■キリ番 ニアピン3500/新堂周様■
BAD and BEST PARTNER / 2
「おい、ビクトール、いつまで寝てるんだ、お前は!」 よく通る声に名前を呼ばれ、半覚醒したところに、ごつん、と何やら硬いものが頭に当たる。 「あぁ?」 眠い目をこすりながら開いてみると、真上に見慣れた相棒の顔があった。ただし、逆さまで。 なんで、逆さまなんだ…と思ったところで、ビクトールはようやく自分が硬い木の床の上で毛布にくるまって寝転がっていたのだということを思い出した。 どうりで体がだるいわけだ、と大欠伸をしながら体を起こす。 「ようやく起きたか、この寝ぼけ熊」 その様子を、腕を組んで仁王立ちしたフリックは冷たい目で見ていた。 いつもの通りの、すでにいつでも出られる準備を整え終わっているフリックの様子を見ながら、ビクトールは思わず「おはようさん」と呑気に呟く。その台詞を聞き、フリックがぴくりと眉を跳ね上げた。 「…この時間は、もう『おはよう』の時間じゃないぞ、ビクトール」 びしっと、黒手袋をした右腕で、フリックは窓の外を指差した。 「……、ああ、今日もいい天気だなぁ」 「あの日の高さを見て言うことはそれだけかっ、ビクトール!」 どこまでも動じないビクトールに痺れを切らせたのか、フリックはまなじりをあげて未だ床に座り込んだままのビクトールの頭を殴りつけた。 「ってーな、なにすんだよ、いきなり!」 さすがに拳骨で殴られ、寝ぼけた感覚も吹き飛んだビクトールが睨み上げると、それ以上に不機嫌な顔でフリックが睨み返した。 「うるさい!もう昼だぞ!早いところ村を出て、とっとと金を稼ぎに行かないと、今晩俺達確実に野宿だぞ!ついでに言うならば飯抜きで!」 「なんだとぅ!」 飯抜き、の一言でビクトールはがばり、と立ち上がった。その勢いに驚いているフリックを尻目に、昨晩脱ぎ捨てたシャツを身に纏う。椅子に立てかけておいた星辰剣を掴み上げ、反対側の手でフリックの腕をひき、そして、星辰剣でびしりと扉の外を指差した。 「さあ行くぞフリック。今晩の飯の為に!」 「……お前の頭はそれだけなのか、ビクトール……」 この全身胃袋熊め……とぼやくフリックの言葉に耳を貸さず、ビクトールはずかずかと足を進めて部屋の扉に手をかけ、がばっと押し開いた。 すると。 「きゃあっ!?」 なにやら可愛らしい声があがり、どすん、と何かが床に落ちるような音がする。 「………『きゃあ』??」 扉のノブに手をかけたまま、ビクトールは首をひねった。 「誰か、扉の外にいたんじゃないのか?」 未だ握られたままの手を外そうとしていたフリックが、ビクトールの背中越しに外をのぞいた。 「……あれ?誰もいない??」 さして広くない廊下を見渡してフリックがそう呟くと、「ちょっと、びっくりするじゃない!」と甲高い声が飛んできた。 「え?あれ、どこに……」 比較的近いところから飛んできた声に、フリックが再度見渡すと、ちょうど部屋の中から押し開いた扉の後ろから、色鮮やかな布が床に這っているのが目に入った。 「ああ、なんだ、扉の影にいたんだ……」 「『いた』んじゃなくって、急に扉が開いたから驚いて飛びのいたのよっ!」 元気のいい声がフリックの言葉を訂正する。そして、「よいしょっ!」という掛け声が聞こえて、赤毛の頭がひょっこりと扉の向こうからのぞいてきた。 「んもう!びっくりするじゃないのよ。ちょっと、扉開けたのは、そっちの熊みたいなヒト?」 少女の大きな黒い瞳がぎろりとビクトールを睨み上げる。 「ちょ、熊って……」 ビクトールがその言葉にひるんでしまった隙に、フリックが「そのとおりだ」と頷いた。 「おいまてフリック!誰が熊だ、誰がっっ!」 「お前以外に誰がいるんだよ…」 何を今更、という顔で返すフリックに、ビクトールは「お前なぁ…」と嘆息した。 そのやりとりに、ますます少女は目を吊り上げて、「人の話しを聞くっ!」と叫んだ。思わずフリックとビクトールは「はいっ」と答えて姿勢を正してしまった。 「とにかく!扉をいきなり開けたら危ないって、子供の頃に教わらなかったのっ!?」 「ええと……」 ものすごい剣幕でまくしたてる少女に、ビクトールは謝ろうと口を開いたが。 「わたしがすばしっこかったからよかったようなものの、足の弱ったご老人がたまたま通りかかってたらどうなっていたと思う!?」 立て板に水とばかりに言葉を続ける少女におされて、その口を再びつぐんだ。 フリックは言わずもがな、である。驚いた顔のまま、少女の言葉を聞いていた。 「まったくもうっ、男の人ってどうしてこうがさつなのっ!?」 「はあ……ごめんなさい」 とりあえず、何と言っていいかわからず、ビクトールは素直に謝った。