■ aila様のフリー小説 ■
コ ー ヒ ー を い れ た か ら |
「そういえば、もうすぐ少佐のお誕生日なんですね」 いつもの艦長室でのコーヒータイム。 ブラックのままのコーヒーを一口飲んで、マリューがぽつりと言った。 「え、何で知ってんの?」 「あら、女性クルーが騒いでましたけど」 心なしか、彼女の視線が冷たい。 「ちょっと待て、俺、何にも言ってないぞ?」 ―整備班の奴らにだって言ってねぇのに。 慌ててそう言うと、マリューは「えっ?」と目をぱちくりさせた。 「それって、少佐が教えたんじゃ」 「だから、違うって」 「・・・それじゃ、彼女たち、自分で調べたんですか?」 「まあ、そう・・・なるだろうなあ」 ―物好きだよねぇ。 へらっと笑うと、マリューは軽く肩をすくめた。 「女性に大人気ですから、少佐は」 「君には?」 「それを聞くのはセクハラです」 おいおい、そりゃないんじゃないのと思いつつ、満面の笑みを見せられたらもう黙るしかない。 つくづく―慣れないことしてるもんだ。 「でも少佐、それじゃ、もうすぐ三十代なんですね」 何気ない発言に、思わずコーヒーを吹いた。 「しょ、少佐?」 「・・・俺、まだ二十八なんだけど・・・」 「あら、いいじゃありませんか。男は三十を過ぎてからだと思いますけど?」 ―ふうん、年上の男が好みな訳ね。 なんとなく想像はついたが、果たして二歳年上は範疇なのかどうか。 入ってなきゃ無理やり範疇に入れさせるけど、と思いながら、俺は別のことを口にした。 「あー、けど俺、三十代にはならねぇから」 冗談のつもりで言ったのに、マリューはぴくりと体を強張らせる。 「そんなこと・・・言わないでください」 微かに声が震えて、おまけにほんのり涙目だ。 もしかしなくても、これって―一番最悪な意味に取られたのだろうか。 「あの、艦長?」 こちらの問いかけもまるで聞こえていない様子で、艦長は怒ったように口を開いた。 「・・・それは、ここは戦場ですし、そういう覚悟も必要なのかもしれませんけど、だからってそんな風に諦めてどうなさるんですか!」 「い、いや、だからだな」 「子供たちに「生きてるってことは生きなきゃなんねぇってことだ」って仰ったのは少佐でしょう?」 「・・・あー、言ったねぇ」 「なのに、そんな言葉・・・!」 苦しげに俯く艦長の目が、またうるうるし始める。 まずい。 これっぽっちもそんな意味で言ったんじゃない―とも言い切れないのが情けないが、それでも別に自虐的な気分で口にしたことじゃない。 何でそんな過剰反応するかねぇ、と思わず溜息をつきたくなって―ふと、整備クルーたちに聞いた噂を思い出す。 ―艦長、軍人のカレシがいたらしいんスけどね。何でも、何年か前に亡くなったって。 ―そうそう、確か・・・任務中だったとかって聞きましたけど。 所詮は噂の領域なのであまり気にも留めなかったが、もし本当なら、いささか―いや、かなり不用意な発言だったかもしれない。 しかもその「カレシ」とやらが、30歳を待たずに逝ったのだとしたら―最悪だ。 それでも、とりあえずこれだけは言っておかなければ。 「艦長」 「・・・何です」 ぶすっとした口調の彼女に向かって、にやりと笑う。 「俺、死なないよ?」 途端に、彼女がまじまじとこちらを見た。 まさかそんなにはっきり言われるとは思っていなかった―そんな言葉が表情から見て取れる。 「ま、そりゃ、こんな状況じゃそう思いたくなるのも無理ないけどさ」 ―俺が言いたいのは、そんなことじゃないんだ。 軽く肩を竦めてみせると、艦長は困ったような笑顔を浮かべる。 「ほら俺、気持ちはいつまでも若いつもりだし?年取るごとにどんどん若々しくなってくっての、理想だね」 今度こそ彼女は吹き出した。 「何言ってるんですか、もう」 「えー。俺、本気だぜ?心は永遠の二十代ってね」 「よく平気で口にできますね、そんな台詞」 ―でも、覚えておきます。 ぽつりと呟かれた一言は、耳にやさしく溶け込んでいった。 そして誕生日当日。 いつもの勤務を終えて自室に戻る頃には、もう一日が終わろうとしていた。 ロックを開けて部屋に入ろうとして―ふと、ドアの前に置かれた包みに気がつく。 「何だ、こりゃ」 持ち上げてみると、結構重い。 添えられたカードに目をやって―思わずどきりとした。 Happy birthday,Mwu La Fllaga! ―From M.R. 「・・・ったく、イニシャルでバレバレでしょ」 思わず苦笑が漏れたが、同時にあたたかな感情が胸に広がるのを感じた。 ―これが、誕生日祝いってやつなのか。 子供の頃も両親に何か貰っていたような気がするが、思い出しても少しも心は動かない。 それなのに、どうしてこんなに気分が高揚するのだろう。 答えは簡単だ。 彼女だから、に決まってる。 部屋に入って、少しばかりわくわくしながら包みを開ける。 中からぞろぞろと出てきたものは― アイロン用しわ取り溶液。 折りたたみ式のほうきとちりとり。 使い捨てタイプの雑巾。 洋服の埃取り用ブラシ。 「・・・へ?」 思わず間抜けな声が口をついて出た。 よくよく見れば、カードの裏面に何か書いてある。 『自称“永遠の二十代”さんへ。軍服は脱いだらハンガーに掛けて、時々アイロンもかけてください。掃除はこまめに、定期的にごみ捨てをお願いします。服は放っておくと埃が付きますから、ちゃんと払ってくださいね』 「何ともまあ・・・」 ―これじゃ、まるで単身赴任の夫への妻からのメッセージだな。 そう想像して、何とはなしに赤くなる。 もっとも、彼女は単なる親切心で用意してくれたに違いないが。 「バッカだねぇ、俺」 柄にもないことを考える自分に、少しばかり呆れた笑みが浮かんだ。 明日彼女に会ったら、真っ先に礼を言おう。 Fin |
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[ aila様のコメント ] マリュさんのプレゼント、こんなのですみません!;; 設定としては、恋人になる前の二人ということで。 一応、もう一作の「ドライブに連れてって」ともリンクしています。 本当はもう少し長めだったのですが、とにかく楽しい誕生日を迎えてほしいと思って、あえてシリアス部分を取っ払ってみました。 そんなわけで、バカ話です。ごめんなさい(笑) |