■キリ番 321/涼様■
君 が 一 番
「お前、最近鍛え方足りねぇんじゃねぇの?」 むっつりと不機嫌な顔で、ビクトールは冷たく言った。 その言葉に、フリックはかちんときて、横になっていたベッドからがばりと身を起こした。 「お前に言われたくはないな。鍛練場にほとんど顔も出さないくせに…っ、いてて…」 しかし、そのまま前のめりに体を折って、胸を抑える。 「だめだよ!フリックさん、無理しないで!」 ベッド脇に立っていたナナミが、慌ててフリックに手を伸ばし、肩を支えながらフリックの体をベッドの戻した。 「あ、ああ、悪いな、ナナミ…」 胸の痛みを何とかやり過ごし、フリックはナナミに笑いかけた。しかし、ナナミは唇をぐっとかみ締めて俯いてしまう。 「ナナミ?」 首をかしげながら、優しく問い掛けると、俯いたままのナナミが「ごめんなさい…」と呟いた。 いつもの元気の良さはなりを潜め、今にも泣きそうな声でそういうナナミを、隣に立つフェイが心配そうに見ている。 ビクトールはビクトールで、フリックのほうをじろっと見たきり、一言も口をきこうとしない。 フリックは溜め息をつき、そっと左腕を伸ばしてナナミの頭に手を置く。そのままくしゃくしゃっと髪をかき回して言った。 「あのなあ、この怪我は別にナナミのせいじゃないからな?そんなに気にするなよ」 フリックの言葉に、ナナミは再度、「ごめんなさい」と言った。 さっきまで、フリックとビクトールは、「ちょっと気晴らしに散歩に行きたい」と言うフェイとナナミのお守りをして、風雲城の南の草原まで出ていた。その時、運悪く、モンスターの大群に襲われたのである。大群と言っても、そんなに強い敵が襲いかかってきたわけではない。 ただ、あまりにも数が多いために、少し苦戦していた。 その中で、フェイとの協力攻撃で敵の一体を倒した後、一瞬バランスを崩したナナミに生き残っていたモンスターが襲い掛かってきた。 それを、ナナミのそばにいたフリックが撃退したのだが―――運悪く、一匹のモンスターの爪に、胸をえぐられたのだ。 強烈な切れ味の爪に切り裂かれたことで、勢いよく血が吹き出し、いかにも酷い傷のように見えたのだが、実際はそこまで深くはなかった。ただ、モンスターの爪に毒物が付着していたこと、それが紋章術の効果を効きにくくさせていた。 敵をすべて倒し、フェイが持っていた"瞬きの手鏡"で本拠地に戻り、都市同盟一の名医ホウアンに治療をしてもらったのだが、それでもまだ痛みは取れなかった。 ホウアンには「すくなくとも今日一日は絶対に、安静にしていて下さいね」ときつく言い渡されている。 それで、自室のベッドに横になっているわけだ。 医務室からここまで肩を貸してくれたビクトールと、心配してついてきたフェイとナナミが、横になったフリックに心配そうな顔を向けている。…ビクトールはどちらかと言えば「不甲斐ない」と怒っているような顔をしているが。 「本当に、気にするな。それよりも…ナナミに怪我がなくてホントによかったよ」 ぽんぽん、と軽くナナミの頭を叩き、フリックは横にいるフェイに、視線を向けた。 フェイは頷いて、ナナミの肩に手をかける。 「ナナミ、フリックさんをゆっくり休ませてあげなきゃ…またあとで、お見舞いこようね?」 「…うん…」 鼻をぐすっとすすって、ナナミが頷く。 「ほんとにごめんなさい、フリックさん…」 「謝るのはもう無しだ、ナナミ。これくらいならすぐ治るから。な?」 「うん…じゃあ、また後で来るね。お見舞いに」 そう言ってようやく顔を上げてナナミは笑った。まだぎこちない笑いではあったけれど、それを見てフリックはほっとした。 「ああ、待ってるよ。二人もちょっとは休んでおけよ」 その言葉に二人は頷き、連れ立ってフリックの部屋を出ていった。 「さてと……で、お前はなんでそんなに不機嫌なんだよ?」 フリックは、先ほどからほとんど口を利かないビクトールを訝しく思って言った。 「……お前な。ひとをかばうんなら、もっとうまくやれ。それができないなら、無理すんな」 むっつりした顔のまま、ビクトールは厳しく言った。 めったにこういう怒り方をしない男だけに、迫力がある。 「わかってる。