■ 杏子様のフリー小説 ■
Surprise party |
手帳に大きく書かれたハートのマークを見て、マリューが微笑む。 11月のページを開くたびに目がいってしまう特別な日。 ムウには、素敵なプレゼントをもらってばかりいる。 日頃の感謝も込めてお祝いしたいと思っているのだけど……。 彼が喜んでくれそうなものって何なのかしら? あらためて考えてみると、意外に彼のことを知らない自分に気づく。 「ねぇ、ムウ。今、何か欲しいものある?」 それとなく訊いてみた。 「うーん。欲しいもの、欲しいもの……。」 ムウは少し考えた後に、パアッと顔を輝かせる。 いたずらっぽく煌めく青い瞳。何を言われるのか、すぐにわかってしまった。 「マリューが欲しい。」 ……言うと思った。 「そうじゃなくて、もっと“ちゃんとした”もの。」 「そう言われても、欲しいものないんだよね、俺。」 なぜか嬉しそうに言うムウに、ふわり腕の中に閉じ込められる。 「ありがとう。」 「……え?」 「何でも嬉しいよ。マリューがお祝いしてくれるなら。」 「あ……わかっちゃった?」 あんなふうに訊かれて、気がつかない方がおかしい。 「ムウはその日、仕事?」 「え? ああ、多分いつもどおり。」 「それじゃあ、夜は予定空けておいてね?」 そう言うと、もちろん!と満面の笑みが返ってきた。 拘束が緩いとはいえ、未だに地球連合軍監視下での官舎暮らし。 部屋に備え付けの簡易キッチンでは、作れない料理もある。 思い切って、食堂のコックさん達に事情を話しに行った。 オーブンを使いたい、とお願いしたところ、彼らは快くOKを出してくれた。 「それならいっそ、官舎の連中みんなで『少佐の誕生パーティ』しませんか?」 交渉を終えて帰ろうとしたら、なぜか入口にトノムラくんがいた。 話を聞かれてしまったらしい。 「そんなこと……ムウだけ特別扱いしているみたいで、みんなに悪いわ。」 「パアッと酒が飲めて、その上、艦長の手料理が食べられるんなら誰も文句は言いませんって。」 背の高いトノムラくんの後ろから、チャンドラくんがひょっこり顔を出す。 「そうねぇ……。」 迷いながらも、頭の中にふっと懐かしい映像がよみがえってくる。 幼い頃、友達を呼んで母の手作りケーキをみんなで食べた誕生パーティ。 沢山の人に『ハッピー・バースデー』を歌ってもらいながら蝋燭を吹き消すのが、毎年、楽しみだった。 「それじゃあ、協力してもらってもいいかしら?」 ふと思いついて、立ち聞きしていた二人に計画を話すと、彼らは張り切って食堂を出て行った。 11月29日。20代最後のバースデー。 今まで、自分の誕生日を意識して迎えた記憶はない。 野郎の中でいつも通りの一日を過ごし、終わってから気がつくのがお決まりのパターン。 だが今回は、マリューがそわそわしているのが、すっかり伝染してしまっていた。 「誕生日おめでとう」の言葉と、いつもより甘いおはようのキス。 それだけでも充分すぎるプレゼントだ。 ――― 仕事が終わった時と、官舎の前に着いた時と2回電話してね。 ――― 私が迎えに行くまで、官舎に入っちゃダメよ? 出掛けにマリューに言われたとおり、2回電話をかけた。 手料理を食わせてくれるんだろうと予想しているので、あれこれメニューを想像してみる。 そんな自分に苦笑した。いつからこんな“普通の男”になったんだろう。 「お帰りなさい。」 天使のような微笑みに迎えられて、玄関をくぐる。 「え、食堂?」 てっきり部屋へ行くものだと思っていたが、料理を作るんなら道具が必要だろうと納得し、黙って後について行った。 パンッ! パパパンッ! ……あ? 「イヤッホー!」 「お疲れさまです〜、少佐!」 ドアを開けるなり紙テープが降ってくる。中には、官舎にいるクルーがずらり。 「え?……マリュー??」 「今日の主役はこっち。」 あっけにとられていると、楽しそうに笑うマリューに背中を押された。 なすがまま席につくと、コックが特大のケーキを運んでくる。 蝋燭にひとつひとつ火が灯されていくのを、ただただ茫然と見ていた。 「うふふ。ちょっと頑張っちゃった。」 「これ、お手製……?」 頷いて答えてから、マリューは全員に向かって「せーの」と声をかけた。 ♪ ハッピー・バースデー・トゥー・ユー 〜 自分の為にこの曲が歌われるのを聞くのは、おそらく初めてだ。 ♪ ハッピー・バースデー・ムウさーん 〜 マリューに促されて、勢いよく蝋燭を吹き消す。 「おめでとうございまーす!」 「よーし、飲むぞ〜っ! 艦長の手料理だぁ!」 お祝いだかなんだかわからない野次まで飛んで、みんなが一斉に動き出した。 「お前らなぁ……。」 それでも、彼らなりに祝ってくれているのが伝わって笑ってしまう。 お待ちどうさま、と目の前に置かれた皿を見て、今度こそ本当に言葉が出なくなった。 丸い目玉焼きがのったハンバーグ。ほうれん草のソテーと人参のグラッセ。 滅多に子供の頃の話をしない俺が、恋人になるずっと前にぽろりと洩らした思い出。 ……覚えていたのか……。 一瞬にっこりと微笑むマリューの顔が霞んだ。 「トマトソースとドミグラスソース、どっちにしようか迷ったんだけど。」 わざと話をそらす彼女の気遣いが嬉しかった。 「どっちも好きだよ。ほんじゃ、いただきまーす。」 明るく言ってナイフとフォークを手にする。 嬉しそうにみつめているマリューを、何があろうと幸せにしようと思った。 Fin |
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[ 杏子様のコメント ] 最初は、二人きりのディナーを考えていたのですが「せっかくクルーの皆と一緒にいるんだし、二人でじっくり過ごす誕生日はこの先いくらでも♪」ということで“お誕生日会バージョン”にしました。 クルー達の『ハッピー・バースデー』大合唱。ちょっと聴いてみたいかも。 11月29日。ムウ、誕生日おめでとう!!(間にあってヨカッタ〜) |