■キリ番 ニアピン3500/新堂周様■
BAD and BEST PARTNER / 1
「そっち行ったぜ、フリック!」 「わかってる!」 目の前で手斧を振りかぶる男の懐に入り込み、フリックが剣の柄で眉間を強打すると、あっさりと男は白目をむいて気絶した。 男が倒れるのを見届けもせず、そのまま身を翻して、背後から剣を振りかぶってきた男の剣を握っているほうの手首を空いた手でがっしりと受け止めた。 「いいかげんっ!面倒なんだよ!さっさと諦めてくれよなぁ!!」 顔をしかめてそう言い放つと、フリックは男の手首をひねり、剣を落とさせた。 「く、くそっ」 武器をなくしたことでうろたえた男が一歩後ずさろうとするところを見逃さず、フリックが足払いをかける。 「うわっ」と言って男が体勢を崩したところに、とどめとばかりに腹部を膝蹴りした。 どうっ、と鈍い音を立てて男が地面に沈む。ふうっと溜息をつき、フリックは背後を振り返った。 どうやら二十数名ほどいた男たちも残すところ、相棒が向かい合っている男ひとりだけのようだ。 「もうすぐ日が暮れる。早く終わらせろよ、ビクトール」 剣を一振りしてから鞘に収め、フリックがそう言うと、「わかってるって」と振り返りもしないでビクトールは言葉を返した。 フリックに背を向けているため表情は分らないが、その声音から、どこか楽しそうな雰囲気を感じ取り、フリックは肩をすくめた。 「……お前の『分ってる』ほど当てにならない言葉はないんだけどな…」 だがしかし、「さてと、」とビクトールの言葉が重なり、フリックのぼやきはビクトールの耳には届かなかったようだ。 ビクトールは自分と向かい合い、剣を正眼に構えて微動だにしない男ににやりと笑いかける。 「もうあとはお前だけだぜ?いいかげん、運が悪かったと思ってここはすっぱり諦めろよ」 その言葉にはフリックも同感だったので、深く頷いた。地に倒れ付している男たちは、唯一残っている男に率いられた野盗団だった。 街道から離れ、最寄の村までの最短ルートとして使われているこの鬱蒼とした森の中、旅人をカモにしていたのだろうが、いかんせん今回ばかりは相手が悪い。 ビクトールもフリックも、剣の腕においては最高ランクに位置する傭兵だ。しかも、こういったゴロツキの相手にいやというほど慣れている。 といっても、そんなことを知る由もない野盗団のリーダーは、ここまできて逃げ出したら面目が立たないと思っているのか、敗色の色が濃くなっても撤退する様子を見せなかった。 おかげでこの有様である。 野盗団にとっても災難だっただろうが、先を急ぐビクトールとフリックにとってもこれは災難というしかなかった。 「俺たちだって、別に好きで戦ってるわけじゃねぇんだ、お前らがひいてくれりゃ、それで問題なしだろ?」 「……嘘吐き」 暴れられる機会は徹底的に有効活用する相棒の性格を知っているだけに、思わずフリックはぼそりと突っ込んだ。 だが、ビクトールは敢えてそれを無視した。野盗団のリーダーに至っては、そんなことを聞いている余裕がないようだった。 「うっ、うるせえっ!いまさら、俺ひとりだけおめおめ逃げ出したら、死んでいったこいつらに申し訳がたたねぇっ!」 明らかに戦意を喪失しているのが見て取れるが、リーダーは悲壮な顔つきでそう叫んだ。 「…心意気だけは立派だなあ…」 ビクトールが感心したように感想を述べると、 「何感心してんだよ、お前…」 どこかこのシチュエーションに陶酔した目つきのリーダーを見ながら、フリックが呟く。 そのフリックの突っ込みにかぶさるように、リーダーの足元近くに倒れ付していた盗賊Aが、一生懸命顔を上げながら、口を開いた。 「お、親分…お気持ちは嬉しいんですが……俺たち別に死んじゃいませんぜ……」 息も切れ切れに言う盗賊Aに、「あたりまえだろ、峰打ちなんだから…」とぼやいたフリックの目の前で、野盗団のリーダーは、その部下の頭を蹴り飛ばして沈黙させた。 「やかましいっ!気分の問題だ!黙って寝てろ!!」 「……ま、まあ、どうでもいいや。とにかく早いところ終わらせようぜ?俺たちもとっとと森を抜けて宿屋のふかふかのベッドで眠りたいんでね」 さすがのビクトールも、今の出来事に動揺したのか、どもりながら下ろしていた剣を構えた。 リーダーの男も、震えながらではあるが、剣を構える。 フリックは完全に傍観者として木に寄りかかってその光景を見ていた。 そして、睨み合うことおよそ三十秒。 「うりゃあ!」 男がその緊張に耐え切れなくなったのか、威勢のよい声をあげ、動いた。ビクトールに走り寄り、剣を振り下ろす。 ビクトールは余裕の表情でそれを避けて――― 「えっ?」 「あっ」 剣を避けたビクトールと、呑気に木に寄りかかっていたフリックが同時に声をあげた。 