ちょっと失敗した。ナナミに心配させちまったしな」 そういうと、ビクトールは眉を跳ね上げて、容赦なくフリックの頭を握り拳で叩いた。ごつっといういい音がする。 「いてっ!何するんだよ、怪我人に」 本気で痛かったので、少し涙目になりながらフリックが抗議すると、ビクトールは深々と溜め息をつく。 「お前な。ナナミに心配かけただけじゃない。フェイだって真っ青になって慌てていたんだ……俺もな」 「……悪い」 「まったくだ。あの出血の仕方は反則だ…。心臓に悪すぎる」 そっぽを向いて毒づくビクトールに、再度謝り、フリックは笑った。 「……んだよ」 「ん…いや、心配してくれてありがとな」 そう言えば、フリックが倒れた時、ビクトールは珍しく慌てていたな、ということを思い出し、心底心配してくれたのだということに気付く。 その心遣いがなんだかうれしくて笑顔で礼を言うと、憮然とした顔でビクトールはフリックの髪をがしがしと乱暴に引っ掻き回した。 「…少し横になってな。なんか食い物持ってきてやる。昼飯食べてないから腹減ってるだろ」 「ああ…そう言われてみればそうだ。お前も何か食べたほうがいいぞ、ビクトール」 「わかってるって。この時間だと…レオナのほうだな。ちょっと待ってろ。寝ててもいいからな」 そう言い置いて、ビクトールはフリックの部屋を出ていった。あまり振動を立てないように、普段の行動からは想像もつかないほどそっと扉を閉めていく。 「珍しく気を使ってくれてるな…」 フリックはくすくす笑って、布団に潜り込んだ。ビクトールに言われた通り、少し横になっていようと思ったのだ。 しかし。 ずだだだだだっと、なにかがものすごい勢いで走ってくる音が近づいてきた。そして。 「フリックさん!!!怪我をしたってホントーーー!!!」 バターン!とものすごい音を立ててフリックの部屋の扉が開かれる。 その振動が胸の傷に響き、思わずフリックは「うっ!」と布団の上から胸を抑える。 「ナナミちゃんか聞いたの!フリックさんが怪我をしたって!!ホントなんですか〜フリックさん!」 走り込んできた勢いのまま、ベッドサイドまできて叫んだのは。 「ニナ…頼むから、もうちょっと静かにしてくれ…」 自他共に認めるフリック・フリークのニナだった。 「大丈夫なんですか?いやーん、顔色悪いです!任せて下さい、フリックさん!この私が、一生懸命看病します!!」 「よけい悪化しそうだからやめてくれ…」 まだ胸を抑えたまま、フリックは呟いたが、ニナには聞こえていなかったらしい。 「とりあえず、精の付くものを食べなくっちゃね!おいしいもの作って持ってきますから待ってて下さいねー!!」 言いたいことだけ言って、またすごい勢いで駆け出して行く。 「頼むから…扉、閉めて行ってくれよ…」 布団に体を埋めて、フリックは疲れた声で呟いた。 そのとき、コンコン、と律義にも開いたままの扉をノックする音がした。 見ると、くすくす笑いながら「失礼しますよ」と言うカミューと、ニナが去っていったほうを驚いた顔をしてみているマイクロトフが立っていた。 「お見舞いにきたのですが…疲れているようですね、また後で出直します」 「いや、いいよ、カミュー。大丈夫だから。…お見舞い、って、誰に聞いたんだ、俺のこと?」 ベッドから体を起こしてそう聞くと、マイクロトフが心配そうな顔をして口を開いた。 「たまたま、フェイ殿とナナミ殿にお会いしまして。何やら深刻そうな顔をしていましたから、どうしたのかたずねたのです。そうしたら、フリックさんが怪我を負って倒れたと…」 「それで、マイクロトフが心配になって様子を見に来たところに、私がばったり会いまして、一緒に来たんです。…具合は、どうですか?」 「ありがとう。でも酷い怪我じゃないから、大丈夫だ」 ニナも怪我のことを知っていたし、いったいどこまで話しているのだろう、と心配になりながらフリックが答える。 「怪我自体は酷くなかったんだが、毒が少し入ってしまったんだ。それで、ベッドの住人になってるんだ」 「そうですか…」 少しほっとした様子で言うマイクロトフに、フリックはにっこり笑って礼を言った。 