その態度に少女は満足したらしく、「よろしい」と言わんばかりに大仰に頷いた。 「ええと……それで、えーっと、君……?」 ようやくフリックも口を開き、少女に呼びかけた。 「なに?」 首をかしげて問い返す少女は、年の頃は十六、七といったところか。 癖のある赤毛を後ろで緩く一つに束ねており、白いシャツに茶色のハーフパンツ、黒革のショートブーツといった、どこか少年のような格好をしている。唯一、腰に巻かれたオレンジ色の布だけが風になびいて、どこか華やかな印象を与える。 「あの、なんか俺達に用でもあるのかな?」 困ったようなフリックの問いかけに、少女は一瞬首をかしげてから、「ああ!」とぽんっと手を打った。 「うんうん、あるのよ、だから部屋まで来たのよね」 そう言って、少女は肩にかけていた鞄のなかをごそごそとかき回して、古びた紙を二枚取り出した。 「あのね、リタさんから聞いたんだけど―――」 「ちょっと待て、そのリタさんって誰だ?」 「リタさんは、ここの看板娘よ。昨日、会ってるでしょ?」 話し始めたとたん、口を挟んだビクトールに、少女は少しむっとした顔をしたが、素直に質問に答えた。 「ああ、あの女性か。わかった、先を続けてくれないか?」 フリックの言葉に、少女は頷いて続けた。 「リタさんから聞いたんだけど、あなたたち、旅の傭兵なのよね?」 「ああ、一応そうだぜ?」 「それから、何でもいいから仕事を探しているのよね?」 その言葉に、二人は思わず絶句して、顔を見合わせた。 「………まあ、それも間違っていないな、一応……」 ビクトールの弱気な声に、フリックは眉をひそめた。 「何でもいいから、は言い過ぎじゃないのか…?」 「でも、実際そうだろ?」 「…………」 思わず返す言葉を失ったフリックをそのままに、ビクトールは少女に向き直った。 「それで、お嬢ちゃんは傭兵なんかに何の用なんだ?」 「もちろん、仕事を依頼したいのよ」 あまりにもさらりと言われた言葉に、ビクトールは口をぽかんと開けて少女の顔を見た。 「……仕事?」 眉間に皺を寄せ、フリックが問い返す。 「そ、仕事」 あっさりと返す少女に、再び二人は顔を見合わせる。 今度は、フリックが少女に向き直った。 「……傭兵に頼むってこと、君はわかってるのか?その……」 歯切れの悪いフリックの言葉に、少女は何を言いたいのか察したらしく、大きく頷いた。 「もちろん、ちゃんとお礼はするわよ?えーっとね……」 手にした紙を再度鞄の中に戻し、今度はビクトールの拳大くらいの大きさの袋を取り出した。 「お金じゃないんだけど、こういうものでもいいのよね?」 そう言って差し出してきた袋を、フリックが片手で受け取る。 「―――?」 予想外の重さに眉をひそめ、フリックは袋を縛っている紐をゆるめて、中を覗いた。 「なっ!」 絶句してしまったフリックの様子を不審に思い、ビクトールはひょいとその手元を覗く。 「……おいおいおい、お嬢ちゃん、これどうしたんだよ?」 ヒュウッと口笛を吹いてビクトールが少女に聞いた。 袋の中にぎっしりと詰まっていたのは、小粒ではあるが、美しい輝きを放つ宝石の原石だった。 ざっと見ただけでも、破格な値段でさばけるくらいの量は軽くある。 「それ、昔からうちにあったの。だけど、それを買い取ってくれるような交易所がある街にめったに行かないから、そのまま倉庫でねむってたのよ。……それじゃ、足りないかな?」 少し不安そうに付け足した少女に、フリックはようやく袋から目を離した。 「……これだけの報酬を用意して、それで君は俺達に何を頼みたいんだ?」 フリックの言葉に、ビクトールも隣で頷いた。 二人にしてみれば、これは渡りに船とでも言うべき依頼だ。物が宝石であり、ここまで大量になると、大きな街で換金しなければならないが、それはこれから行くサウスウィンドウで十分事足りる。 そこまでの金は、この村の道具屋に一つ二つ程度ならば売ることも可能だろう。 しかし、こんな年端もいかない少女がこんな大量の宝石を持って、素性の知れない旅の傭兵に頼もうとする仕事である。 とんでもなく大事か、もしくはとんでもなく厄介なものに違いない。 いくら報酬がいいからといっても、ポリシーに反する仕事と割に合わない仕事だけは基本的に引き受けない。 それが傭兵として生計を立てていく上では忘れてはならないことだった。 「うーん、大変、っていうより、面倒といったほうがいいのかなぁ?」 眉間に皺を寄せながら少女は先ほどしまった紙を取り出し、一枚ずつ二人に渡した。 それは年季の入った茶色い羊皮紙だった。 「……このあたりの地図か?それにしちゃ、少し地形が違うような気もするが……」 この地方で生まれ育ったビクトールはそう判断した。