■ ありすみなみ様からの頂もの(キリ番10,000ゲットでした♪) ■
ローズガーデン |
鉄の門の間を抜け、黒い車が煉瓦を敷き詰めた道を走っていく。 車が止まったのは、かつてバナディーヤで彼が軍から与えられていたのと同じくらい立派な屋敷の前だった。 「いらっしゃい。アンディ」 出迎えるのはここの女主人で、かつてのアークエンジェル艦長。 「あなたが地球にいらっしゃるなんて、滅多にないことですわね」 柔らかな笑みは変わらないが、彼女の腹は歩くのも大変そうなくらい膨れている。 「きみもとうとう母親か。待望の、というところかな」 マリューが満ち足りた女の顔でさらに微笑む。 かつて彼女の印象に必ずつきまとった陰は、今では芯の強さに完全に打ち消されている。 失い、取り戻し、また失い、を繰り返した彼女は、最後の最後に運の強さを見せ、なくしたはずのものを取り返した。 「もう予定日を過ぎているんだけれど、まだ出てくる様子がないの」 「フラガは気を揉んでいるだろう」 「それはもう。庭にいるわ。お疲れでしたら、呼んでくるけれど」 「いや。行こう。ここの庭は見事だからな」 杖をついているが、バルトフェルドの動きは機敏だ。 お茶を用意してくると、マリューは別の方向に歩いていった。 丁度花咲く季節で、庭は色とりどりに輝く薔薇で埋もれていた。 「よう、フラガ」 背もたれのある籐の椅子に座り、フラガは足を組んでいた。 声がかかってから顔を上げたが、勿論バルトフェルドに気づいていただろう。 あの戦争から随分経ったが、彼は変わらない。 「まだ生きていたか、バルトフェルド」 「二度目は簡単に訪れんさ」 それぞれ一度死んだことにされた経験のある男達は、互いに笑みを見せた。 「まあ、掛けな」 「ああ、まったく重力はかなわんねえ」 少しもかなわないとふうでもなく、バルトフェルド杖をテーブルの端にかけ、椅子に座る。 「だからずっと宇宙(そら)か」 「軍人が性に合っているのでね」 軍人を辞めた男への軽いあてこすりは功を奏し、フラガは軽く頬を歪めた。 バルトフェルドは構わず続ける。 「この頃はつまらんよ。おまえのように骨のある男が少なくなったからな」 「愚痴っぽいのは老人の特徴だぜ」 意趣返しをして、フラガは少年のように笑った。 かつてのエンデュミオンの鷹を閉じ込めているこの邸宅は、 アル・ダ・フラガの遺産で建てられた。 散逸されたはずの遺産は実はクルーゼの手に渡っており、彼の資金源となっていた。 大半を使われても尚、平凡な人間が一生かけて稼ぎ出す数十倍の額が残っていて、フラガはそれらをすべて寄付しようとしたのだが、当時戦後の混乱で正常に機能している福祉団体が皆無であったことから、結局彼自身が財団を立ち上げるはめになった。 「そろそろ宇宙(そら)が恋しくならんかね」 「さあて、どうかな」 バルトフェルドの問いかけに、フラガはのんびりと青い空を見上げた。 人の生き方に口を挟む趣味はバルトフェルドにはないが、彼の贖罪の日々はもう終わりを迎える頃だと思っている。 死んだとされてから数年後に戻ってきたフラガは、それからさらに現在に至るまでの年月を、父親と、父が作り出したクローンの罪を贖うために費やした。 マリューと長らく入籍しなかったのも、ふたりのあいだにずっと子どもがいなかったのも、おそらくそういう気持ちが障害になっていたからだ。 「ま、そのうちまた上がるさ」 フラガは眩しそうに目を細めた。 使用人がお茶の入った盆を運んできて、マリューも現れた。 それを見て、フラガの表情が変わる。 「あんまりうろちょろ歩き回るなよ。転んだらどうするんだ」 「だって歩いたほうが赤ちゃんが下りてくるし」 「そんなの生まれたくなりゃ出てくるさ」 いつもの遣り取りなのか、マリューは笑って聞き流しているが、フラガは彼女を自分が座っていた椅子に座らせ、真剣に説教している。 子どもを持つ、という感覚はバルトフェルドにはわからない。 欲しいと思ったこともないし、コーディネイターの男女間ではまず子どもは生まれない。 馴染みのない気分になっているのに気づき、バルトフェルドはふたりにわからないように苦笑した。 人を羨ましいと思うのは、彼としては珍しいことだった。 Fin |