■ 直江元帥様 フリー小説 ■
誕生日円舞曲 |
『はあ…』 今となっては珍しいマリューのため息に、早速反応したのはミリミリアだった。 『どうしたんですう?』 ミリーの顔は笑顔である。今日は10月13日。昨日はマリューの誕生日だった。 『優しい旦那様と、熱い夜ですかあ?』 こんな冗談を言えるくらい、今の地球は平和になっていた。 『…熱い夜どころか、最悪ね』 曇る顔のマリュー。一体どうしたのだろうか。 『大切な記念日にケンカでもしたんですか?』 『いいえ。ケンカすらしなかったわ。昨日、彼の姿を見ていないもの』 『!』 ここでミリーは気付いた。 『あの、もしかして…』 『もしかしなくても、ね。あの男、安心したと見えてすっかり忘れているみたい。ま、忙しいのは理解しているけどね』 オーブ主導の復興と残存部隊の再編成。かかる懸案はヤマのようにある。休む暇すらないのはお互い判ってはいたものの、ムウが大切な妻の誕生日を忘れていたという事実が、マリューのため息の原因だった。 『ムウさ…、いえ、フラガ中佐には言ったんですか?』 『こっちからわざわざ言うのも癪だから、何も』 これではあまりにもマリューが可愛そうである。 途端にミリーの顔色が変わり、ブリッジから飛び出そうとした。 『ミリー、どこへ行くつもり?』 『決まっています!。中佐を引っ張って来ます!』 『やめなさい』 その元気のない声を聞き、ミリーは意を決した顔で出て行った。 『ふう…』 再びため息のマリュー。どんな顔をしてムウが来るのかを考えるだけでも嫌だった。 忙しい。それは仕方のない事実。 ムウのことである。平謝りしてマリューの機嫌を伺うに違うない。 『そんな姿、もう見たくないんだけどなあ…』 『こらあっ!、何度言ったら判るんだよ!』 大声で怒鳴るムウ。新たな部隊の設立に向け、日夜訓練の日々。 鷹の名前だけでも充分なのに、ローエングリンをストライクで散らした信じられない伝説も付き、新しい隊員からは畏敬の念と、その厳しさから恐れられていた。 『おっさん、最初からは無理だって』 すっかり居着いてしまったディアッカが、ムウの隣で嘆いていた。 隣といっても、直されたストライクとバスターで並んでいるのだ。今の訓練は、MSを使った模擬戦闘だ。 『最初もクソもあるか!、今が平和だから怠けていやがるんだ』 『昨日からぶっ通しじゃんか。少し休ませた方がいいぜ』 そこに遠くから、聞きなれた声が近付いて来た。 『ディアッカ、休むのはお前の方が先のようだな』 その声がミリーのものと判り、ムウがからかう。 『そんなんじゃねえよ』 ディアッカはミリーを探した。脱兎のごとく走ってくるミリー。大声で何か叫んでいるのが判る。 『何、言っているんだ?、あいつ』 ミリーはバスターの下では止まらず、ストライクの下で仁王立ちした。 『フラガ中佐っ!』 『おっさんに用事のようだぞ』 『何かあったかな?。マリューでも倒れたのかっ!』 途端に真剣な声になる。 『ミリー、どうした?』 ハッチを開け、ムウがストライクから顔を出した。 『中佐っ!、どうして艦長の誕生日を忘れたんですかっ!』 『へ?』 意識が飛んでしまったムウ。 『…あーあ、おっさん、俺、知らねえぞ』 『昨日…、10月12日…、ああああああああああああああああああああああっ!』 澄み切った青い空に響く、馬鹿な男の後悔いっぱいの叫びであった。 『考えろ、考えろ』 ブリッジに向かうムウの足取りは重たかった。 後ろには、面白がって付いて来るディアッカと、鬼の形相のミリーがいた。ムウが逃げることを許さない。そんな感じのオーラがあった。 『おっさん、新婚ボケしたんじゃねえの?』 ディアッカの声も聞えていない。ブツブツと何かを言いつづけているムウ。 『ディアッカ!、余計なことは言わないのっ!』 『うるせえな。お前には関係ないだろうが』 『関係あるわよ。私達の大切な艦長よ。これじゃまるで、釣った魚にエサをやらないのと同じじゃない。艦長が可愛そうだわ』 『だとよ、おっさん。こりゃ、女性陣全員が敵になったな』 『中佐、今回ばかりは、不可能を可能にってのは無しですからねっ!』 その時、ムウの歩みがピタリと止まった。 『それだっ!』 何を考えついたのか、ムウはミリーの顔をさした。 『さっすがミリミリア!。ディアッカにはもったいない!』 『何だ…』 ディアッカの言葉も聞かず、ムウは一気に走り出した。 『おい、おっさん!』 『中佐!』 ミリーの帰りを気にしながら、マリューはまたため息。 