フリックのほうは、難しい顔をして黙って羊皮紙を睨んでいる。 「おい、そっちはなんて書いてあるんだ、フリック?」 「………熱さましの薬草、眠り茸、棗の乾燥粉、桜の木の皮、ミドリガエルの干物―――」 「……なんだそりゃ??」 ビクトールは訳がわからず首をひねった。フリックはその問いに答えず、そのまま声に出し手続を読み上げた。 「―――もさもさの毛、ワーウルフの爪、グリフォンの卵の殻………、」 そこまで読んで、フリックは渋い顔をして顔を上げた。 「おいおい、なんの羅列なんだ、これ?」 「薬の原料よ」 「薬??」 「そう。私、薬剤師なのよ」 「……いったい、何を作ろうってんだ?こんなあやしげな材料ばかりで……」 もっともなフリックの意見に、少女はにっこりと笑った。 「何が出来るかわからないから作ってみるのよ」 「………ってことはなにか?」 頭が痛くなってきて、ビクトールはこめかみを指でぐりぐり押しながら低い声で言った。 「お嬢ちゃんは、処方箋はあるけどなにができるかわかんねぇような代物をつくろうってのか?」 「うん、簡単に言うとそういう事になるかな?」 「『そういう事』じゃねぇだろうが…。万が一、すさまじくやばい薬が出来たらどうする気なんだ?」 事の重大さが判っていないような少女に、思わずビクトールは溜め息を付きながらそう問い掛けると、 「大丈夫よ、五十年くらい前に私のおじいちゃんが実際に作ってるんだから。この羊皮紙は、その時のものなんだって」 にこやかに少女に返されてしまい、何も言えなくなった。 「実際に作った……?それなのに、効能とか書かれたものは残されていないのか?」 少女の説明に疑問を持ったフリックが 「うん。そうなのよ。普通は薬を作ったら、どういうものかって必ず書き残すの。それがいい薬であれ悪い薬であれ、ね。だから余計に燃えるのよね!羊皮紙に残された材料の一覧、だけどその成果が書き残されていない。それはなぜか?五十年前、この薬が作られた時にいったい何があったのか!?」 拳を握り締め、大きな瞳をきらきら輝かせながら力説する少女に、フリックは額を抑えた。 「……なんか、こういう性格、誰かに似てるな……」 そのぼやきに、ビクトールも頷く。 有無を言わさぬ論理展開、まわりが止めてもやる時はやる、という強い意志―――というと聞こえはいいが、ただ単にわがままを貫き通す意志を持った人間。 二人が脳裏に思い浮かべたのは、巨大な猫を背負ってにこやかに笑う一人の少年だった。 「こういう人間に付き合う運命にあるのかね、俺達は……」 「運命の一言ですますには、少しばかり哀しすぎやしないか、ビクトール……」 「………」 「………」 思わず顔を見合わせて、しみじみと溜め息を付いた。 断ろうと思えば、断れるだろう。しかし、今の経済状況を鑑みるに、選り好みなどできる状況でもない。ポリシーに反する仕事でも、割に合わない仕事でもない(ように今の段階では思える)。 そしてなによりも、フリックとビクトールは、誰かを彷彿とさせるような少女の頼みを断りきれる性格をしていなかったのである。 「薬が出来て、欲しかったら分けてあげるから。だから、お願い、引き受けて?」 ねっ?と首をかしげる少女に、ビクトールは両手を挙げて「しょうがねぇから引き受けるよ」と苦笑した。 その言葉にぱっと顔を明るくした少女に、 「でもやばい薬だと判ったら、絶対に破棄すること、これだけは譲れないぜ?」 フリックがまじめな顔でくぎをさす。 「私だって、一人前の薬剤師よ?それくらい、きちんと判断できるわ」 胸を張ってそう言い切った少女に、フリックも苦笑するしかなかった。 「それじゃあ、もっと細かく説明するから―――」 「ちょっと待った!」 話し始めた少女に、ビクトールが勢いよく手を挙げて口を挟んだ。 「…なに?」 その勢いに少し驚きつつ、少女が問い返す。 「……頼むから、なんか食わせてくれ……。腹が減ってぶったおれそうだぜ……」 ビクトールが心底辛そうな顔でそう言うと、タイミングよく盛大な音を立てておなかが鳴った。 「……お前は……」 情けない、情けなさすぎる、とフリックは頭を抱えてうめいた。 少女は、と言えば。 「でかける前には腹ごしらえしなくちゃね。いいわよ、食べながら話しを聞いてくれれば。―――だけど、」 そこで言葉を切り、にっこりと笑った。 「支払は、報酬の中から差し引くからね?」 「……おうよ」 ちゃっかりとした少女の言葉に、もはや異論を唱えることも出来ず返事を返すビクトールに、 「…食い過ぎるなよ、ビクトール。元も子もなくなったら困るからな」 フリックは、しっかりと釘をさした。 |
← → |