■キリ番 ニアピン3500/新堂周様■
BAD and BEST PARTNER / 3
「そういえば、まだ名前も聞いていなかったな」 場所を宿屋の一階の食堂に移し、一番奥の四人がけのテーブルに腰を下ろしてから、ようやくそのことに思い至ったフリックが、正面に座る少女にそう問う。 二人から返してもらった羊皮紙を手にした少女は、その言葉に「そういえばそうね」と頷いた。 「わたしはね、ユーリっていうの」 「俺はフリック、それからこっちが―――」 とフリックは右隣に座る相棒の名前を教えようとして視線を向けて、思わず口をつぐんでしまった。 フリックの視線につられて、そちらを見た少女―――ユーリも、目を丸くする。 「…………この全身胃袋男は、熊だ」 「……わかったわ、フリックさん」 その会話に、熊ことビクトールは手にしていた食器をテーブルに置いて、フリックを睨み付ける。 「誰が熊だっつーんだ、誰が!!」 「……その食いっぷりを見たら誰だってそう思うぞ、ビクトール」 妙に冷めた目つきで言うフリックに、ビクトールは自分の前に積み重ねた皿をざっと見てから首をひねった。 「なんだぁ?そんなに食ってねぇぞ?たった十皿くらいじゃねぇかよ」 「たった………?」 思わずユーリがその言葉につっこんだ。果たして十皿は「たった」と言える量なのか、そして、それを五分もしないで平らげる胃袋は熊以外の呼称があるのか、という疑問を抱く。 ユーリの疑問が手にとるように分ったフリックは、ゆっくりと気を取り直すように頭を振ってユーリに言った。 「…とりあえず、話を進めようか」 「…ええ、わかったわ」 神妙な顔でユーリは頷いた。 「なんだよその間は。ったく……」 その様子を見ていたビクトールは不満げにぼやいたが、二人に黙殺され、しぶしぶグラスに口をつけた。 「それでね。とりあえず足りないのはね、あと二つだけなの」 テーブルに広げた羊皮紙に羅列された文字を指でずっと追いながらそう言ったユーリに、ビクトールは思わず、と言った感じで口笛を吹いた。 ざっと見ても、薬の材料は四十種類以上はある。しかも、その辺りの野山で取れそうな植物の類はともかくとして、中にはモンスターの毛だの鱗だのといったものもあるのだ。それをこの少女が一人で集めたとしたならば、正直言ってすごいと思う。 同じ感想を持ったのだろう。隣に座るフリックも、軽く目をみはった。 「すごいな、一人で集めたのか?」 フリックの言葉に、少女は軽くかぶりを振った。 「だいたいはそうだけど、いくつかは友達と取りに行ったの」 「へぇ…その友達っていうのも、薬剤師なのか?」 その問いに、ユーリは一瞬、ぴくりと肩を揺らした。だがすぐに頷く。 「…ええ、そうよ」 その一瞬の間と、ほんの少しだけ浮かべた悲しそうな表情に二人は気付いたが、「そうか」とだけ答えて深くは追求しなかった。 そんな二人の思いに気が付いたのか気が付かなかったのか、ユーリはかすかに微笑んで、とある一点で指を止めた。 「あとは、これだけ」 ユーリの指し示した場所をよく見ようと、フリックとビクトールは羊皮紙に顔を近づけた。 かすれかけた文字を、目を凝らしてよく読む。 「………ジャイアントホワイトスネークの牙、と、もう一つはなんだ?」 上の行に書かれた文字をフリックが声に出すと、ビクトールも首をひねった。 ずらずらと羅列された文字は、トランやジョウストンで共通語として日常的に使われている文字だが――― 「なんか、えらく古い字体だな、こいつ…。よく遺跡とかで見る文字だけどよ」 「うん、これだけそうなの。デュナン君主国時代によく使われた文字なんだって。今、ジョウストン中で使われている文字の前身って言われてる」 それならば読めないのも道理、とビクトールは頷いた。 「で、なんて書いてあるんだ?」 フリックの問いに、ユーリはゆっくりと顔を上げ、ひどく真剣な眼差しで二人を見た。 「"古より風吹く洞にて眠る白銀の龍の髭"……そう書かれてる」 「…えらく詩的な表現だな、それだけ」 片眉をひょいっとあげてビクトールはそう感想を述べた。 「龍、か…。しかも、髭ねぇ」 フリックが少しだけ難しい顔をして腕を組む。 相棒が内心どう思っているか、なんとなくわかってビクトールも肩を竦めた。 別に、龍と闘うのが恐ろしいわけではない。確かに龍と名の付くものは強い生き物だが、だからといって決して倒せない存在ではないということを、二人はよく知っていた。多少無茶をすれば、二人でもなんとかなるかもしれない。 