■キリ番 ニアピン8500/赤樹国松様■

小さな英雄 / 4



金茶色の長い髪。ゆるく波打つその髪に日の光があたり、金色に煌いている。それが眩しいのか、かすかに目を細め、男が口を開き―――、そこで唐突に消えた。
「あっ…!」
この場の実際の光景ではないと分かっていながら、それでもフリックは反射的に手を伸ばした。
と同時にがたん、という音がする。フリックははっとして伸ばしかけた手を止め、ウィンドウへ目をやった。
窓に右手だけ残し、荒い息をつきながら、ウィンドウが左の手を床について体を支えていた。
「ウィンドウ!」
声をかけるフリックに、ウィンドウは顔を上げた。その顔は疲労していたが、それ以上に困惑の表情を隠せなかった。
「い、今の…なんだったの?」
「いや、おれに聞かれても……」
そう言い、フリックは未だウィンドウの右手を窓に押し付けたままの男に目をやった。ウィンドウも、そちらへ顔を向ける。
「『窓の紋章』の本来の力、そう言ったよな、お前」
フリックは先ほどから構えたままの剣を握りなおしながら男に言った。
「ああ、言ったさ。今見たままのことだ。今の力こそが本来の紋章の力だ」
鷹揚に頷きそう言う男に、フリックは「だから、」と再度問い掛けた。
「なんでおれの両親が窓に映るんだよ。しかも、そうとう昔のものが」
「そういうものだからさ」
男は窓硝子に手をつきながら、うれしそうに口を開いた。
「『窓の紋章』は、窓を自由自在に変質させることができる。『変質』、だ。飾り窓職人は、自分で思い描いたイメージ通りに窓を変えることができる。それは正しい。だがな、その力は、なにも綺麗な飾りのついた窓に変えるだけの能力にはおさまらないんだよ」
男の言葉がいまいち飲み込めずに、フリックは首をかしげた。それが今の光景とどう繋がるというのだろうか。
「飾りだけじゃない。硝子自体も変えることができる。つまり、紋章の力を発動させた時に、思い描いていたものを窓に映し出すことも可能だ、ということだ」
わかったかな?というような表情で、男はフリックとウィンドウを見た。
「てことは、つまり―――」
フリックはなんとか男の言葉を理解しようと、眉間にしわを寄せて考えるように言った。
「窓硝子に、誰かを映したい、と思えば、その『誰か』を映し出すことが可能だ、ってことか…?」
「え、でも、」
そのフリックの言葉に、ウィンドウが口をはさむ。
「僕、別に今、フリックの両親のこととか考えてなかったけど…」
「だが、この坊やのことは思い浮かべていたんじゃないか?」
男の指摘に、ウィンドウは黙って頷いた。
「坊やのことを思い浮かべて、紋章は発動された。そして、坊やの両親の昔の姿が映し出された。つまり、この窓にかつて映ったことのある光景で、坊やとつながりのある人間の姿が映し出されたということさ」
「要するに、だ」
男の言い回しは少々わかりにくい。その男の話をまとめるように、フリックは口を開いた。
「『窓の紋章』の持ち主が、その力を発動させる時に思い浮かべていた人間か、または関連する人で、なおかつその力を発動させるための窓に映ったことのある出来事を、こうやって映し出すことができるのか?」
フリックの言葉に、男はにこりと微笑んだ。それが、答えだった。
「まってよ、紋章の力っていうのはわかったけど。じゃあ―――」
ますますわからない、という顔で、ウィンドウは自分の手を押さえたままの男を見上げた。
「あんたは、何が目的で、そんな力を手に入れたいんだよ?」
心底分からない、という顔で聞くウィンドウに、男は一瞬呆気に取られたようだ。しかし、すぐに笑い出す。
「これはこれは……。’戦士の村’というのは、よほど純粋で無害な人間を育てる場所なのだな」
「どういう―――」
「ウィンドウ、」
男の、どこか呆れた口調に、ウィンドウが反論しようとしたところを、フリックは遮った。
「フリック?」
いきなり遮られて、ウィンドウがきょとんとフリックに顔を向けた。男は、「ほう、」と片眉だけ上げて、フリックを見た。
「ウィンドウ、窓に映った昔の光景を見られる、ってことは、」
仮に、男が言ったことが本当だとすれば、と心の中で前置きして、フリックは口を開いた。
