■キリ番 400/ミク様■

feeling that something is missing



なんだか最近、妙に暇な気がする。
確かに、仮初とはいえどもハイランドとの一時休戦協定も結ばれたことで戦闘がないということもあり、同盟軍幹部に属しているとしても主に戦闘担当(といっても軍師に書類整理を押し付けられてはいるのだが)の自分が暇になるのは当然とも言えるかもしれない。
それにしても、暇すぎた。



「俺のような戦闘担当員が暇なのはいいことなんだけどさ。なんだか、暇なんだよ………」
ハイ・ヨーのレストランのテラスで紅茶のカップを傾けながらフリックはため息をついた。
ここは、最近のお気に入りの場所の1つである。自分には合わないと思っていてあまり足を向けたこともなかったのだが、「たまにはどうです」とカミューが誘ってくれたのを機に行ったところ、かなり気に入ってしまい、頻繁に足を運ぶようになっていた。
あまりに来すぎているせいか、そんなに慣れ親しんでいたわけではない紅茶にも馴染んでしまい、注文するときに茶葉の指定までするようになってしまった。
ふーっと長いため息をついてそう言うと、目の前で優雅にティー・カップを持っていたカミューが呆れたように微笑んだ。
「………それって、ビクトールさんがいないからじゃなんですか?」
その言葉に、フリックは飲みかけていた紅茶を噴出しそうになった。それをなんとかこらえようとしたため、器官に入り、思い切りむせる。
「なっ……なんで、あの馬鹿熊がいなからって、俺が暇になるんだ!」
「なにもそこまで動揺しなくても」
顔赤いですよ、と指摘され、フリックはがちゃがちゃっと音をたててカップをソーサーに戻した。
「あ、あのなあ!」
「あのう。フリックさん、カップ割らないで下さいね…」
たまたま側を通りかかった給仕係の少女が心配そうな顔で注意を促す。
「あ、す、すまん」
慌てて腰をあげ、軽く頭を下げる。少女は心配そうに振り返りながら厨房へと戻っていった。
「………ふう」
なんだか妙に疲れて、フリックは再度ため息をついた。
そんなフリックの様子をなぜか楽しそうに眺めていたカミューが、ふと考え込むような顔をする。
「それにしても、長い留守ですね。今回は」
「そうだなぁ。よっぽど頑張ってるみたいだな、フェイの奴」
困ったもんだ、と思いながら、フリックは頷いた。
1ヶ月前。ハイランドとの停戦期間中を利用して、盟主のフェイが「資金稼ぎ」と称して旅に出た。
そもそもは、怪しい行商人から買ったという、「ここが穴場だ!交易マップ」が元凶だったのだ。
『信憑性は、かなり低いと思うけど?』
地図を創る事が生きがいのテンプルトンのそんな忠告も、そこそこ暇を持て余していた盟主を止める力はなかった。
唯一盟主を止められるかもしれない人間のうち、一人は『あ!私も行くからねっ!』と元気よく同行を主張していたし、もう一人は『同盟軍のため、資金稼ぎをしつつ戦力アップしないと!』と言われてしまえば、常々懐具合が少し淋しいと思っていたために口出しできなくなる。
フリックもフェイを止めることができる一人ではあったが、押しが弱いために言いくるめられてしまった。
そして残りの一人であるビクトールは、と言えば。
他の三人の説得が完了した後、フェイは問答無用とばかりにビッキーのテレポート魔法で目的地へ飛ばしてしまった。
上手い手ではある。あれでは異論を唱える暇がない。やられたほうはたまったものではないのだが。
それが、1ヶ月前のこと。
軍師の元には状況がこまめに報告されているようだが、それによればまだまだ帰ってくる気はなさそうだということだった。
「どこまで稼ぐ気なんだろうな」
フェイが、趣味と実益を兼ねた交易に精を出せるほど暇だということは決して悪いことではない。悪いことではないのだが。
「ものには限度ってものがあるだろうに……」
そうぼやくと、「まったくです」とカミューも苦笑した。
カミューもフリックも、以前、何度か「お供」と言われてフェイの交易活動に付き合わされたことがあるが、「二度と御免だ」と心底思うほど、それは過酷な旅だった。
過酷―――というか、なんというか。
交易のセンスはいいのだと思う。あの年でなかなか、と感心もする。
だが、その際の人の扱い方に難があるのだ。
一度で大量に儲けようとするフェイは、「瞬きの手鏡」とビッキーのテレポート魔法をフルに使い、あっちこっちに移動しまくるのだ。
テレポートは、人によるだろうが、結構体力を消耗する。フリックなどはまだ魔法慣れしているからいいが、そうでないとかなりつらい。マイクロトフなど、以前テレポート酔いしてしまって大変だったのだ。
それなのに、力持ちのマイクロトフは毎回交易の旅には連れて行かれてしまう。今回の交易ツアーにも、無理矢理引っ張っていかれていた。
生真面目なマイクロトフに「ハイランド軍に単独で突撃したほうがましだ」とまで言わしめたそのツアーが1ヶ月も続いているのだ。
「マイクロトフもかわいそうに。あいつ、テレポート酔い、治ってないんだろ?」
ビッキーの魔法で遠い町に飛ばされるたび、青い顔をしていた青年を思い出し、心底同情してフリックは言った。
「そうですねぇ。体質的にそんなにすぐ改善されるとも思いませんが。……まあ、頑丈なのがとりえですからね、マイクは」