だが、無茶と無謀が違うことを、二人は今までの人生の中で嫌というほど思い知ってきている。 だからこそ、慎重になるのだ。 「……無理だと思うなら、無理って言って。無理強いは出来ないし、無駄死になんてしてほしくないから」 何処か大人びた口調で言うユーリに、フリックは苦笑した。 「これだけじゃ、なんとも言えないな。まずはどんなヤツだか見てみないと」 もっともな意見に、ビクトールも横で頷いた。 「とりあえず、もう一方のほうをちゃちゃっと先に片づけるか」 ビクトールの提案に、フリックは思案げな顔をした。 「そうだな。とりあえず手分けするか?ヘビを倒しにいくのと、その間に龍を調べに行くのと」 「うーん…まあ、その方が時間は無駄になんねぇなあ…。ジャイアントホワイトスネークってあれだろ?森の中でけっこう遭遇したあれ」 ジャイアントと言っても、一メートルくらいのヘビだ。素人ならともかくとして、モンスターとも戦い慣れている二人にしてみれば、朝飯前である。 「あの程度なら、一人でも軽いしな。そうしよう。…で、どっちに行く?」 ビクトールの言葉に、フリックはくすりと笑った。 「……お前に、地道な調べ物、できるのか?」 あまりなフリックの言いように、ビクトールは額を抑えてうめく。 「お前なあ…」 知り合った頃よりもなぜか格段に口の悪くなった相棒に、一抹の悲しさを覚える瞬間だった。成長したと言えば成長したのか。 「なんだよ、別に本当のことだろ?」 「くすくす笑うフリックに、畜生、とぼやきつつ、ビクトールは両手を挙げて降参のポーズを取って、半ばやけっぱちに答えた。 「……わかった。わかりましたよ!俺がでか白ヘビとっつかまえてる間に、お前は”風吹く洞”とやらに行って龍を拝んできといてくれ」 「ああ。どうせ、でかいトカゲとかのことだと思うけれどな」 「トカゲに髭生えてるかよ?」 「そういやそうだなあ」 「…引き受けて、くれるの?ほんとうに?」 二人の会話においていかれていたユーリが、心底驚いたというように目を見張って言った。 龍と聞いたら手を引くと思っていた、とでも言いたそうな表情をしている。 「まあな。なんせすでに報酬の一部で飯食っちまったしなぁ」 「それに、別に龍を倒しに行くわけでもないし」 「トカゲかもしれない、だろ?なんかお前、昔龍だと思ってたらトカゲだったとかいうことでもあったのかよ?」 「別にそういう訳じゃないけどな―――」 言葉の軽い応酬をするビクトールとフリックを見て、ユーリはふぅっと大きい溜息をついて、テーブルに突っ伏した。 「おいおい、どうしたよ」 その様子に驚き、ビクトールは椅子から腰を浮かした。フリックも慌てふためき、がたんと音を立てて立ち上がる。 だが、ユーリは気の抜けきった調子で軽く手を上に上げてぱたぱたと振った。 「よかったあああああ……引き受けてくれて……」 心底ほっとしたような声に、二人は顔を見合わせた。 思わず、ビクトールはにやりと、フリックはくすりと笑った。 気が強くても、やっぱり女の子だな、と思ったからだ。 「よおし!じゃ、がんばるぞ!」 がばり、と勢いよく身を起こし、ユーリは宣言するように拳を握り締めてそう叫ぶ。 「じゃあ、まずはどこに行けばいいのか教えてくれないか」 元気がよくなったユーリに微笑みながら、フリックはもう一枚の羊皮紙を指差した。 ビクトールが先刻指摘した通り、どうやらこれはこのあたりの地図のようだった。しかし、だいぶ古いが。 ユーリの話から察するに、この地図自体も五十年以上前に書かれたものなのだろう。 「ええ、場所はちゃんとわかってるの」 ユーリは地図のほぼ真中あたりを指差した。 「ここが、この村の場所ね。それで、ジャイアントホワイトスネークがいるのが―――」 すっと下のほうに指を動かしていき、斜線の引かれたあたりで手を止めた。 「南に森があるんだけど、その奥にある泉の側に生息しているらしいの」 「へぇ、あの森、泉があったのか」 ユーリが指を差した場所。そこは、この村にたどり着く前に通り抜けてきた森だった。 木が生い茂り、上り下りが激しいところだったので、泉があるとは思わなかったので、少々驚いてフリックが言うと、ユーリは頷いた。 「うん、道を外れてちょっと奥まったところだから、普通に歩いていると気が付かないと思う」 そう説明するユーリの言葉に、ふんふんとビクトールは頷いた。 「んじゃ、そんなにかかんねぇな、多分。森まで半日くらいだろ。それから泉を探して……まあ、二日もありゃ十分だな。で、もうひとつのほうは?」 