ビクトールは、確かに余裕で剣を避けた。が、しかし、男の剣先は、かすかにビクトールの腰に下がる小袋をかすっていた。 ぷつり、とやけに可愛らしい音を立て、ベルトにくくりつけられていた紐が切れる。そして、袋は重力にしたがってぽぉんと放物線を描きながら、茂みを越えて――― 「…………って、あっち崖じゃないか!!」 思わず袋を見送ってしまったフリックは、慌てて身を翻して袋が飛んでいった茂みから身を乗り出す。 だが、フリックが叫んだように、その茂みの先は崖。飛んでいった袋がそこに見えるわけもない。 「あああああっ…!」 フリックはうめきながら、よろよろと崖っぷちに膝をついた。両手を地面につき、がっくりとうなだれる。 「てめぇ!よりにもよって何しやがるんだ!」 背後で、ビクトールの怒声と、どかどかばきぃっ!という音、そして「ぐえぇぇぇっ!」という情けない悲鳴が上がったが、フリックの耳には入らなかった。 「おい、フリック!あったか!?」 がさがさと茂みをかきわけながらビクトールはフリックに走りよった。だが、うなだれたフリックと、崖下に茂る鬱蒼とした森を見た瞬間、空を仰いで嘆息した。 「畜生…これじゃ、探しようがないぜ……」 砂漠の中で麦の種をみつけるようなものである。手に持ったままの剣を腰に戻し、いまだうつむいたまま座り込んでしまっているフリックの肩に手をかけようとして―――ビクトールはその手を止めた。 フリックの肩が、小刻みに震えていた。 「お、おい、フリック、なにも泣くほど悲しまなくても―――」 「畜生…っ!ちくしょううううううううっ!」 突然がばりと身を起こし、フリックが勢いよくビクトールを振り返った。その勢いに押されるように、思わずビクトールは一歩下がる。 そんなビクトールを、フリックは涙目できっと睨みつけた。その視線に、思わずビクトールはたじろぐ。 「あんなっ、あんな雑魚相手に余裕かました挙句にこれかっ!ビクトール!!」 「お、落ち着けって、フリック、ここ崖っぷち……うわわわわっ!」 ビクトールの言葉など聞かずに、フリックは相棒の襟首を引っつかんでがくがくと揺さぶった。 「探しようがないだと!泣くほど悲しまなくてもだと!?」 怒気の納まらないフリックの右手が淡く光りだし、ぱちぱちと火花がまとわりだした。それが視界に入り、ビクトールは青ざめ、フリックから身を離そうとしたが、この細腕のどこにそんな力が…と思えるほど力強く襟首をつかまれているため、それも叶わなかった。 ビクトールは、諦めの境地で目を閉じた。その一瞬後。 「これが落ち着けるかぁっ!あれには、あれには………っ!俺たちの全財産が入っていたんだぞ!!!」 フリックの悲痛な叫び声にかぶさるように、激しい落雷の音が、木々の間にむなしく響き渡った――― 「…な、なあ、フリック。いい加減、機嫌直せよ」 「………………………………………………」 ビクトールの言葉に、フリックは視線をちらりと上げて、目の前に恐縮して座っている相棒を見た。が、何も言わずにふいっと視線をそらし、残り少なくなったジョッキに口をつける。 今晩三十二回目のトライもあっけなく門前払いされてしまったビクトールは、はあっと溜息をつき、フリックと同じようにジョッキに口をつける。口を湿らす程度だけのビールを飲み下し、ビクトールは三十三回目のトライを試みた。 「なあってばよ、あれは、そう、不慮の事故だったわけだし……」 「『不慮の事故』……だと?」 雷を落としてから一言も口をきいてくれなかったフリックがようやく声を発したが、その声音に「やべぇ」とビクトールは口の中で呟いた。 案の定、フリックは手にしていたジョッキをどかっとテーブルにたたきつけて立ち上がる。 「俺が少しだけ手元に金を分けて持っていたから野宿は避けられたけどな!雑魚相手に遊んであんなところでお前がへましてなけりゃ、こんなところでちびちび酒飲まなくてもすんだし!そもそも、『報奨金たくさんもらったからまとめてちょっと持ちたい。なに、俺が落としたり掏られたりするわけねぇだろ』とか言い張ってまとめて持ってなけりゃ、被害は少なくてすんだんだぞ!!」 額に青筋を立ててまくしたてるフリックに、ビクトールは「だって持ってていいって言ったじゃんか…お前…」などと突っ込むこともできずに、ただただ大きい体を縮こまらせてフリックの怒りが収まることだけを祈っていた。 肩で息をしながらそれだけ言うと、フリックも少し落ち着いたのか、どっかりと椅子に腰をおろした。 その一挙一動をびくびくしながら見守り、ビクトールはこっそりと溜息をついた。 森を抜けてこの村を目指す前にした仕事が、手間がかからなかったわりにはばかげて報酬がよく、ビクトールも、そしてフリックですら「たまには豪遊するか!」