■キリ番 300/澪様■
あ る 晴 れ た 日 の 出 来 事
それはある晴れた日の出来事。 「おーい、フェイー?いるかー?」 本拠地の東の敷地にある畑と牧場。そのさらに奥、湖を一望できるところに、大きな木がある。 フリックは、その木の根本から上を見上げて声をかけてみた。 生い茂る緑に邪魔をされ、木の上のほうはよく見えない。 そこに、捜し求める少年がいるかと思い、声をかけたのだが。 「返事がない…ってことは、いないのかな?」 てっきりここにいると思っていたフリックは、予想が外れて少しがっかりした。 「しょうがないなぁ。別の所探すか…」 そうぼやいて踵を返したとき、上方でがさがさっという音がした。 「……フェイ?いるのか?」 フリックの声にもう一度、枝が揺れる。そして。 「うーん…、呼んだ?フリックさん…」 少年の寝ぼけた声がふってきた。 「フェイ?まーた木の上で寝てたのか?…落ちるぞ、そのうち」 苦笑しながらフリックは幹に手を付き、上を見上げた。 音が聞こえてきたあたりを目を凝らしてみてみると、ブーツを履いた足がぶらぶらしているのが見えた。 「下りてこいよ。シュウが呼んでるぜ?」 「んー…わかった…」 ふわぁっと大きなあくびが聞こえる。伸びをしている姿がはっきりと想像でき、フリックはつい笑ってしまった。 がさがさっと音がして、フェイが姿をあらわす。ゆっくりとした動作で、一番下の枝…といっても、フリックの頭上一メートルほどの高さにある枝まで下りてくる。 フェイの顔がはっきり見えるにしたがって、フリックは眉をひそめた。…半分目が閉じている。 「おい、落ちるぞ、ほんとうに」 「ん。大丈夫」 ようやくフェイは目をぱっちり開いた。何度か瞬きをして、必死に目を覚まそうとしている。 そんな年相応のしぐさに、フリックは笑って手を差し伸べた。 「ほら、飛び降りちまえ」 目をぱちくりさせた後、にっこり笑ってフェイは木の枝を軽く蹴った。 そのままフリックが両腕を差し出してくれているところにうまく落ちる。 重くないわけがないのに、フリックは微動だにせず、呆れたように言った。 「フェイ…お前、体重軽すぎないか?」 「そんなことないですよー」 華奢な体つきを気にしているフェイはぷうっとむくれた。そんなフェイをくすくす笑いながら、フリックは「ほらよ」と地面に立たせてやる。 「ありがとう、フリックさん…ふわあぁ…っとと」 まだ眠そうにあくびをする口を慌てて手で押さえるフェイを見て、やれやれとフリックは肩を竦めた。 そしてまだ腕をつかんだままのフェイを引っ張るようにして、木の根本に座り込んだ。 「うわっ?何、どうしたんですか、フリックさん!」 バランスを崩して、フリックの胸に倒れ込んでしまったフェイは、慌てて体を起こそうとするが、フリックはそれを阻んだ。 そのまま肩をつかんで、くるんと仰向けの体勢にする。 要するに、膝枕の体勢にしたわけだ。フェイは驚いた顔をしてフリックの顔を見上げた。 「フリックさん?シュウさんが呼んでるんですよね、僕行かないと…」 「あと三十分だけ寝てろ」 「え…いいんですか、だって」 「いいよ。どうせ俺にしか探してこいって言ってないはずだから、なかなかみつからなかったって言えばいいしな」 本当は「なるべく急いでくれ」とシュウに言われたのだが、まあいいだろうとフリックは思う。 書類を山のように持っていたから、多分たまった書類に判を押せといったものなのだろう。 それならば、あまりにも疲れた顔をしているフェイに、すぐに仕事をさせるのはどうかと思った。 自分達が祭り上げてしまったがために、年に似合わぬ苦労を背負ってしまった少年。 彼に三十分ほどの休息を与えて何が悪いだろう。今日はこんなに晴れた日なのだから。 「じゃあ、お言葉に甘えようかなぁ…」 ふわ、とまたあくびをして目を閉じる。しかし、何か思いついたように、フェイはぱっちり目を開けて、フリックを見た。 「ん?なんだ?」 「ねぇ、フリックさん。何か歌ってくれませんか?」 「は?」 唐突なフェイの言葉に、フリックはきょとんとした。 「子守り歌、歌ってくれませんか?」 「子守り歌、か?フェイ、お前いくつだよ…」 呆れてそう言うと、「昼寝に子守り歌はつきものなんです」と反論された。