「その窓がある部屋の中で密談なんかが行われていたとして、それを行っていた人間の家族とかを連れてきたら、その情報を手に入れることも可能だってことだろ」
フリックの言葉に、男は満足したように微笑んだ。
「ご名答だな。もう少し付け加えるとすれば、今みたいに映像だけでなく、声も復元できるそうだ。それに、窓として使用されていた硝子の破片だけからでも、鏡の欠片からでも再現できるらしい。まあ、できることは紋章の持ち主の魔力に左右されるがな」
フリックは男の言葉を聞き、そんなことまで可能なのか、と驚いた。
情報は、どんな場合においても非常に重要なものだ。
どんな些細な情報だとしても、それを手に入れることができるのならば、どんなことをしても手に入れようとするほどに。
特に戦いの場においては、それが戦況を大きく変えるものになる。だからこそ影と呼ばれる忍びを使い情報を収集したり、情報屋を雇って敵陣に忍び込ませたり、とさまざまな手段を用いて首脳陣は情報を得ようとする。
それが、敵方の身内と、その敵方の陣地にある硝子―――たいていは鏡の破片になるだろうが―――さえ手に入れば、情報は筒抜けになる。
戦いの場だけでなく、政治の場のほうが、その効力は計り知れないかもしれない。
その力が悪用されれば、国は―――下手をすれば、世界は、その力を手にしたものに支配されることになるだろう。
だからこそ、とフリックは思った。
だからこそ、『窓の紋章』を持ったウィンドウの祖先は、赤月帝国に足を踏み入れた時、’戦士の村’に来たのかもしれない。
優秀な戦士を輩出することで有名な’戦士の村’に住まうことで、自らの身と力を、悪しき欲を持つ者から守ってもらおうとしたのかもしれない。
全ては憶測であり、それを確かめる術はないのかもしれないが、おおまかなところは当たっているのではないかとフリックは思った。
「お前は、なかなか世の中がわかっているようだな」
しばし考えに没頭していたフリックは、男の言葉に、無言で男を見返した。
「同じ’戦士の村’の子供で、しかも同じ年頃で、こうも考え方に違いがあるのか……」
「……おれたち、’戦士の村’の子供は、そういう知識も必要だからさ。だけど、ウィンドウは職人として生きていく人間だ。だからそんな裏事情なんて、知る必要はあまりないだろ」
ぶっきらぼうに答えるフリックに、男は興味深そうな視線を向けてきた。
「その年で、そうやって自分たちの立つ位置をわきまえているのも、珍しいな。それに、坊やは頭の回転がいい。……どうだ?お前も仲間に入らないか?」
「………は?」
何を言いたいのか一瞬把握しきれずに、思わずフリックは間の抜けた声をあげてしまった。
「俺は、俺たちの隊で使える人材を捜して旅をしているんだ。今回、『窓の紋章』を持つ人間を手に入れようとしたのもその一環だ。その剣の腕、魔力の強さ、そしてなにより咄嗟の判断力、その年にしてはずば抜けている。俺達の仲間になっても、なんら遜色のない資質を持っているんだ。どうだ?」
「どうって…ちょっと待てよ、」
まくしたてられて口をはさむ隙もなかったが、こちらに話をふってくれたおかげで、ようやくフリックはそう言って男を睨んだ。
「人間一人誘拐しようっていうようなやつに、『仲間になれ』なんて言われて、本当になると思って言ってるのか?」
ふざけるのもたいがいにしろ、と男に言葉を叩きつけたが、男は「そうか?」と笑った。
「お前なら、仲間になるというかと思ったんだがな」
「だからその根拠は、」
男の仲間になると決め付けているかのような態度に少々腹立たしさを感じながら、フリックが言葉を続けようとしたとき。
「お前は、その外見のせいで自分がどこに属するのか、はっきりしていないようだったからな」
「―――っ!」
男が意味深な表情で告げた言葉に、フリックは思わず言葉を詰まらせた。
男の言葉は、今まで考えないようにしてきたところを的確についていた。
生まれてこの方、ずっと自分が’戦士の村’の人間であるということに、なんの疑いも持たずにきた。
けれども、いつしか言われるようになった、同じ村人からの言葉が脳裏によぎる。

(あいつは、違うんだよ)
