」 目の前で繰り広げられる罵詈雑言の嵐に、最初は戸惑っていたユーリだったが、このままでは埒があかないと思い、思いっきり怒鳴った。 「うるさーーーいっっ!ちょっとは落ち着きなさい!!!!」 その声に、ようやくビクトールはユーリのほうを振り返り、彼女を視界に入れた。 「お、おお、ユーリ!つーことは、本当にここは風の洞窟なんだな。うーん、さすがだな」 ユーリと、ユーリの背後に口をあけた洞窟を見ながらビクトールは頷いた。 「ちょっとビクトールさん、一人で納得していないでよ。何がどうなっているの?南の森に行っていたんじゃないの?」 ユーリの問いに、ビクトールは「えーと…」と一瞬口篭もり、ちらりと右手に握る剣に目を落とした。 「うーん、まあ、いろいろあってな……」 歯切れの悪い物言いをするビクトールに、ユーリはずばりと言った。 「なんか、その剣が特別なものだってことはわかったから。隠さなくてもいいわよ」 「えっっ!!?」 動揺するビクトールに、ユーリは冷めた目で剣を見た。 「……あれだけ怒鳴りあってたら、そりゃわかるわよ。喋る剣なんて、ものすごく珍しいもの」 「あ、」 間の抜けた返事を返すビクトールに、もはや隠すのも無駄かと思ったのか、剣が唸り声のような音を発した。 その音に促されるように、ビクトールは苦笑した。 「あー、そうだな、確かに。こいつは星辰剣っていって、まあ特殊な紋章を宿した意志を持つ剣だ。で、ちょっとした魔力を持っていてな。南の森から風の洞窟まで飛ばしてもらったのさ」 『お前にかかれば、空間と時間軸を歪曲させて道を創ったこの私の大技もその程度になるのか……』 非常に大まかに説明するビクトールに、呆れたように星辰剣がつっこんだ。 「ええと……とにかく、南の森にはもう行ってきたってことね?」 こちらも非常に大雑把にビクトールの言葉を受け止め、ユーリが端的に質問した。その言葉に、ビクトールは大きく頷いた。 「おう、ばっちりだぜ!ほら、これが白ヘビの鱗だ」 腰に下げた袋の中から、乳白色に輝く手のひらほどの大きさの薄い鱗を取り出し、ビクトールはユーリに手渡した。 ユーリはその鱗をうれしそうにながめた。 「これがジャイアントホワイトスネークの鱗…。これで、あとひとつ…」 そのユーリの呟きに、ビクトールはきょろきょろとあたりを見回して言った。 「で、フリックは今洞窟の中か?」 「ええ、三十分くらい前かな。入っていったのは」 「そうか」 「一時間したら、一度戻ってきてねって約束したの。だからたぶん、一度奥まで行って確認して戻ってくるくらいじゃないかな?」 「うーん。そいつも面倒だしな…いいや、俺もちょっくら行ってくるわ」 あっさりと言って、ビクトールは入り口を見た。 「あいつは、一番奥まで行くって言ってたろ?」 「ええ、ビクトールさんが書いてくれた地図どおりにいくって…」 「よっしゃ。んじゃ行ってくるわ。ユーリはここでお留守番な」 そう言って、ビクトールはふと何かを思いついたような顔をして、ユーリに歩み寄った。 「?なに?」 ビクトールの行動がよくわからず、首を傾げるユーリにかまわず、ひょいと両手をまわして抱きしめた。 「――――――っっっっっきゃあああっ!!?なになに、なんなのーっっっ!」 最初は何がなんだかわからず、呆然としていたユーリだったが、抱きしめられていると自覚した瞬間、思わず叫んでしまった。しかも叫ぶだけではなく、つい手と足が出てしまう。 「ぐえっ!」 顎を下から突き上げられ、腹に膝蹴りを食らったビクトールはたまらずうめいて体を離した。 「なっ、なっ、なんなのっ!