ア ン ジ ェ リ カ |
「よお、お嬢ちゃん。休憩か?」 食堂でひとりトレーの食事をつついていると、後ろから急に声を掛けられた。 「少佐!」 慌てて振り向いたあたしの目に飛び込んできたのは、いつもの笑みを浮かべた年上のひと。 「はい。少佐も休憩ですか?」 「ん。ここ、いいか?他の席空いてなくて」 「あ、どうぞ」 そう言って頷くと、少佐はあたしの真向かいに腰を下ろした。 お疲れ様です、と隣のテーブルから整備士さんに声をかけられて、気さくに答えている。 その姿を見ながら、ふと違和感を感じて訊いてみた。 「そういえば、マリューさんは休憩じゃないんですか?」 ―確か、今日は私とシフトが一緒のはずなんですけど。 あたしの言葉に、少佐は「ああ」と苦笑した。 「用事があるから先に行ってろってさ。ちょっとは休めって言ってるんだけどなー」 そんな風にぼやく少佐の姿を見ていると、なんとなく微笑ましい気分になる。 初めて会った頃は、どことなく怖そうなイメージすら抱いていたのに。 ブリッジでの出来事をあたしは直接見たわけではないけど、それはもう凄かったらしい。 よっぽどショックだったのか、チャンドラさんはここで愚痴を言いながらやけ食いしていた。 それはもちろん、「大人の恋愛」に興味がないと言えば嘘になる。 だけど、マリューさんの笑顔を見ることが増えただけでも、あたしにとっては十分嬉しい。 マリューさんとあたしはちょうど十歳違いで、まるでお姉さんみたいな存在だ。 これまではあまり話すこともなかったけど、あたしたちにもとても優しく接してくれた。 だけどいつも、その微笑みはどこか寂しそうで。 無理をして笑っているように見えて、訳もなく切なくなったのを覚えている。 それなのに、少佐がマリューさんの傍にいるようになってから、マリューさんは変わった。 本人は気付いているのかどうか分からないけど―笑顔が増えたのだ。 寂しい微笑みじゃなくて、もっとあたたかな笑顔が。 「・・・でも、マリューさん、幸せそうですよ」 ぽつりと答えると、少佐は一瞬目を丸くした。 あたしがこんなことを言うのはルール違反な気もしたけど―この二人、変なところで鈍いから。 「嬉しいこと言ってくれるじゃないの、お嬢ちゃん」 完全にこちらを子ども扱いなのも、この際大目に見よう。 それでも少しだけ意地悪を言ってみたくなって、わざと尋ねてみた。 「やっぱり男の人って、好きな人がいると張り切るんですか?」 「そりゃもう、目一杯カッコつけてな。こう見えて結構一途な男だからさー、俺」 こんな台詞を照れもせずに言うあたりが、やっぱり少佐だ。 思わず吹き出したあたしに、少佐はふと真面目な顔つきになって言った。 「―あいつも、そうだと思うけどな」 ぎしり、とこころが軋む音がした。 少佐の言う「あいつ」が誰なのか、多分あたしには分かっている。 痛いくらいに。 だけど認めてしまったら、きっと―あたしはあたしでいられなくなる。 だから蓋をしてしまうのだ。 傷みに気づいて悲鳴をあげる前に。 「・・・あたしは」 「安心しろよ。何も受け入れろなんて言わないから」 そう言って、少佐はゆったりと笑う。 「ただ、本人と話をして―あいつの気持ちは遊びじゃないな、って思っただけだ」 ―お嬢ちゃんだって、それは分かってるんだろ? 反論のしようがなくて、こくりと頷いた。 そうなのだ。 結局のところ、あたしは全部分かっているのだ。 知っていて、そしてただ立ち尽くすことしかできない。 差し伸べられた手を、必死で見えない振りをすることしか―できない。 「確かに、あの子はしっかりしてますわね」 頭上から、ふいに柔らかい声が降ってきた。 「マリューさ・・・あ、いえ、艦長」 「言い直さなくてもいいのに」 くすりと笑って、マリューさんは少佐の隣に腰を下ろした。 「ん」 「ありがとう」 少佐が水の入ったコップをすっと差し出して、マリューさんが受け取る。 その動作があまりにも自然で、思わず見とれてしまう。 「少佐の言葉はそんなに気にしなくていいのよ、ミリィ」 ―あなたはあなたの生き方をすればいいんだから。 一言一言確かめるように、マリューさんは言った。 その瞳は真っ直ぐあたしを見つめていて、そしてとてもあたたかい。 「おいおい」 参ったな、という感じの笑みを浮かべる少佐に、あたしもつられて笑った。 この二人といると、気持ちが安らぐのは何故だろう。 多分、二人がとてもやさしいからだ。 やさしすぎて哀しくなるほどに。 あたしの傷を、理解してくれているからだ。 ―理性ではなくて、もっとこころの深い部分で。 「あ、あの」 咄嗟に口を開いたあたしに、二人はゆっくりと視線を合わせる。 「あたし、何があっても、この艦のCICですから。だから―」 そこから先は、うまく言葉にできなかった。 マリューさんが、そっとあたしの頭を撫でてくれる。 涙が零れそうになって、必死でこらえた。 どうして、こんなときにあいつの顔が浮かぶの。 そんな自分が腹立だしくて、少しばかり苦しい。 それでも、今度会ったら、挨拶くらいはちゃんとしようと思った。 あしたになれば、もう少し―優しくなれるような気がするから。 Fin |
[ aila様のコメント ] 「アシタバ」のミリィVer.の話です。 タイトルはこちらも植物の名前で、明日葉と同じセリ科の草です。 一応ディア→ミリ、フラマリュ風味・・・ですが、やっぱり甘くない(苦笑) 二人の仲が進展するのは、多分戦後の話だろうと思います。 喧嘩も多いけれど、お互い本音を言い合える、そんな二人になるんじゃないかと^^ |