(母親が、北の国出身だからさ―――)
(あっちは紋章術が発展してるもんな―――)
(だから、フリックの紋章術はすごいんだよ―――)
(おれたちとは、違うんだよ―――)

そして、北方生まれだという男を前にして、改めて自分の外見が’戦士の村’の人間と違うか、痛烈に感じた。
母親も同じような外見だが、それは他人ではなく親なので、似ていて当然という思いが強い。
だが、この赤の他人である北方生まれの男が、生まれてこの方ずっと育ってきた村の人々よりも、自分に似た外見を持っているということは、フリックが今まで’戦士の村’の人間だ、と信じていた根拠を突き崩すものだった。
それは、確かに男が言うように、自分がどこに属する人間か、それをフリックに分からなくさせていた。
「俺は―――、」
先ほど問い掛けられた時同様、そこから先が続けられなかった。自分自身の中で’戦士の村’の子供だ、と言い切れる根拠なくなってしまった今、フリックには、続ける言葉を言うことができなかった。
そんなフリックの様子を見て、男は説得できると思ったのか、さらに言葉を続けた。
「そこまで悩むということは、お前自身も今の自分のあるべき場所が違うと思っているからじゃないのか?ならば、新しいところに足を踏み入れるのもいいことだぞ。’戦士の村’なんて、所詮は小さな村だ。世界は広い。もっと外に出てみるべきだ。外ならば、きっとお前はもっと自由に、自分らしくいられるんじゃないか?」
男の言葉に、フリックは母親に言われた言葉を思い出した。
『あなたはまだこの村の中の世界しか知らない。外はずっとずっと広いの。そして懐が深いの』
確かにそうだろうと思う。外の世界をフリックは知らない。男の言うように、もっと外へ出てみるべきだとも思う。
それでも、フリックは素直に男の言葉に頷くことができなかった。
それは、男が誘拐という非人道的なことを平気で仕出かすような人間だから、というだけではなかった。
男が外に出るべきだ、とフリックに薦める理由が、フリックの外見にあるように感じさせるからだ。
自分らしくいられる。それがこの国に馴染めない外見を気にせずに生きていける場所へ行けばいい、という意味で言われているのならば、それは結局、自分らしくいられる場所でしか自由でいられないということだ。
それが本当に自由といえるのだろうか。
「フリックは、’戦士の村’で生まれ育った、’戦士の村’の子供だ!」
急に耳を打った声に、フリックははっとしてその声の主を見た。
フリックが目を向けると、疲れ果てて床に膝をついていたウィンドウが立ち上がり、男の手を力いっぱい振り解くところだった。
男にしてみればたいした力ではなかったかもしれないが、意表をつかれてウィンドウの手を離してしまっていた。
しかし、ウィンドウは自分が男の手から解放されたということなど気にもかけずに男に食って掛かった。
「’戦士の村’は小さいよ。確かにそうだよ。だけど、そこでフリックが自分らしくいられないなんて、誰が決めたんだよ!」
「ウィンドウ…」
ついぞ見たこともない激昂するウィンドウに、フリックはなんと言ったらいいのかわからず、ただ名前を呼んだ。
しかし、ウィンドウはフリックのほうに目も向けずに、男に続けて言った。
「髪の色が違うから、瞳の色が違うから。そんなことがなんなんだよ?フリックは、誰よりも’戦士の村’の子供だ。誰よりも戦士として強くて優しい、聖戦士クリフトの再来とまで言われる、僕らの英雄なんだ!そんなささいなことで、僕らの英雄を傷つけるな!」
そのウィンドウの言葉に、フリックは自分の気持ちが揺らいでいるのが恥ずかしくなった。
こんなにも、自分のことをちゃんと見てくれている人がいるのに。なぜ、自分はそれが信じられなかったのだろう。
思えば、ウィンドウだけではなかった。
確かに、一緒に訓練をしている友達の中には、フリックの外見を気にする人もいて、陰口をたたかれることもあった。
だが、それだけではなかったはずだ。
そんな外見など気にもせずに、フリックをありのままに受け入れてくれている友達も、たくさんいるのだ。
なぜ、それを忘れていたのだろう。なぜ、否定的な言葉だけを強く覚えてしまっていたのだろう。