いったい!!」 動揺して口篭もるユーリに、「いててて…」と腹を抑えながらビクトールは苦笑した。 「いやまあ、ちょっくら試したいことがあっただけだ」 「試したいこと…?」 「ま、な。お前さんのことをちょっとな。……ひとつだけ、答えてくれないか、ユーリ」 それまでとは違った真面目な表情のビクトールに、ユーリはいぶかしく思いながらも頷いた。 「お前の目的は、薬を作ること。そのためだけに俺たちに会いにきたんだよな?」 ビクトールの言葉に、ユーリは一瞬ひるんだ。 「………どうして、そんなことを聞くの?」 どこか表情をこわばらせたユーリに、ビクトールは苦笑した。 「そう警戒すんなよ。お前さんが―――生きてる人間を無理して装ってまで、なんで薬を作ろうとしてるのか、それを知りたいだけなんだ。俺たちは本当にお前さんの手助けをしてしまっていいのかどうか、判断するために」 ビクトールの言葉に、ユーリは目を見開き―――そして、諦めたように微笑んだ。 「どうして、わかったの?」 ユーリの肯定の言葉に、ビクトールは腰の剣を軽く叩いた。 「こいつは、二十四の真の紋章のひとつ、『夜の紋章』を宿した剣なんだ。そういう気配に、敏感なんだよ」 「そう…それで、どうするの?自然の理に反した存在の私を、消すの……?」 じりっと身を引いたユーリに「困ったなあ」という顔でビクトールは頭をかいた。 「おいおい、だから警戒すんなって。わざわざどうして薬を必要とするんだよ?それを知りたいんだ」 その言葉に、ユーリはようやく警戒を解き、うつむきかげんに呟いた。 「……私が在るべき場所へ戻るためよ。あの人のところへ行くために、必要なのよ……」 それだけ言って口をつぐんでしまったユーリに、「しょうがねぇなあ」とビクトールはぽんぽんと軽くユーリの頭を叩いた。 「そんな泣きそうな声で言うなよなぁ。俺がいじめてるみたいじゃねえか」 軽い口調に、ユーリは顔を上げてビクトールを見た。ビクトールは、顔を上げたユーリににやりと笑いかけた。 「どうしても、必要なんだな、その薬が?よーし、わかった。大丈夫だ。俺とフリックが必ず材料そろえてやるからよ。ここで待っていてくれ。な?」 おまけとばかりにユーリの頭を撫でて、ビクトールは腰の剣を抜いた。 「よっしゃ星辰剣。つーわけでとっととフリックと合流したいからよ。さっきのみたいにちゃちゃっと飛ばしてくれねぇか?」 あくまで気楽に言うビクトールに、星辰剣は不機嫌な声で言った。 『お前……人の話を聞いていなかったのか。あれは非常に魔力を使うからそう何度も使えないと―――』 「平気だろー?お前、しばらく寝っぱなしだったんだからよ」 『だから、それは魔力を蓄えるためにだな……』 「へー、そーかいそーかい。やっぱりもう年だからなあ。老体にムチ打っちゃわりぃか」 明らかに挑発とわかる言葉に、星辰剣は溜息をついた。 『……毎度毎度そのような挑発が通じるとは思うなよ、ビクトール。これが最後だ』 ぼやきながらも星辰剣は承諾の意を表し、その身に魔力を貯め始めた。 なんだかんだ言いながらも実は結構お人好しな星辰剣に思わず笑いそうになりながらも顔を引き締め、ビクトールはユーリに下手くそなウィンクを投げた。 「じゃ、行ってくるな。待ってろよ、ユーリ!」 「気をつけて!必ず、無事に戻ってきて―――私の話を、聞いてね」 ユーリの言葉に、ビクトールは大きく頷いた。それと同時に、視界がぐにゃりとゆがみ、ユーリの表情もよくわからなくなる。 テレポート魔法によって跳ばされる時と同じ感覚が身を包み、ビクトールは目を閉じた。 |
← → |