「なんか心配かけてしまって申し訳ないな…」 「いえいえ、気にしないで下さい。フリックさん。私たちは心配したいからしているんです」 カミューはそう言い。 「そうです!ナナミ殿に怪我がなかったのはよいことですが…あなたも気を付けて下さい…ほんとうに」 マイクロトフは、心底心配そうに、フリックを見つめて言った。 「うん、ありがとう。マイクロトフ、カミュー」 「あまり長居をしても悪いですね。そろそろおいとましよう、マイク」 「そうだな。フリックさん、ゆっくり休んで下さいね」 「ああ」 にこりと笑って、二人が出て行くのを見送る。 「二人とも律義だよなあ…」 そう言いながら、フリックは再度布団に潜り込もうとした。 が。再度ノックの音が聞こえたので、「どうぞ」と促した。 「フリック、怪我したんだってー?」 ばたん、と扉を開いて入ってきたのは、シーナだった。 「ああ、なんだお前も聞いたのか?」 本当にどこまで話が広がっているのか不安になりながら、フリックが聞くと、 「うーん、とりあえず大会議室にいた人たちは知ってるし、あとはナナミちゃんと会った人なら聞いてるんじゃない?」 という答えが返ってきた。 「話を広げるなよ…ナナミ…」 「まあまあ、それよりもどんな調子なんだ?怪我のほう」 「ああ、ちょっと胸をばっさりやられてな。そんなに酷いものじゃなかったんだが、毒が入っちまってね」 「え?じゃあ、傷口酷くなっちゃうんじゃん?」 「そうかもな。でもまあ女じゃないんだから、怪我の一つや二つのこったって…」 「だめ!」 思いの他、きっぱりはっきりシーナが断定口調でフリックの言葉を遮った。 「シーナ?」 「だめだって!もったいないじゃん、こんな綺麗な肌してるのにさ!色白いから目立つよ、まじで」 「……どうせ、服着ちまったら見えないじゃないか、こんな所」 「見た時に『ああもったいない』って思うって、絶対!!」 「…だから、別に見る機会ないだろ、お前…」 「フリックさえいいなら、俺は見たいけど?」 そう言いながら、シーナはベッドにずいっと身を乗り出す。狭いベッドの上、逃げる場所などなく、思わずフリックは壁に張りついた。 「そーゆー冗談は止めろって、シーナ」 「冗談かどうか、ためしてみる〜?」 にやり、と笑いながらシーナはさらにフリックに近づく。 「……一応相手は怪我人なんだから、そのぐらいでやめておいたらどうだ?」 開いたままの扉に手を付き、呆れた顔をしてゲオルグが立っていた。 「今いいとこなんだから、邪魔しないでよ、ゲオルグ」 すねた顔でシーナが言う。 「何が『今いいとこ』なんだ、お前はーー!!」 思わずフリックは怒鳴って、シーナを殴り飛ばしてしまった。フリックの力自体はそんなに強くなかったのだが、不安定な姿勢でベッドーににじり寄っていたシーナは、床に尻餅をついてしまう。 「いってー。ひどいなー、フリック…」 「自業自得だ!そういう冗談は嫌いだって知ってるだろう!」 「別に冗談じゃないのに〜」 ぶつぶつ呟くシーナの襟首を、ゲオルグは猫の子のようにひょいっとつかんで立たせる。 「見舞いだ」 そう言って手に持っていた白い箱を無造作にフリックに渡した。「邪魔したな」と言って、そのままシーナの首を引っ張って、部屋を出て行く。 「ちょっとゲオルグ、手ぇはなしてよ。俺まだフリックの所に…」 「怪我人は安静が一番だ。お前がいるとフリックも落ちつかんだろう」 「そんな〜」 次第に二人の声が遠くなっていく。フリックは「一体なんなんだ、まったく…」とぼやいて、ふとゲオルグに渡された箱を見た。 「…なんだろ?」 かかっていたリボンをはずして、ふたを開けると――― 「……うーん…」 #NAME? 「さすがゲオルグ…」 よく分からない感想をこぼし、食事の後にでも食べようと思い、とりあえずその箱をテーブルの上に置く。 「…それにしても、いろんなやつが来るな」 他にも来るかもしれない、と思い、フリックは寝るのを諦めた。枕をベッドサイドに立てかけ、クッションのようにして、寄りかかる。 胸の痛みはだいぶ治まっていた。ホウアンの言った通り、今日一日横になっていれば、すぐに治りそうだ。 コンコン。と、またしてもノックの音。 