『外にはあなたの外見なんか気にせずに、あなたの中身を正当に評価してくれる人もたくさんいる。だから、今のこの世界だけがすべてだなんて、決して思わないでね……』
父親と出会うまで、色々な国を旅していたという母親の言葉は真実に違いない。
だけど母さん、とフリックは思った。
(この村の中にだって、おれをちゃんと見てくれている人はいるんだよ。おれはそれを忘れていたんだ―――)
右手に持っていた剣を、左手に持ち替え、フリックは男をきっと見た。
ウィンドウに振りほどかれたままの格好で立ち尽くしている男。この男がどんな人間だとしても―――今は、ウィンドウを連れ去ろうと画策している敵だ。
そして、ウィンドウがその男の手から解き放たれている今、この機会を逃す手はなかった。
意識を向けるだけで、熱くなる右のてのひら。見なくても、その手が淡い緑色の光につつまれているほど、身に馴染んだ紋章。
男はそれに気付いたのか、はっとした顔でフリックを見てから、とっさにそばにいたウィンドウを捕まえようと、手を伸ばす。
それを見て、フリックは叫んだ。
「ウィンドウ、しゃがめ!」
フリックの声に、反射的にウィンドウはその場にしゃがんだ。目測を誤り、男の手が空振る。
「―――っ、”雷撃球”!!!」
これで最後とばかりに、残りのありったけの魔力を解き放つ。目を焼くほどの激しい光が室内を激しく照らした。
「うわあああああああ!!」
直撃を受けた男は激しい叫び声をあげた。
「倒れろ………っ!」
紋章を放ったフリック自身はすでに片膝を床につき、荒い呼吸を繰り返していた。
万が一に備え、左手に握った剣の切っ先を男のほうへ向け、いまだ雷の光に包まれたままの男を見据えていた。
しばらく叫び声を上げつづけていた男の声が、ふっつりと途切れた。そして、ぐらり、とその場で倒れ伏していく。
「うわっ!」
男の倒れていく方向にちょうどしゃがんでいたウィンドウは、慌ててその場を飛び退いた。
それと同時に、どうっという音を立て、男が床に突っ伏した。
「…………やった、のか?」
呼吸の合間に、ウィンドウにちらりと視線を向けて問うと、ウィンドウは恐る恐る男に近づき、近くにあった薪でつついてみた。
何度かやってみて気がすんだのか、ようやくフリックのほうを見て、肩から力を抜いて言った。
「―――大丈夫みたいだよ、フリック」
その言葉に、フリックはふぅとため息をついた。途端に体中から力が抜け、その場に腰を落としてしまう。
「フリック!大丈夫!?」
ウィンドウは慌てて手に持っていた薪を放り投げ、フリックに駆け寄った。
「大丈夫、だとおもう。けど、もう紋章は使えないよ……」
力なく笑ってそう言うと、ウィンドウは心配そうに眉をひそめてフリックの右手を取った。
「なにが大丈夫だよ。血が出てる」
言われて目を落とすと、確かに右手の甲が細かい裂傷に覆われていた。
「ああ……」
魔力を多く必要とする紋章を無理に使ったことに対する反動だろう。
さすがのフリックも、こんな短時間のうちに高位紋章を使ったことがなかったが、なんとか体力は持ったようだ。
ただ、さすがにこれ以上はもう無理だった。
それでもなんとか足に力を入れて、立ち上がる。そして、まだ心配そうな顔をしているウィンドウに無事な左手を伸ばして笑いかけた。
「帰ろう、村に」
そのフリックの言葉に、ウィンドウは大きく頷いて、その手を取った―――。




「フリック、起きてるかしら」
部屋の扉越しに控えめに声をかけられ、フリックは読んでいた本を枕元に置いて答えた。
「うん、起きてるよ。なに?」
その返事に扉が開けられる。顔を覗かせたのは、母だった。
「ウィンドウが来てくれたの。部屋に通していいかしら?」
「ああ、大丈夫だよ」
そう言うと、にこりと笑って母は頷き、扉を閉めた。
その笑顔が、あの狩猟小屋で見た若き日の母と重なり、フリックは苦笑した。
「……母さん、全然かわってないよな……」
父親の方の見た目から考えて少なくともフリックが生まれる前だと思うのだが、あそこまで変わっていないとなんだか不思議だ。
そう思っていると、軽く扉がノックされた。
「入ってこいよ、ウィンドウ」