あっさりと薄情な言葉を口にしたカミューに、フリックは思わずマイクロトフに同情してしまう。
その思いが顔に出たのか、カミューはにっこりと微笑んだ。
「薄情なのではなくて、信頼しているんですよ。あいつの体力を」
「そ、そうか」
考えていたことをずばりと読取られ、いささか決まり悪そうにフリックは頷いた。そのフリックに、「そういえば、」とカミューは言った。
「話は戻りますけれど、ビクトールさんがいないから暇を持て余しているっていうのは、間違いではないでしょう?」
しっかりと話に軌道修正をかけてきたカミューに、フリックは顔をしかめた。
「だから。どうしてそうなるんだよ」
「最低でも、1日1回、」
指をぴっと真直ぐ1本立てて、カミューはにっこり笑った。
「あなたがビクトールさんを探して城中を探し回る姿を見かけているんですよ、いつもなら」
「………そう、だったか?」
確かに、訓練や会議をさぼるビクトールをつかまえるために、探し回ることは多々あるとは思う。思うのだが。
「最低でも、1日1回、か?そんなに多いかなあ」
「付け加えるのならばね、フリックさん、」
にっこりと、女性ならば誰でもおちると言われている無敵スマイルを惜しげもなく披露しながら、カミューは続けた。
「最低でも、1日1回、あなたがビクトールさんに対して雷を落とす音も聞こえてくるんですよ」
「……………………………」
もはや何も言えずに、フリックは苦笑いをして、カップに口をつけた。
カミューの言葉は、耳に痛い。
「だから、その日課となってしまっている行為がビクトールさんの不在によってなくなり、その分暇になってしまっている、と。そういうことではないでしょうか?」
すらすらと説明するカミューに、フリックは思わず唸ってしまった。
「………もしかしたら、そうかもしれないな」
ビクトールだって、大の大人だ。フリックが面倒を見る必要は全くないのだが、放っておくと書類仕事はしない、会議もさぼる、軍師のお小言からは逃げる―――要するに、そういった雑事をとことん放り出すのだ。
それだけならば問題ない(なくもない)のだが、そのとばっちりがなぜかフリックにと降りかかる。それがフリックにとって問題だった。
「相棒だろう?」その一言でいつも済まされてしまい、気がつけばフリックがビクトールがやるべき仕事を肩代わりしている状態になっていた。
さすがのフリックも、その状態に陥り、キレた。
ビクトールを探し出し、問答無用で仕事をやらせた。その際に、ビクトールの態度に業を煮やして雷を落とすことも少なくなかった。
何はともあれ、そういった手間がかかる男なのだ、ビクトールは。
そうやって思い返すことで、普段、どれだけ自分がビクトールのことに時間を費やしているのかに気が付き、フリックは苦笑した。
カミューの指摘通り、その分の時間が現在空いているのだ。暇になって当然かもしれなかった。
そして、もう1つのことに気が付いた。
「……いたらいたで面倒な奴なのに、いないと物足りない気がするんだよな」
「物足りない、ですか?それはまた、どうしてでしょう?」
興味津々、という表情のカミューに、フリックは今気付いたことを説明した。
「要するにさ、ストレス発散対象なんだよ、あいつは」
「………………ストレス、発散対象、ですか………?」
なんだそれはという顔でカミューは首をかしげた。
「やっぱり、書類整理とかしていると、ストレスってたまるだろ?」
フリックの言葉に、カミューは「それは、まあ…」とあいまいな返事をしながら頷く。
「シュウは、『立ってる者は親でも使え』と言わんばかりに人をこき使うじゃないか。たとえ向いていないってわかっていても、さ」
文官のような仕事をやらされているが、そもそもの本分はあくまで剣士。傭兵だ。フリックは自分のことを、そう思っている。
傭兵部隊を率いていた時代、必要に迫られてこなしていたデスクワークは苦痛ではあったが他にできるものがいないため、仕方がないと割り切っていた。
だが、今は違う。人材も豊かになり、デスクワーク向きな人間が増えてきた。それでも未だに書類整理をやらされ、さすがのフリックもまいることが多かった。が、あの軍師に「やりたくない」と言ったところでなしの礫。逆に嫌味とも小言ともとれる言葉を浴びせられ、口下手なフリックは泣き寝入りするしか手はなかった。
そこで、ビクトールの出番だ。
「あいつを叱り付けると、なんだかストレス発散になるんだよな」
ビクトールを探し出し、仕事をさせるのは疲れることも多いが、決してそれだけではない。
「それは……もしかして、大声を出したりするとすこしだけ爽快になるのと、同じですか?」
「あ、そうだな。そんな感じだ」
怒鳴りつけて叱り飛ばし、ついでに雷の1つでも落とせれば、1日の鬱憤も晴れることが多い。
そう説明したら、カミューはひどく複雑そうな顔をした。
「それだけ、なんですか?」
「?ああ、そうだけど。……どうしたんだよ、カミュー。なんか、えらく複雑な顔して」
「いえ、べつに。いいんですけどね……」
ふぅ、とため息をついてカミューは残りの紅茶を飲み干した。
どうしたんだろう、と思いつつもそのカミューの心のうちがわからないフリックは、首を傾げるだけだった。


