■キリ番 ニアピン3500/新堂周様■
BAD and BEST PARTNER / 5
「行くぜ、星辰剣!」 一声かけてから、ビクトールは踏み出した足で勢いよく地面を蹴る。先手必勝、攻撃あるのみ、だ。 ジャイアントホワイトスネークはそのビクトールを追おうと体を動かした。それを視界の端に見て、ビクトールはにやりと笑う。 あの巨体では、周りの木々に邪魔をされてなかなか動きづらいに違いないと思ったからだ。 しかし――― 「おいおいおいおい!!」 目に入った光景に、おもわず動揺して立ち止まってしまった。 確かに、木々に邪魔をされているのだが――― 「迂闊だったなあ…ありゃあ、反則技だぜ…」 『ヘビに反則も何もあったものではないだろう。お前があさはかなだけだ、ビクトール』 「うるせー。くそっ、ヘビのくせに生意気な!」 ヘビはその巨体を生かして、木に真直ぐ突進していたのだ。そして、そのヘビを押しとどめられるだけの木はなく、結果、ヘビは障害物などないかのように直進してきたのだ。 『立ち止まってる場合か、来るぞ!』 星辰剣の言葉に、ビクトールは気を引き締めなおして、進む方向を変えて走り出した。 なるべく右へ、左へと動き、極力ヘビの歩み(?)を翻弄しようとする。 ヘビはだいぶ先まで直進してからおもむろに方向転換し、再度ビクトールめがけて直進してくるので追いついては来れなかった。 「よっしゃ、それじゃそろそろ後ろからだーっと行って、あいつの体にお前さんをぶっ刺してくるから、後は煮るなり焼くなり頼むぜ!」 『お前……私はどうなってもいいという態度だな、それは』 なんとなく怒りのオーラを発している剣に、だがビクトールは冷静に言った。 「ほお、あいつの体内に火をぶち込んだだけで壊れちまうくらいヤワな体してんのかよ。しょーがねぇなあ、これだから古い剣は使えねぇんだよ…」 ビクトールの言葉に、ヴゥン…と低い振動音を発して星辰剣が唸った。 『おのれ、熊ごときが揚げ足を取りおって…覚えておれよ、ビクトール』 その言葉を承諾と受け取り、ビクトールはにやりと笑った。 「へへっ、それじゃ、行くぜ!」 星辰剣を構えなおし、ビクトールはこちらに向かってくるヘビに対して左方向に走りこんだ。 あいかわらずヘビはそのまましばらく直進していく。その体に思い切って飛び乗り、手にした星辰剣を勢いよく鱗の境目あたりに差し込んだ。 さすが、真の紋章を宿した剣というべきか、あっさりとはいかずとも、硬い鱗の隙間にしっかりとささる。 しかしその痛みに気づいたのか、ヘビは急に進むのをやめ、その場で激しく身悶えし始めた。 「うわわわっ」 ただでさえ滑りやすい鱗の上に、星辰剣一本刺しただけでなんとか乗っていたビクトールは、その動きに振り飛ばされそうになってしまった。 『手を離して飛び降りろ、ビクトール!』 星辰剣の指示に、一瞬目を見張ったビクトールだったが、その意図に気づき、頷いた。 「すまねぇが頼むぜ、星辰剣!」 そう叫ぶなり、ビクトールはきつく握り締めていた剣から手を離した。途端に、ヘビの動きに振り回されて振り落とされるが、慌てずその落下に身を任せる。 「あだだっ!」 なんとか受身を取ったものの、ヘビがなぎ倒していた木の上に落ち、脛をしこたま打ってしまった。 だがのんびり痛がっているまもなく、ヘビの尻尾がぶんぶんと振り回されるのをうまく避け、その場から可能な限り離れる。 それを見計らったかのように、ヘビに刺さったままの星辰剣が光を発した。 同時に、ギュオオオオオオ……という唸り声を発しながら、さらにヘビが激しくのた打ち回る。そして、一瞬天を目指すかのように硬直した後、ズダンッと大きな音をたて、その場に崩れ落ちた。 「うわっ!」 離れたとはいえ、その巨体が倒れた勢いで舞い上がった砂塵に、思わずビクトールは顔をそむける。 しばらくして、そっと目を開けると、全身から湯気を立ち上らせた白い巨体が、倒れた木々の中にだらんと伸びきっていた。 「……さっすが、星辰剣。でかい口たたくだけのことはあるよなあ…」 ひゅうっと口笛を吹き、ビクトールは慎重にヘビに近づいていった。 近づくにつれ、蒸し暑い空気が身の回りを取り囲むのに気が付き、ビクトールは顔をしかめて唸った。 「すげえな。離れてて正解だ」 星辰剣が発した熱のせいだろう。