その言葉に、扉が開かれる。入ってきたのは予想通り、ウィンドウだった。
「もう起きて大丈夫なの?フリック」
心配そうに言うウィンドウに、フリックは肩をすくめた。
「もう大丈夫だって言ってるのに、『もうすこし大人しくしてろ』だってさ。もう寝てるのも飽きたよ」
「そりゃ、倒れるほどの紋章を使ったんだもん。心配なんだよ、みんな」
困りながらも、たしなめるような口調のウィンドウに、フリックも「わかってる」と頷いた。
あの晩、森のほうから雷が落ちる音が聞こえて、目を覚ましたフリックの母親が、たまたまフリックがいないことに気づいたらしい。
そこで慌てて家を飛び出せば、同じく息子がいないと慌てて村長の家に向かうウィンドウの母親と鉢合わせたそうだ。
雷の音に気づいた村人は多く、何人かが同じように外に出てきていた。
おそらくあの雷はフリックの紋章に違いない、と誰もが言う中、村にいた男たちにより即席の捜索隊が組まれた。
フリックとウィンドウが、残った気力を振り絞り、森の中を村へ向かって歩き出してすぐに、途中でその捜索隊に合流できたのは、幸運以外のなにものでもないだろう。
そこで安心してフリックは気を失ってしまったのだ。
そして目が覚めた時にはすでに「絶対安静」が医者から言い渡されたあとで、いくら「もう大丈夫」と言っても母親は頑としてフリックがベッドから出ることを許してくれなかった。
心配をかけてしまった自覚はあるので、フリックも強く言えずに、こうしてずるずるとベッドの上の住人と化しているのである。
といっても、まだあれから2日しかたっていないのだが。
「そうそう、忘れてた。はい、これ」
ウィンドウはそう言って、手に持っていたものをフリックに手渡した。
「なんだ?これ」
反射的に受け取ってから、フリックは首をかしげた。手渡されたのは、大きな籠。その中には色とりどりの花が入っていた。
「これはね、みんなからだよ」
驚いた顔のフリックに、ウィンドウはうれしそうに言った。
「まだ『絶対安静』って言われてるから、お見舞いに来るのは控えてるみたいなんだ。だけど、せめて花だけでも、って。渡してくれって頼まれたんだ」
「……みんなって、」
誰だよ、と続けたフリックに返された名前の中には、ここしばらくフリックを敬遠していた少年たちも含まれていた。
「みんな、フリックのこと心配してた。早く元気になって、訓練に戻ってこいって。ティバルなんか、張り合いがないってぼやいてたよ」
驚いた顔のフリックに、ウィンドウはくすくす笑いながら言った。
ティバルは特にここのところ口すらきいてくれなかったのに、と思うと、なんだかうれしくてフリックは微笑んだ。
「……そっか、」
「それから、テンガちゃんから伝言」
少女の名前に、フリックは顔をしかめた。無くした髪飾りを探すと約束しておきながら今回の騒ぎに巻き込まれて、それどころじゃなくなっていたことを今更のように思い出す。もうあれから2日もたっているのだ。どんなに悲しんでいることか、と胸が痛んだ。
しかし、ウィンドウから伝えられた言葉は、予想だにしないものだった。
「探してって頼んでた髪飾り、ポケットの中に入っていたらしいよ」
「………は?」
それでは、探しにでたのは無駄足か?と思わず思ったところで、ウィンドウは苦笑した。
「でもまあ、そのおかげで僕はフリックに助けてもらえたんだから……テンガちゃんさまさま、ってところなのかなぁ」
「………ま、まあ、そういう考え方も、あるかな……」
少し釈然としないけれど、と思いながらも、フリックは頷いた。確かにあの時森にフリックがいなければ、ウィンドウが今頃どうなっていたか―――。
目の前で笑っている友人といつものように話せるのだから、不幸中の幸いと考えるべきか、とあきらめのため息をついた。
「そうだ、フリック。僕ね、ひとつ決めたことがあるんだ」
唐突に、真面目な顔でウィンドウが切り出した。
「……なにを決めたんだ?」
ひどく真剣な表情に、フリックも心もち顔を引き締めた。
「フリック、僕、剣の使い方を覚えようと思うんだ」
「……剣?なんで?」