「どうぞ」 今度は誰だろう、と少しわくわくしながらフリックは返事をした。 「こんにちは、フリックさん」 「……よお」 「フッチ、ハンフリー。…お前らも、ナナミに聞いたクチか?」 ハンフリーはともかく、フッチがフリックの部屋に来るのは珍しい。 「たまたま酒場にいて、ビクトールさんとレオナさんの話を聞いたんです。…大丈夫ですか?」 フッチが心配そうに聞いてくる。ハンフリーは相変わらず黙っているが、視線で「どうなのか」と聞いてきている。 「そんなにひどくないんだ。もう痛みも引いてきたし。今日一日休めば大丈夫そうだ」 「そうなんですか。よかったぁ。みんな心配してたんですよ」 「…みんな?」 その不特定多数を指し示す言葉に、フリックはなんとなく嫌な感じがした。 「ええ。アニタさん、リィナさん、ギジムさんたち…酒場にいた人たちが。なんかめずらしくビクトールさんが不機嫌だから、フリックさん、そうとう悪いんじゃないかって…」 「…あー、そうか。そんなに広まってるわけか…。いや、ビクトールが機嫌が悪いのは、俺がへまをしたからだよ、多分」 「そうなんですか…?」 それだけかなあ、といぶかしむフッチの肩に、ぽん、とハンフリーが手を置いた。 「…そろそろ行こう。あまり邪魔するのも悪い」 「そうですね。それにみんなにも大丈夫だって伝えないと…」 「ああ。ほんとうに大丈夫だから気にしないでくれって伝えといてくれ。…あんまり話は広げないでいいからな?」 半分口止めのようにフリックが言うと、「わかった」とハンフリーが重々しく頷いた。 「それじゃ、お大事に」 「ああ、ありがとうな」 ばたん、と扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。 「まだ不機嫌なのかよ、ビクトールの奴…まったく」 ビクトールは、フリックが他人をかばって怪我をすると、いつも怒っていた気がする。 特に、ビクトールをかばって怪我をしようものなら、感謝の言葉より先に罵声が飛んできた。 「かばわれた相手が余計気にする、なんて言われても、目の前でやられそうになってたら、普通かばっちまうよな…」 しょうがないことなのに、とフリックはぼやく。 ビクトール自身だって、何度もフリックをかばって怪我を負うことがあったのに。 自分のことを棚に上げるのはどうかと思う…… つらつらそんなことを考えているうちに、フリックは少し寝てしまったらしい。 小さな冷たい手が額をそっと触る感触に、ふと目を見開いた。 「あ…起こしちゃいましたか?ごめんなさい」 「トウタ…?あれ、俺寝てたのか?」 「はい」 にこっと笑って、トウタはフリックの額から手を離した。 「少しだけ、熱があるみたいですね…。僕、薬を届に来たんです。白い錠剤が化膿止め、粉薬が解熱剤です。あと、この薬草は痛み止めなので、もし傷が痛むようでしたら一枚口に含んで、よく噛んで飲み込んで下さい」 てきぱきと薬の説明をするトウタに、「さすがだな」とフリックは素直に感心した。 「これでも、医者の卵…の卵、ですから」 えへへ、と嬉しそうに笑うトウタの頭をなで、「ありがとな」と礼を言う。 「それじゃ、この薬、何か食べてから飲んで下さいね。…さっき、ニナさんがすごい勢いで厨房に走っていったから、もうすこししたらなにか食べ物が来ると思いますし」 「ニナ…へんなものつくってこなけりゃいいが…」 ナナミと違って、作るものはまともだが、基本的にお菓子類ばかり作って持ってくるニナに、あまり甘いものが好きでないフリックは少し辟易している。 それを知っているトウタは、くすくす笑って、「大丈夫ですよ」と言った。 「ハイ・ヨーさんに『おかゆを作らせて』って叫んでいるのがかすかに聞こえましたから」 じゃあ、お大事に。と言って、医者の卵の少年は頭を下げて部屋を出ようと、扉を開けた。 「おっと」 「あ、ごめんなさい!」 扉を開けた先に人が立っていたらしく、トウタは慌てて謝った。 「いや、大丈夫だよ。驚かしてごめんね」 そう言って、トウタと入れ違いに入ってきたのは、果物の入った籠を抱えたリュウトとカスミだった。 「リュウト?お前、来てたのか?」 「うん。