…なんだかこういう物言いは、とある坊ちゃんを彷彿とさせる。 (最近よく一緒につるんでいるからなぁ…悪い影響が出ないといいが…) 違う事に思考を飛ばしているフリックに、再度フェイはねだった。 「駄目ですか?フリックさん、歌がうまいって聞いてるから、ぜひ聞きたいなーと思ったんだけれど…」 「誰に聞いたんだ…って、ビクトールか」 以前、とあることがきっかけで一度だけあの相棒の前で歌った事があったのを思い出して、「あの野郎、余計な事を…」とぼやいた。 「うん、そう。…だめですか?」 ちょっぴりしょんぼりとしてそう言うフェイに、フリックは珍しいな、と思った。 普段、フェイはどちらかといえばあまり自己主張しないタイプだ。物静かな部類に入るといっても過言ではない。 あれしたい、これしたい、といったわがままもめったに言わない…というか、聞いた事がない。 そのフェイがここまで「歌って欲しい」というのは非常に珍しいといえよう。 「ま、たまにはリーダーのわがままを聞いてあげよう」 くすくす笑って言うと、「わがままじゃないです」とフェイも笑う。 (そうだな、せっかくこんな晴れている日なんだから、いいかな) 「じゃあ、一曲だけな。…っていうより、お前寝ろよ?」 「はーい」 目を閉じたフェイを見てから、フリックは空を見上げ、おもむろに歌い出した。
フェイの眠りを妨げないように、小さい声で歌ってやると、フェイはすぐに眠りに落ちたようだ。 続けようか迷っていると、不意に背後に人の気配を感じて振り返った。 「リっ…!!」 「大声出すと、フェイが起きちゃうよ、フリック」 いつのまにかフリックの後ろに立っていたのは、先日からこの城に遊びに来ているリュウト・マクドールだった。 「いつからいた…?」 冷や汗をかきながら、フリックはリュウトにたずねた。 「『たまにはリーダーのわがままを聞いてあげよう』ってフリックが言ってるあたりからいたよ?気が付かなかったみたいだけど」 ということは、思いっきり歌っているのを聞かれてしまったわけだ。 なんだか恥ずかしくってフリックが慌てていると、リュウトは何も言わずにすとんとフリックの横に腰を下ろした。 そして、フリックの膝の上に乗っているフェイの頭をそっとなでながら、 「今の歌、本当は『いとし子よ』じゃなくて、『愛しい人よ』じゃないの?」 と聞いてきた。 「うっ…なんで知ってるんだ、お前…!」 「だってそれ、グレッグミンスターではやっていた恋歌だもん。そりゃ知ってるよ」 呆れたように言われて、フリックは、ああそうか、と思った。 これを歌って教えてくれた彼女も、そんなことを言っていたな、と思い出す。 『愛しい人を抱いて眠れるのは、とっても贅沢なことだと思うわ…』 いつも抱きしめていた細い体に逆に抱かれながら、フリックはそうかもな、と呟いた。 さらさらとした赤茶色の髪が、フリックの肩口をなでる 『だからたまには、こうさせてね?』 そう言って、彼女は…オデッサは、歌ってくれたのだ。 「俺は…子守り歌っぽいのはこれしか知らないからな。だからちょっとアレンジしたんだよ」 「ふーん…。ねぇ、フリック、今のフリックの顔…かなりのろけモードになってるよ?」 「え!」 リュウトに指摘され、思わず手を顔にやってしまう。それを見て、リュウトはぺろっと舌を出した。 「う・そ!あいかわらず単純だよね、フリックって」 「〜〜〜〜〜〜リュウト!!」 顔を真っ赤にして、リュウトを睨みつけたが、効果がない事はリュウトの笑い顔を見ていれば一目瞭然の事で。 「ほっとけ!」 と、ぷいっと横を向いてしまった。 しばらくリュウトのくすくす笑う声が聞こえていたので意地になってそっぽを向いていると、ふと、肩に重みを感じた。 何だろうと思って振り向くと、リュウトがフリックの肩に頭をもたせかけていた。 「なんだか僕も眠くなったなぁ…ほんと、いい天気…」 久しぶりに見た、幸せそうなリュウトの表情。 「…いいぞ、お前も寝ていて」 気が付いたときにはそう言っていた。 「めずらしいね、甘やかしてくれるんだ」 心底驚いた顔をしてリュウトが言った。 「ま、たまには、な」 「『たまには』ね…じゃあ、『たま』ついででもう一つ甘やかしてもらおうかな?」 「なんだ?」 「さっきの歌。ちゃんとした歌詞のほうで歌ってくれない?」 「…なんで?」 「うん、さっき、すごく優しい顔してたから。歌の話をしてたとき。だから…聞いてみたいと思った」 だめかな、と珍しくも殊勝にお伺いを立ててくるリュウトを見て、フリックは「今日は珍しい事ばかりだな」と呟いた。 「じゃ、大サービスってことで。今日だけだぞ?」 「うん、ありがと」 そう言って、リュウトは目を閉じた。