『飾り窓職人になるべき者は、戦士としての訓練にでるべきではない』というこの村の掟に従って生きてきたウィンドは、今まで剣を握ったこともないはずだ。それがなぜ突然そんなことを言い出したのか、と思ったところで、はたと気がついた。
「もしかして、今回みたいなことがまたあったときのためか?」
ウィンドウを誘拐した男たちは、村人たちの手で捕縛され、ロリマーの関所の役人に引き渡されたそうだ。
だが、彼らが捕まったからといって、『窓の紋章』の秘密を知っている者がもういないとは、決して断言できないのだ。
フリックの言葉に、ウィンドウは静かに頷いた。
「もちろん、それもあるよ。だって、この手に宿った中途半端な紋章が、一応とはいえ効力を発揮するんだ。それを知られたら、また同じ事が起きるかもしれないだろう?僕は、飾り窓職人になりたいんだ。だから、そんな悪い用途に使おうって考える人になんか、従いたくないからね」
「まあ、な」
ウィンドウが剣技を習うということに対しては特に反対する理由もない。ただ、飾り窓職人になりたい、と言うウィンドウが、手に怪我など負わなければいいな、とだけ思った。
「それにね、」
ちょっと照れくさいんだけど、と前置きをしてから、ウィンドウは続けた。
「僕も、フリックみたいに、目の前で困っている人がいたら、手助けくらいしたいと思うから」
そのウィンドウの言葉に、どちらかと言えばフリックのほうが照れてしまって、落ち着かな気に頭をかいた。
「や、別に困ってる人を助けるってわけじゃ……あ、でもやっぱり目の前にいたら助けたくなるから、助けてるってことになるのかな……」
あれ?と思考がぐるぐる回っていることに気付き、フリックは口をつぐんだ。ウィンドウはその様子を見て笑った。楽しそうに笑うウィンドウを見て、まあいいか、とフリックも笑う。
「じゃあ、約束だな。おれは立派な戦士になって、剣を捧げるものを見つける」
今は剣に刻む銘を思いつかないが、いつか自分が命すらも捧げてもいいと思えるものを見つけたい。
そう思ってフリックが言うと、ウィンドウも「そうだね、」と口を開いた。
「僕は、いつかきっとちゃんとした『窓の紋章』を見つけて、一人前の飾り窓職人になるよ」
「それにはまず、旅に出られるくらいに剣の腕、磨かないとな」
「よろしく頼むね、フリック先生」
「先生はやめてくれよ……」
心底嫌そうに言うフリックに、ウィンドウは微笑んだ。
「まずは、体調もどさないとね、フリック」
「だからもう大丈夫だって」
心配性の友人に苦笑を向けると、「でも大事は取らないと、」と言って、腰をあげた。
「じゃ、そろそろ帰るね」
「ああ、気をつけてな」
そう言って手を振ると、ウィンドウは扉のところでふと振り返った。
「そうだ、フリック。僕、ちゃんと言ってなかったね」
「なんだ?」
なにかあったかな?と首をかしげると、ウィンドウはくすりと笑った。
「―――助けてくれて、ほんとうにありがとう」
改めて言われて、フリックはゆっくり首を横に振った。
「お礼はいらない。だって、当然だろ?」
そう言って、ウィンドウを見上げると、フリックがなんと言いたいのかわかったのか、「そうだね」とウィンドウも頷いた。
「じゃあ、またくるね」
笑顔を残し、ウィンドウが出て行った。
それを見送ってから、フリックはそっと呟いた。
「当然だよ。友達、なんだからさ………」
母親を始め、心配してくれている人がたくさんいる。それが、どんなにうれしいことか、フリックは初めて知った。
この村に生まれてよかったと、今なら間違いなくいえるだろう。
なぜなら、自分をちゃんと見てくれている人がいると、心の底から思えるからだ。
「早く、治さないとな」
早く外に出て、皆に会いたい。そう思った。
布団にもぐりこみ、毛布を目の下まで引っ張る。なんだかいい夢が見れそうな気がして、微笑みながらフリックは目を閉じた。


その日見た夢は、皆が出てきた。ウィンドウも、母親も、テンガアールも、ティバルも。他にも大勢の人々がいた。
中には、まだ会った事もない人もいた。けれど、そんなことは気にせず、広い空の下、皆で笑い合っていた。
ああ、本当に、世界は広いんだな―――

fin...



■あとがき■


last update 2001/05/13