来たらちょうど、フリック達が出かけている時だったんだ。で、カスミとしゃべってたらなんだか騒がしくなって。気にしていたら、ニナちゃんの叫び声が聞こえてね…」 すごい声だったのだろう、リュウトはくすくす笑いながら手に持っていた籠をテーブルの上に置いた。 「なんだ、その果物?」 フリックの疑問に、カスミも籠を置きながら答えた。 「様子を見に行こうとした時に、トニーさんに渡されたんです。『早くよくなるように』って、言ってましたよ」 「そうそう。それで、籠持って歩いていたら、道すがらみんなにフリックの所に行くのかって聞かれて、『そうだよ』って答えると、じゃあお見舞いに持っていってっていろんなもの渡されたんだ。あ、籠の中グチャグチャだから」 「渡されたものをかたっぱしから適当に入れていくからですよ、リュウト様…」 呆れたように言うカスミに、「食べ物ばかりだから平気だよ」とリュウトは答えた。 今の話に、フリックはなんだかすごく心が温かくなった。 「みんな心配してくれてるんだ…」 ぼそりと呟くと、それを聞きとがめたようにカスミが笑った。 「あたりまえですよ。だってフリックさんのこと、みんな好きなんですから。心配するのが当然です」 「…そう言われると、お世辞でもうれしいな」 「そんなお世辞だなんて」 そのとき、カツカツ、という硝子を叩くような音がした。 「なんだ?」 フリックが窓のほうを見た。リュウトとカスミもそちらに目をやる。 もう一度、同じ音がする。 「…なんだろうね?」 リュウトが首をかしげながら、窓に歩み寄り―――外を見て驚いた顔をした。しかし、すぐに優しい笑顔になって、窓を開く。 そこから飛び込んできたのは、ムクムクを先頭に、ムササビ隊五匹が全員集合していた。 「お前達…」 フリックが驚いていると、リーダーのムクムクが、「ムムーー!!」と声を上げて、ベッドの上にぴょんと飛び乗ってきた。 そして手に持っていたものを、ベッドの上に置く。 「あ…木の実?」 「ムムーー!!」 「…お見舞いの品、なんじゃない?フリック」 「ムー!!」 ムクムクをはじめとして、マクマク、ミクミク、メクメク、モクモクがいっせいに頷く。そして、ぱっと身を翻して、窓から飛び去っていった。 「…フリックってさ、すごく愛されているよね…」 リュウトがしみじみと呟く。 「ほんとですね、ムクムクたちまで来るなんて。すごく珍しいですよ、人に近づいてくるの」 カスミも感心したように頷いた。 「うーーーーーん…。そうだかわからんが、でも、お見舞いに来てもらうとうれしいな、やっぱり」 複雑そうな顔でフリックは答えた。 「たまには怪我をしてみるものだね?」 「ま、しないのが一番だけどなぁ」 「たしかに」 くすくす笑いながら、リュウトは「そろそろおいとましようかな」と、窓を閉めた。 「それじゃ、お大事にね」 「ゆっくり休んで下さいね」 リュウトは手をひらひらっと振って、カスミはきちんと頭を下げて、部屋を出ていった。 「ふーん…あの二人も、普通に接するようになったよなぁ…」 再会したばかりの頃の、ぎこちない二人を思い出し、フリックは一人、笑った。 「なんか、いろいろものが増えてねぇか?」 手に盆を持って、ビクトールが部屋に戻ってきて、開口一番そう言った。 確かに、テーブルには果物や野菜、その他いろいろな食べ物が入った籠が二つ、ケーキの箱が一つ、そして木の実がたくさん転がっている。 「ああ、なんかいろんな奴等が見舞いに来てくれてな。持ってきてくれたんだ」 「ふーん…」 なんとなく面白くなさそうにビクトールは相づちを打って、ベッドまでやってきた。 「ほらよ」 と、盆をフリックの膝の上に置き、かけていたナフキンを取り外す。 「レオナが粥を作ってくれた。それから、そのサラダはたまたま酒場にいたフリードのかみさんがくれたもんだ」 「へぇ。そうか、うれしいな」 いただきます、とフリックはさっそくお粥を食べはじめた。 その様子を、椅子に座り込んでビクトールは見ていた。 なんだかやっぱり機嫌が悪そうである。ただ、先ほどまでの機嫌の悪さとは、どこか微妙に違う気がした。 フリックはビクトールの視線が気になって、スプーンを置いて、ビクトールを見た。 