『いい歳なんだから、こんなことで…』 ショックは隠せない。 そこに原因が現われた。 『マリュー!』 声は聞いたが、マリューはムウの顔を見ることはしなかった。 『仕事場では艦…』 そう言いかけた瞬間、マリューの身体が宙に浮いた。 『きゃっ!』 正確に言えば、マリューはムウにお姫様だっこをされていた。 『ちょっ!』 『いいか!、艦長は今から数時間行方不明だ。連絡取次一切無用!』 ムウはそう言い放ち、ブリッジから来た道を再び駆け出した。 『あ!』 『おっさん!』 すれ違うふたりに一瞥もくれず、ムウはすざまじい速さですり抜ける。 『…何をほうけているの!、後を追うわよ!』 『あ、ああ』 ミリーとディアッカも後を追う。一体、何をしようというのか。 『ムウ!、降ろして!』 『嫌だ』 『みんなが見ているわ!』 『見せておけ!』 『こんなことしたって!』 それにはムウは答えなかった。 マリューを抱きかかえているとは思えない速さだ。 マリューが黙った理由は、ムウの顔だった。 とにかく、必死なのだ。遊びでもない、へつらいでもない、一個の漢としての顔だった。 『ムウ…』 『悪いが、俺は謝るつもりでこんなことをしているわけじゃないんだ。俺を信じて』 前を見据えて話すムウ。マリューの顔すら見ない。何か目的の場所へ向けて、一直線に走る。 マリューは何も言わず、その顔を見ていた。 『あああ、おっさん!、何をする気だよ!』 ディアッカの眼に写ったもの。それは、ストライクのコクピットにマリューを抱えて乗り込むムウの姿だった。 『ディアッカ!、よっく見ておけ!。これが俺って男だ』 そう叫んで、ハッチを閉めるムウ。すぐさまストライクは起動し、噴射で空に舞った。 『しょうがねえなあ、もう!』 『ちょっとディアッカ!』 ミリーが驚いたのは、ディアッカもバスターに乗り込もうとしていたのだ。 『おっさんのケリのつけ方、見たいと思ってな』 『じゃあ、私も連れて行きなさい!』 『はあ?』 『ほら、急ぐわよ!』 何て女だ、という思いは口にせず、ディアッカはミリーを抱くようにして、バスターに乗り込んだ。 『変なとこ、触らないでよね…』 『…どうしてこんな女にな』 『何?、何か言った?』 『別に』 ストライクの後を追い、空に舞うバスターだった。 ストライクは、一面の真青な海に平行して、全速力で飛んでいた。 『ムウ、どこへ行くの?』 『もう少し、待っていてくれ』 ムウの膝の上に座らされ、腕の置場のないマリューは、ムウに抱きつく格好になっていた。 『誕生日のことなら、気にしていないから、ヤケにならないで』 『気にするさ。俺は何て馬鹿な男だってな。愛する妻の大切な日を忘れるなんて』 『いつものあなたなら、そんなことなかった。今、忙しいから仕方ないわ』 『幸せの記念日だぜ。俺が納得できないよ』 『幸せの記念日?』 『そうさ。誕生日は、歳を取る日じゃないんだ。その人間が、この世に生まれたということを祝う記念日なんだ。祝福されて、この世に生まれたことをね』 ムウは心から言葉を押し出していた。自分の両親のこと、クルーゼのこと。考えない時はなかった。 今、はじめて愛する女性を隣に置き、家庭というものを持った。 愛すべき時間、今、自分が経験している時間こそ、ムウにとっては大切な思い出の取り戻しなのだ。 『俺は、忘れたなんて許さない。自分が許せない。だが、俺は不可能を可能にする男だっ!』 ムウはストライクの動きを、ゆっくりと、ゆっくりと止めた。 空中に浮く形。360度、すべて海。波間に、ストライクの影だけが揺れていた。 『…誕生日おめでとう。マリュー』 『え?』 『今、経度180度を越えた』 『経度180度…、あっ!』 『そう、今は、10月12日だ』 『…ムウっ!』 マリューは泣き笑顔で、ムウにキスをした。 『なるほどねえ』 少し離れた場所から様子を見るバスターだった。 『何がなるほどなのよ』 ミリーはまだ事態が飲み込めていない。 『経度180度。つまり、日付変更線さ。今、ストライクのいる場所は10月12日で、俺たちがいる場所は、10月13日』 『じゃあ…』 ミリーの顔がみるみる笑顔になった。 『やるねえ、おっさん。さすが不可能を可能にする男だ』 『やったあっ!』 がばっとディアッカに抱きつくミリー。 『おっさんの生き様、見せてもらったぜ』 その後、ミリーの大いなる吹込みで、鷹には新たな称号が付けられた。 時間を超える男、と。 Fin. |
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