ヘビの周りがひどく高温になっているのだ。 「火事にならなきゃいいけどな…」 幸い、火の手が上がりそうな煙も見当たらないので、おそらくは大丈夫だとは思いつつ、ようやくヘビのすぐ側にまでたどり着いた。 まじまじとヘビの体を眺め、目的の鱗が焼け焦げていなくてほっとする。腰につけた短剣を取り出し、鱗の継ぎ目にそっとはさみこんだ。 「よいせっ…と、」 差し込んだままぐるりと手首をひねり、鱗を付け根からねじ切ると、あっさりと体から離れてビクトールの足元に落ちた。 「よし…っと、あちあちあちっ」 一度はその鱗を持ったものの、あまりにも熱いので手を離してしまう。 「しょうがねぇな」 このままでは持っていくことができないと思い、ビクトールは荷物を放り投げたあたりに戻って、幸い無事だった荷袋の中から水筒を取り出した。一度中身を振って、残りの量を確認する。ちゃぽちゃぽという音に頷き、ビクトールは鱗をほっぽらかしていた場所に戻った。 そして、いきおいよく、水筒の水をその鱗にぶちまけた。じゅわっという音をたて、激しく湯気が上がる。 「おお、すげえな」 しばらくしてその湯気がおさまり、ビクトールは鱗を摘み上げた。ようやく熱いのが少しはおさまり、ほどほどに温かい状態になった鱗に満足したように頷き、腰に下げた袋の中にそっと収めた。 「さあて、旦那のほうは落ち着いたかね…」 あまりほうっておくと機嫌を損ねるし、かといってこのヘビの状態を見るに、剣がどれだけ熱くなっているか、想像に難くなかったので、ほどほどになるまで敢えて無視していたのだが。 「うんともすんとも言ってこなかったな。大丈夫か?」 まだ多少熱いヘビの体によじ登り、ビクトールはあたりを見回していると、突然背後から罵声が飛んできた。 『どこを探している!私はこっちだ!!』 その元気そうな声に、ビクトールは内心ほっとしつつ振り返った。 見ると、白い巨体に刺さった星辰剣は、全く変わった様子もなく、そのままの姿で刺さっていた。 「よお、さすが星辰剣!やるなあ」 軽い調子で言って、ビクトールは星辰剣に近づき、その柄にそっと手を伸ばす。 「多少熱いが、大丈夫そうだな…」 まだぶつぶつ文句を言う星辰剣を鞘に戻し、ビクトールはふっと空を見上げた。 「―――日が暮れかけてきたな。明るいうちに森を抜けるのは難しいか……」 できれば日のあるうちに村まで戻り、急いで風の洞窟へ向かったフリックの後を追いたかったのだが。 『そんなに相棒のことが心配か?』 心の中を見透かしたようなことを言う星辰剣に、ビクトールは驚きつつも頷いた。 「ああ、そりゃな」 『なぜだ?あれだけ強い男だ。そうそう簡単に倒れることもなかろう。……この間までならともかく』 「確かに砂漠を越えてこっち、元気にはなってるし、立ち直ってもいるさ。そういう問題じゃなくてな。同行者があのお転婆そうな嬢ちゃんってことが気になるんだよ。暴走して、フリックが困ってなけりゃいいんだが…」 基本的にお人好しのうえ、致命的なほど女性に弱いフリックのことだ。ユーリが龍を目の前に突っ走りでもしたら殴ってでもとめる、なんて真似ができるとは思えない。だから心配なのだ。 『お嬢ちゃん…?ああ、あれか。大丈夫だろう、あの「存在」にちょっかいを出せるものがいるとも思えんからな』 星辰剣の意味深な言葉に、ビクトールは鞘に戻した剣に目をやった。 「……どういう意味だ、そりゃ?」 『なんだ、気づいていなかったのか』 ビクトールの不思議そうな声に、星辰剣は溜息をついた。 『おぬし、鈍いな。あれはな―――』 呆れながらも語ってくれた星辰剣の言葉に、ビクトールはその顔を驚愕の色に染めていった。 「なんだって……?てことは、どういうことなんだ、いったい……?」 訳がわからない、という顔で首をひねるビクトールに、『さてな』と星辰剣は冷たく答えた。 『ただ―――なんにせよ、どうしてもその薬とやらが必要なのだろう……死したその身を生者に見せかけてまでおぬしらに頼みに来たのだからな』 星辰剣の言葉に、ビクトールは眉をひそめた。 「あんなに―――普通に、つーか、普通以上に生命力に満ち溢れてんのに……あいつが死者だって……?」 信じられない思いでビクトールは呟いた。 |
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