続けようかと思い、ふとリュウトを見ると、いつのまにやら熟睡していた。 「…黙って寝てればかわい気あるのになあ、こいつも…」 いつもいつもからかわれてばかりいるフリックとしては、至極当然の事を思った。 膝の上には幸せそうに眠るフェイ。左肩には、穏やかな顔をしたリュウト。 「…こいつら見てると、なんだか俺も眠くなってきたなあ…」 ふぁぁっとあくびを一つして、フリックも目を閉じた。 「おいこら!なーにねてんだよ、フリック!」 ごつっと軽い衝撃を頭に感じて、フリックは安眠を妨害された。 「んだよ…」 寝起き特有の機嫌の悪さで睨み上げると、ビクトールが呆れた顔をして立っていた。 「ビクトール…?」 「お前、シュウがかんかんに怒ってるぜ?『フェイを探しに行く』って行ったきり、一時間以上戻ってこないってな」 その言葉で、フリックはがばっと幹から体を起こす。その動きで、肩に乗っていたリュウトの頭が落ち、膝の上にあったフェイの頭を直撃した。 「いたっ!」 「うわ!なに??」 二人は同時に目を覚まして頭を押さえようとして…どういう状況にあるか気が付いた。 「うわ、ごめん、フェイ。痛かっただろ?」 「いえ、リュウトさんこそ…わっかにあたって、かなり痛いんじゃあ…」 「お前らも何してんだか…」 「あれ、ビクトールさん?」 まだぼんやりした様子でフェイが首をかしげている。 それを苦笑して、ビクトールはひょいっとフェイを立たせてやった。 「シュウがめちゃくちゃ不機嫌そうにして待ってるぜ?はやいとこ行ったほうがよさそうだぞ」 「え!ほんとですか?うわやば…っ」 そう言っていきかけたフェイだが、ふと足を止めてフリックに笑いかけた。 「フリックさん、ありがとう。おかげでずいぶん疲れが取れました!じゃあ、また」 後はわき目も振らずに走り出していった。 「おお、元気元気」 「やばいなあ。三十分だけのつもりだったのに…」 ぼやきながら頭を掻くフリックに、ビクトールはひょいと片眉を器用に上げて笑った。 「ま、あとでシュウに嫌味言われるのは覚悟しておきな。……なんだか、みょーに大人しいな、リュウト?」 ビクトールの言葉に、そういえばと思ってフリックもリュウトを見ると… 「……こいつも、相当疲れてるのかな?」 「まあ、そうかもな…あと今日は昼寝するには最高な天気だし。もう少し寝かせてやんな」 いつのまにかフリックの膝に頭を預けて眠っているリュウトを見て、二人して笑った。 「じゃ、俺は用があるからもう行くぜ」 「ああ。ありがとな、呼びに来てくれて」 「いいってことよ。まあ…今晩ワイン一本、な」 そう言って。手をひらひらと振って去っていった。 「ワイン一本か…まあ、しょうがねぇしな。…おい、リュウト、お前達の昼寝代、高く付きそうだぜ?」 そう言って、フリックは笑いながらリュウトの頭をそっとなでてやった。 余談ではあるが。 この後フリックは長時間膝枕をしていたせいで、足がしびれてしまい、しばらくその場から動けなかった。 リュウトは呆れて、「鍛え方、足りないんじゃない?」などとかわい気のないことを言ってくれた。 そして、ようやく立ち上がれるようになって、食堂に行こうとしたところをシュウに捕まって、しばらく説教された。 薄情なリュウトはその時通りかかったビクトールと一緒に、先に食堂へ行ってしまった。 ようやくシュウから解放されて食堂へ行けば、すでに閉店時間。 しょうがないので酒場で何か食べるかと思って行けば、すでに飲みまくっているビクトール達に捕まり。 ひたすら飲んで気が付けば、次の日の朝。 財布からはきちんとワイン一本分の代金が抜かれていた。…しかも一番高い値段で。 幸せなんだか不幸なんだかわからない、ある晴れた日の出来事だった…。 fin... |
■あとがき■ |