「………ということなんだけどさ、なんでそこで複雑そうな顔するかなぁ」
訳がわからない、という顔でフリックはそう言った。
場所は変わって、レオナの酒場である。まだ昼なのであまり客はいない。年中ここにいると言われているフリックだが、ここまで日が高い頃に来るのは珍しかった。
隅のテーブルのほうで、灯竜山の二人がジョッキを軽く上げて挨拶してくるのに手を上げて答え、フリックはカウンターに座った。
いつもの場所は、少しカウンターから離れているのでレオナと話しにくいから、とうこともあるが、4人掛のテーブルに一人で座る気にならなかったということもある。
そこで先ほどのカミューとの会話をレオナにかいつまんで説明してみた。
「ああ、なるほどねぇ。そりゃ、あたしでも複雑な顔はするかもね」
話が進むに連れ、肩を震わせながら話を聞いていたレオナだったが、フリックが首を捻って疑問を口にするに至り、とうとう爆笑した。
「なにが、そんなにおもしろいんだよ?」
やはり訳がわからない。そう思い、フリックは顔をしかめた。
「ああ、ごめんよ」
笑いすぎて目もとに浮かべた涙を軽く拭いながら、レオナはようやく笑いやんだ。
「あんたらしいね、答えが」
「こたえ?」
「ビクトールがいないと物足りない、その理由が、だよ」
「ああ、ストレス発散ができないってことか?」
俺らしいかな、と呟きながらフリックは手元のグラスに口をつけた。
それをなんだか笑顔で見つめながら、レオナは言った。
「騎士様にしてみたら、もう少し違う答えが返ってくると思ってたからじゃないかい?」
それが先ほどのフリックの疑問に対する答えだと言うことに気付くまで、すこし間があいた。
「………違う答えって、ビクトールがいなくて物足りない理由か?」
「そう、」
頷いて、レオナはふと視線を上げた。
「例えばね、『相棒がいないからワインの量が増えて大変だ、早く帰ってきてほしい』、とかさ。ねぇ?そうだろ?」
最後の問いかけは、フリックにではなく、フリックの背後に投げかけられた。それに気が付き、フリックは背後に目をやる。
入り口辺りで苦笑しながら立っていたのは、先ほどレストランで別れたカミューだった。
「新しいのと交換かい?カミュー」
レオナは、カウンターに歩み寄ってくるカミューに、慣れた様子で棚から1本のワインを取り出した。ちらりと見ると、ラベルに見覚えがあった。確か、マチルダの東部にある小さな村の名産品である赤ワインだ。
「残念ですね、レオナさん」
それを受け取りながら、カミューはくすりと微笑んだ。
「私がこうも頻繁にワインをいただきに来るのは、貴女とゆっくりとお話したいからだ、とは思っては頂けないのですか?」
艶やかな笑みに甘い口調。だが、レオナはけらけら笑いながら、煙管に火をつけた。
「あらまあ、うれしいこと言ってくれるねぇ」
その態度に、カミューがこっそり方をすくめるのを見て、フリックは思わず笑ってしまった。さすがのカミューも、レオナにはあしらわれてしまうらしい。
「でも、レオナさんの言う通りかもしれませんね」
手にしたボトルのラベルを見ながら、カミューは苦笑した。
その様子に、いつにない素直な声音を聞き取り、フリックはふとカミューの顔を見た。
「堅苦しい話でも、美酒の肴にはなったんだなあと思いますよ。一人で飲むワインは、少しだけ寂しい味がします」
優しげな表情なのに、少し寂しさを感じさせるその顔に、フリックは驚いた。
この顔は、普段決して見せない、カミューの素顔だろう。おそらく、長年の友人であるマイクロトフにさえ見せずにいるに違いない。