「なんだよ、ビクトール。なんでそんなに機嫌が悪いんだ?」 「…別にわるかねぇよ」 ふいっと、そっぽを向いたビクトールに、フリックはムカッときた。 ベッドサイドのテーブルに、盆を一時待避させる。そしてベッドから下りて、ビクトールの正面に立つ。 「ビクトール。ちゃんと俺の目を見てそう言えるのか?」 無理矢理ビクトールの顔を両手で抑えて、自分のほうに向かせてフリックは低く問う。 ビクトールはようやくフリックとちゃんと目を合わせた。 しばしの沈黙。 そして先に溜め息をついて目をそらしたのは―――ビクトールだった。 「ちっくしょう、なんでお前はそんなにもてるんだよ…」 「…はぁ?」 予想もしないことを言われ、フリックは驚いた。 「何言ってんだ、お前」 「俺が酒場でレオナを待っている間、みんなお前の心配していたぜ。特にシーナとかな。『綺麗な肌に傷痕が残る!』とか騒いでたし」 「あんの馬鹿、性懲りもなく…」 「で、戻ってくる途中も城のみんなにお前の様子を聞かれた。いざ部屋に戻ってくれば、見舞いの品が山になってる。…愛されてるぜ、マジで」 「…もしかして、と思うんだが。それでお前、すねてるのか?」 まさか、と思ってフリックが聞くと、ビクトールは「悪いか」と投げやりに言った。 「なんですねるんだよ…」 呆れてフリックが言うと、ビクトールはぎゅっと立ったままのフリックを抱きしめた。 「うるせぇな。お前のこと愛してんのは俺だけでいいんだよ…」 ストレートなビクトールの言葉に、フリックは驚いた。 「お前…」 「わかってるって、単なる俺の独占欲だ、これは。他の奴等もお前のことを愛してるかと思うと腹が立つだけだ」 そう言って、ビクトールはフリックの体を離そうとした。 しかし、それをフリックの腕が阻んだ。逆に、フリックがビクトールを抱きしめる形になる。 「…フリック?」 「馬鹿だな、ビクトール」 呆れ半分、そして愛おしさ半分でフリックは呟いた。 「お前以上に、俺のことを考えてくれる奴が、本当にいると思ってるのか?…俺は、いないと思うぞ」 「フリック…」 呆然とした声で、ビクトールが囁いた。 そんなビクトールの声を聞いて、フリックはくすくす笑った。 「お前、いつも自信満々なくせに、こういう時だけ妙に弱気だよな」 「当たり前だろ。お前、いつも俺のことどう思っているかなんてこと、言ってくれねぇしよ…」 「…こういう、こと、許していることが答えになっていないか?」 ぎゅっと抱きしめる手に力を込めると、ビクトールがくすり、と笑った。 「お前の場合、口より行動のほうが先だもんなぁ」 「お前だって、人のこと言えないだろ、馬鹿熊」 そう言って、ようやく目を合わせてきたビクトールの額に、フリックは軽くキスをした。 余談ではあるが。 ようやく機嫌を直した、どころか非常にご機嫌になったビクトールと、先ほどの行動が少々照れくさいフリックが二人してゲオルグの差し入れのチーズケーキを食べているところに、ニナとナナミがやってきた。 「フリックさん、お見舞い!ニナちゃんと二人で作ったんだ!」 ナナミがにこにこと笑いながら、皿に載ったものを差し出す。 「…チョコレート、ケーキだよな…」 でもチョコレートって、もう少し明るい茶色じゃなかったけ…?と疑問に思うくらい、その物体は果てしなく黒に近い色をしていた。 「大丈夫です、フリックさん!そんなに甘くないですから、フリックさんだって食べられます!ちゃんと下地つくった時点で味見したんだから!」 ニナがそう力説して、フリックに「どうぞ♪」とフォークを差し出した。 ちなみに、そばにいたはずのビクトールは、「食器返してくるわ」と、ちゃっかりその物体Xから逃れていた。 押しに弱いフリックは、相棒の助けを得ることができず、ついにそれを口にしてしまった。 ―――さらに三日間,ベッドから離れられなくなったのは,言うまでもないことである。 「ああいう場面で逃げ出す人間が、本当に俺のことを一番に考えてくれているのかな…」 と、ビクトールがしばらくの間、フリックに延々そう言われることになったのは当然のことと言えよう。 fin... |
■あとがき■ |