■ 杏子様 フリー小説 ■


想い出をもうひとつ

とある日の午後。
地球連合軍の仮宿舎の通信機の前には、ムウの姿があった。
モニターの向うの、昔の同僚に必死で手を合わせている。
「なぁ、今度の日曜日、外泊許可とれない?」
「めずらしいね〜。お前がそんなに必死になるなんてさぁ。」
ムウと同じく少佐の階級章を付けた青年は、にやりと笑った。
内心、くそ〜、と思いながらもぐっとこらえる。
ここで相手の機嫌を損なってしまえば、全てがパアだ。
「頼むっ! このとおり!」
ひたすら頭を下げる。その様子に、こらえきれず青年士官が吹き出した。
「わかったよ。何とかするから、頑張ってこいよ。」
「サンキュー、恩に着る。」
いよっしゃあ〜!
通信を切ってガッツポーズをすると、いそいそと自分の部屋へ戻っていった。


「マ・リュー・さん。」
自分の部屋ーーーというか、二人の部屋へ戻ると、マリューはミリアリアとお茶の時間。
人前にもかかわらず、背中からぴとっとはりつくと、耳元で囁いた。
「今度の日曜、夜は空けといてくれよ?」
「どうしたの?」
空けるも何も、AAクルーの予定は現在、すっからかんだ。
処分が決定するまで、地球連合軍に仮拘束中の身分なのだから。
「マリューの誕生日のお祝いするから。」
「誕生日・・・。」
「あ、その顔はーーー忘れてた? 自分の誕生日。」
マリューの額を人差し指でこつんと弾くと、はにかんだ笑顔が返ってきた。
「え〜、二人だけで楽しいことするんですかぁ?」
内緒話(?)をしっかり聞いていたミリアリアが、つまらなそうな顔をする。
が、次の瞬間、何かを思いついたのか、ぱあっと顔を輝かせた。
「そしたら、皆でも“お祝い”しましょうよ。ねっ、ねっ?」


こうしてあっという間に、「来週の日曜『艦長のバースデー&地球に戻ってきてご苦労様パーティ』をやるぞ〜」という連絡が、クルーに行き渡ることとなった。


「要するにーーー騒ぎたかったのね、みんな。」
ワインでほんのりと頬を染めたマリューが、騒々しい食堂の様子を見渡しながら言った。
10月12日。昼間から始められた会は、大方の予想どおり、単なる宴会と化していた。
日が傾き始めた、午後5時。
「さて、そろそろ抜け出しますか。」
マリューに耳打ちしてムウがすっくと立ち上がる。この後、車を運転するために、まだ1滴のアルコールも口にしていなかった。
部屋に戻って身支度を整えた二人は、予め借りておいた車に乗り込む。
「それで、これからどうするの?」
「着いてからのお楽しみ、ってね。」
エンジンを始動させてから、マリューに布で目隠しをする。
車が走っている間も、マリューは自分がどこに連れて行かれるのか、耳をすませて一生懸命考えているようだった。
目的地の駐車場に着くと、遠くから賑やかな音が聞こえたのか、ソワソワし始めた。
「ねぇ、どこに行くの?」
「もう少しでわかるよ。」
先に降りて手続きをすませると、目隠ししたままのマリューを迎えに行く。
手を取って車から降ろすと、建物の中に入っていった。
「エレベーター? 高い場所なの?」
「ん〜、そんなに高くはないかな。」
エレベーターを降り、キーを差し込んでその場所に入る。
窓の外の景色をチェックして、ムウがほくそ笑んだ。ーーーグッドタイミングだな。
「さあどうぞ、お姫サマ。」
漸く布の結び目をほどいたマリューの目に飛び込んできたものは。
夕闇に浮かぶ海賊船とその乗組員たち。お城、妖精、光の渦。
テーマパーク内に建てられたそのホテルの窓いっぱいに、お伽話の世界が広がっていた。
「うわぁっ・・・素敵ぃ!」
少女のようにはしゃいだマリューが、目を輝かせて窓に駆け寄る。
その様子を満足そうに見ながら、ムウは注文しておいたシャンパンに手を伸ばした。
「乾杯したら、遊びに行こう。」
「嬉しい!嬉しい! 素敵なプレゼントをありがとう、ムウ。」
マリューが歩み寄ってきて、ムウの腕を取る。
「いつかーーー子供が出来てここへ連れてくることがあったら、話してあげたいな。『ここはパパとママの想い出の場所なのよ』って。」
ムウの頬がすうっと赤くなる。
マリューとはずっと一緒にいたいと思っていた。
いずれ、結婚しようと決めていた。
子供のことだって、冗談めかして自分から言っていたくせに、マリューの口から語られると、妙に照れくさい。
子供・・・俺とマリューの・・・。
「よ、よーしっ。栓抜くぞぉ。」
大きな丸い瞳にじっと見上げられたムウは、照れ隠しに勢いよくコルクを抜く。
ぽんっと大きな音が、二人を祝福するように響いた。

Fin.





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last update 2003/10/12

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