なぜなら、マイクロトフがいれば、このような寂しそうな笑みを見せる必要もないからだ。
「あなたはどうですか?フリックさん」
話の矛先を急に向けられ、フリックは戸惑った。
「いるべき人間が、いるべき場所にいない。普段はあまり思わないことですけれど、けっこう物足りないものですね」
フリックの返事を待たずに、カミューは踵を返した。
酒場から去っていく後姿を見送り、フリックはふぅとため息をついた。
「物足りない、理由か………」
カミューの言葉を聞いて、フリック自身あまり自覚していなかった気持ちを引きずり出されたような気がした。
いるべき人間がいるべき場所にいないということ。
いつのまにか、自分の隣りには必ずビクトールがいると思い込んでいた自分がおかしくなった。
顔を合わせればよく喧嘩し、時には手や足が出て。それでもいつのまにか、共に歩いていた。
時には何も言わずに酒を酌み交わし、静かな夜も過ごしてきた。
トランを発ってから今まで、ビクトールはいつもフリックの隣りを、時には前を歩いていた。
共にいるのが当たり前で、だからこそ忘れていたのだ。ビクトールが隣りにいるということを。
ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がる。
「レオナ、」
女主人に声をかけると、彼女はにっこり微笑んで首をかしげた。
「なんだい、フリック」
「カナカンのワイン、まだ余ってるか?」
「―――そりゃ、まだあるけどね」
「1本だけ、とっておいてくれないか?あいつが、帰ってくるまで」
それだけで、レオナは理解したらしい。くすりと笑って「ツケておくよ、ビクトールに」と答えた。
いつ帰ってくるかわからないが、ビクトールが無事に帰ってきたときに、共に酒を飲み交わしたい。そう思って出た言葉だったが、それはまるで、ビクトールの早い帰りを待ち望んでいるようで、照れくさかった。
「ありがとう」
少し顔を赤らめながらフリックは笑い返し、酒場を後にしようと振り返ろうとしたとき。
背後に、馴染んだ気配を感じた。レオナも、「あ、」という表情で、フリックの背後を見た。
フリックの背中越しに、カウンターに手が置かれる。
「折角だ。それ、今飲まねぇか?」
久しぶりに聞くその声に、フリックはくすりと笑った。ああ、帰ってきたな。そう感じた。
くるりと振り向くと、無精髭が伸びたビクトールが、旅装もとかずに立っていた。
フリックの顔を見て、ひょいと片眉をあげる。
「よお、フリック」
その言葉に、フリックは何を言って返せばいいのか、一瞬わからなかった。
頭の中で、一番ふさわしい言葉を探し回り、そして見つけ出した言葉を口にした。
「―――お帰り、ビクトール」
フリックの言葉に、ビクトールは一瞬驚いたように目を見張った。
しかし、すぐにその顔は深い笑みに変わり、ひょいとフリックの頭に手を伸ばす。いつものようにがしがしっと乱暴に髪の毛を掻き混ぜた。
「おう、帰ったぜ」


その日、酒場を通りかかったフェイは、視界に見慣れた色が飛び込んできて、酒場を覗き込んだ。
すると、いつもの場所に見慣れた姿があるのを見つけた。
少しカウンターから離れた4人掛のテーブルに、向かい合ってワインを飲んでいる腐れ縁。
「ああ、やっぱり2人いっしょにいる姿が、一番自然だなぁ」
2人の穏やかな表情に、フェイはひとり納得してその場を離れた―――

fin...

■あとがき■

last update 2001/06/19