などと笑いながら話していたのである。 それが今では安宿の一室を借りてしまうと、ビール二つにおつまみ三皿しか頼めない有様である。 あまりのその落差に、フリックならずともがっかりしてしまう。しかも、フリックの言う通り、今回のこの事件はビクトールの過失によるところが大きいわけで――― 「…何はともあれ、なんでもいいから、仕事探さなくちゃな……」 ぼそりと呟かれた言葉に、ビクトールもそれ以上の対応策など思いつかず、ただ黙って頷いた。 「なぁにぃ?あんたたち、仕事探してんの?」 空いた皿を取りに来た給仕の娘が、ビクトールの背後から声をかけてきた。 「ああ。この村で見つけられねぇかな?」 首だけひねって後ろを向き、ビクトールが娘に尋ねる。フリックも、黙ったまま視線だけを娘に向けた。 「そぉねぇ…」 すこし舌足らずな口調で、娘は首をかしげる。 「たまに、サウスウィンドウやラダトから、この村に織物を買い付けにくる隊商は、いつもすごく大勢の用心棒を連れてくるけれど…それも、二月にいっぺんくらいだしねぇ。あとは、特にないかなぁ…」 「そうか……」 小さな村だから、あまり芳しい答えは返ってこないだろうとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったフリックは深い溜息をついた。この土地柄をよく知っているビクトールは、最初から期待はしていなかったので、落胆は小さい。 「ありがとな」 「ううん。役に立てなくてごめんねぇ。なんか仕事の話聞いたら、あんたたちに教えるから」 そう言って娘は空になっていた皿を二つ手に取り、厨房に戻っていった。 残った一皿にちんまりと乗っている枝豆を手にとりながら、暗い顔をして眉間にしわを寄せているフリックに、ビクトールは苦笑しながら言った。 「しょうがねぇな。とりあえずはこのあたりのモンスターを倒して小金を稼いで装備を整えたら、とりあえずサウスウィンドウに行くか」 ビクトールの提案に、それしかないと思ったのか、フリックは頷いた。 「ここからサウスウィンドウまでどれくらいだ?」 「まあ、十日も見とけば大丈夫だ」 「…とりあえず、食料代くらい稼いでサウスウィンドウへ向かったとして、そのあとはどうする気だ?」 「サウスウィンドウは、このあたりじゃいちばんでかい街だ。あそこで仕事がなけりゃ、どうしようもねぇ。ま、なんとかなるさ。とりあえずはな」 「……そうするしか、なさそうだな」 深い深い溜息をつき、フリックはジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。今度は静かにジョッキをテーブルに戻し、席を立つ。 「…俺は先に休む。酒もないしな…。お前も夜更かししないで、早く休めよ」 「おお」 まだビールが残っているビクトールは軽く片手を挙げてそう返した。 フリックは二階の客室へ足を向け、階段を一段上ったところで、「ああ、そうだ」とビクトールを振り返った。 「ちなみに、お前、床だからな」 その言葉に、一瞬ビクトールは何を言っているか分らず、眉を寄せた。その表情に、フリックは「今晩の話だ」と付け加える。 「……って、おいおい、せっかくの宿だってのに、俺に床で寝ろってか?」 フリックの言葉を理解して、ビクトールは渋い顔をした。 「しょうがないだろう。一人部屋しか取れなかったんだから。主人の好意で毛布は借りたから、かぜはひかないだろう?」 「って、だからどーして俺が、」 「さて、問題です」 ビクトールの言葉をさえぎり、フリックはにっこりと笑った。その微笑に、思わずひるんでビクトールは口をつぐむ。 「なぜ俺たちは、一人部屋しか取れなかったのでしょうか?」 笑顔で続けるフリックの言葉に、ビクトールは口をパクパクさせて何か言おうとして―――諦めた。 「……それは、俺が、金の入った袋を落として、有り金が少ないからです……」 肩を落として殊勝に答えるビクトールに、フリックは満面の笑みで頷いた。 「よろしい。―――じゃ、そういうわけだから。おやすみ、ビクトール。俺の安眠を妨害するなよ?」 そう言い捨て、フリックは今度は振り返ることなく二階へ登っていった。 「…俺だって、安眠したいって……」 ひさしぶりの宿屋である。ベッドでゆっくり眠りたいのはビクトールとてフリックと同じ思いだ。 しかし、だからといって無理矢理ベッドにもぐりこもうものなら、間違いなく雷が落ちる。それは避けたいところだった。 「しょうがねぇよなあ…まあ、俺が悪いっちゃ悪いんだからよ…」 それでも愚痴りながら、ビクトールは残り少ないビールを枝豆四つでちびちびと楽しむことにした。 |
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