■ aila様のフリー小説 ■
ド ラ イ ブ に 連 れ て っ て |
今日は俺の誕生日だというので、朝からマリューがやたらと張り切っている。 「本当は昨日のうちに準備したかったんだけど、仕事が入っちゃって」 そう言いながら、てきぱきと動く手は休むことがない。 別にそんな大袈裟なことしなくていい、と言ったのだが、笑って首を振られた。 「私が祝いたいから祝うの」 ―それならいいでしょう? そんな風ににっこり微笑まれると、断るのがもったいなく感じてくるから不思議だ。 誕生日祝いというものを、俺はまだ経験したことがない。 仲の良い整備班やパイロット仲間にだって、別段公言はしていない。 今まで付き合ってきた女にも、何度か聞かれたことはある。 だが、その度に「知りたいんならデータ見れば」とすげなく切り捨てた。 聞いてどうするつもりなのかも、あえて尋ねようとは思わなかった。 子供の頃は、とてもじゃないが祝うなんて雰囲気ではなかった。 一つ年を取るたび、親父が疎ましそうな目で俺を見ていたのを覚えている。 お袋は子供の前で笑顔を見せない女だった。 微笑んだように見えても、その眼差しはいつも憂いに満ちたもので。 ―いい子にしていなさい、ムウ。そうしないとお父様に嫌われてしまうわ。 それが、彼女の口癖だったような気もするが―今となっては定かではない。 マリューは料理が得意だ。 長年の軍隊生活で味には拘らなくなったが、それでも彼女の手料理は美味いと思う。 整理整頓も見事だし、手先も器用だし、つくづく家庭向きな女だ。 今でも、勤めている士官学校の訓練生に大人気だと聞く。 嫉妬より、どちらかといえば―納得―といった気分になるのは、きっと彼女の人徳だろう。 「はい、お待たせ」 目の前にとん、と置かれたのは、見るも鮮やかなケーキ。 チョコレート生地に薄くまぶされたココアパウダー、綺麗に並んだ生クリームとフルーツ。 ―そして、火のついた小さな蝋燭がいくつも立ててある。 本数を数えてみると、少し足りない気がした。 ちらりとマリューを見ると、笑って目配せされる。 「あら、だってあなた、“永遠の二十代”なんでしょう?」 ―よく覚えてるよな、そういうこと。 答えの代わりに苦笑してみせた。 「吹き消してくれる?」 「もちろん。・・・と、せっかくだし」 そう言って、立ち上がって電気を消した。 カーテンの閉められた室内は、とたんに薄暗くなる。 思い切り息を吸って、一気に吹き消した。 ふっと全部の火が消えて、一瞬部屋が真っ暗闇になる。 けれど、テーブルの向こうには―彼女がいる。 明かりをつけると、マリューがすっと手を差し出した。 こちらもゆっくり手を伸ばす。 「お誕生日、おめでとう」 「―ありがとう」 優しく握られた手を、ぎゅっと握り返した。 「・・・何だか、こういうのって久しぶり」 ケーキ越しに見えるマリューは、ひどく幸せそうで。 他人の誕生日をこんなに喜ぶ彼女が、少し不思議な気もする。 それでも俺のために笑ってくれるのだとしたら、それは誰にも譲れない特権だ。 「なあ、マリュー」 ―マリューの誕生日は何がいい? 「え?」 彼女は一瞬きょとんとして、それから笑い出す。 「気が早いわ。それに今日はあなたの誕生日よ?」 「俺が祝いたいから祝うの」 先程の言葉をそっくりそのままお返しすると、マリューは軽く肩を竦めた。 「そうねぇ・・・」 前髪をくるくるさせる仕草は、彼女が考え込んだときの癖だ。 こんな仕草を見るたび、俺が支えてやらなければと自惚れて。 その度に悩ませて、傷つけて、泣かせて。 それでも、彼女はそんな自惚れを受け止めてくれた。 「それじゃ、ドライブに連れていって。―あなたの好きな空が見たいわ」 「え、そんなことでいいのか?欲しいものは?」 思わず聞き返すと、マリューは笑って首を振る。 「だって私、一度あなたとドライブに行ってみたかったんだもの」 「ほんとに?」 「ほんとに」 ―じゃ、とびきり綺麗な空が見える場所、探しとかないとな。 そう言うと、マリューは心から嬉しそうに微笑んだ。 これ以上何もいらない、と言えば嘘になるけれど。 それでも、目の前に彼女がいるなら―他はほんの少しでいい。 そのかわり、繋いだ手はもう決して離さないだろう。 一年後の今日も、こうして君の笑顔が見られるように。 Fin |
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[ aila様のコメント ] 誰かが一緒に誕生日を祝ってくれる。 当たり前のように「おめでとう」って笑ってくれる。 それは、きっととても素敵なことだと思うのです。 (普通握手なんかしないだろ、という突っ込みはこの際さておき) |