「こっちは、地図には書いてないのよね。でもこの辺りで、”風吹く洞”って言ったら、一ヶ所しかないと思うの」 「……ああ!なるほどな!」 ユーリの言葉に、ビクトールはピンと来た。風と洞。このサウスウィンドウは山に囲まれた土地なので、洞は数限りなくあるが、風が関わってくる洞となると、場所が限定されるからだ。 「なるほどって、知ってるの?」 意外そうに言うユーリに、ビクトールは頷いた。 「ああ、俺はこの辺りの出身だからな。小さい頃の遊び場所だぜ、あそこの洞窟は。でもよ、龍がいそうな気配なんざかけらもなかったぜ?」 「……私は行ったことがないからなんとも言えないけれど。でも、風が吹く洞窟って言われてるのはあそこだけでしょう?」 「で、どこなんだ?」 この土地の生まれでないフリックにはビクトールとユーリの間で交わされる会話についていけなかった。 とりあえず聞かないと、このまま話しが進んでしまいそうだと思い、そう言葉を挟む。 「あ、フリックさんはこっちの生まれじゃないんだ?」 「ああ、俺は―――もっと南のほうの生まれだよ」 トランの、と言いかけて、フリックはもっと曖昧な表現に切り替えた。 ここジョウストン都市同盟とフリックの生まれ育ったトラン―――正確に言えば、トランの地を支配していた赤月帝国は、ここ数百年敵対し続けている国同士だ。 だからと言うわけではないが、都市同盟の人間はあまりトランの人間にいい印象を持っていないようだった。 今までの旅の中でそのことを身をもって知ってきたフリックは、だいたい出身を聞かれると今のように曖昧に答えているのだ。 「ふーん?どっちかって言えば、北のほうの生まれかと思ったわ」 ユーリの言葉にフリックは苦笑した。 「よく言われる。というか、母親がどうやら北のほうの出身だったみたいだからじゃないかな」 「あ、やっぱり母親似なんだ」 即切り返された言葉に、フリックは思わず椅子からずり落ちかけた。 「やっぱりって……」 「え?だって、ねぇ、そう思うよね、ビクトールさんも」 話を振られたビクトールは、なんだか情けなさそうな顔をしている相棒を見ながら、「そうだなぁ…」と首をかしげた。 「まあ、俺はコイツの両親しらねぇからなんともいえねぇが……まあ、納得はするよな」 勝手に二人で納得されてしまい、フリックは哀しくなった。ようするにそれは、自分が女顔なのだろうか、と。 しかしそれを口に出したら出したで、余計落ち込む結果になりそうだったので、フリックは自分から無理矢理話を軌道修正した。 「……それで、どこのことなんだ、その洞窟って」 フリックの声に、ユーリは再び地図に指を置いた。村からすっと左斜め上に指を滑らせ、山の麓でその動きを止めた。 「この村から北西方向に馬で一日半行った所に、”風の洞窟”と呼ばれる、古い洞窟があるの」 ユーリの説明に、ビクトールが付け足す。 「一応、昔から『怪物が出るから近づくな』とか言われてる場所だ」 「へぇ。実際のところはどうなんだ?龍と言わずとも、何かいそうな気配とかは?」 先ほどの会話から、ビクトールが何度か足を踏み入れたことがあることが分ったフリックがそう訊ねると、「特に変わったことはなかったと思うけどなあ」という答えが返ってきた。 「そうか…。でもとりあえず心当たりはその場所だけなんだな?」 地図から目を上げ、目の前のユーリを見ながらフリックが言うと、少女はしっかりと頷いた。 「じゃあ、とりあえず行ってみるか。おい、ビクトール…」 「洞窟の詳細を教えろ、だろ?簡単な地図を書いてやるから、その間に買出しに行ってきな」 器用に片目でウィンクをして言葉を途中でさえぎったビクトールに、フリックは苦笑して「任せた」と言って立ち上がった。 「とりあえず、買い物に行きたいんだが…道具屋に案内してもらえないかな、ユーリ?」 「うん」 軽く頷き、ユーリも席を立つ。 「じゃあ、行ってくるね。ビクトールさんは、買い物どうする?」 「あ?ああ、悪ぃけど任すわ。頼んだぜ、フリック」 「おう」 片手をあげてフリックは外へ向かって歩き出した。その後を、ユーリが「また後で」とビクトールに笑いかけてからついていく。 それを見送ってから、ビクトールは「さてと、」と立ち上がった。 宿屋のカウンターへ向かって、帳簿をつけていた店の主人に声をかける。 「悪いんだけどよ。紙と書くもの、貸してくれねぇか?」 |
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