■キリ番 2000/かな様■
HAPPY DAY
傭兵隊の砦を囲む森を北側に抜け、西に十五分ほど馬を走らせた所に、小高い丘がある。 踝ほどの高さの草が一面に広がる中、丘の上に一本の大きい樹がそびえたっていた。 その樹が花を付ける四月の初めには、辺り一面が薄桃色の花びらに覆われて、幻想的な雰囲気を醸し出す。 今は花の季節が終わってしまっているが、濃い緑色の葉が生い茂った生命力に溢れた光景は、また違う美しさがあった。 花が咲き誇る頃にも来たことがあるフリックは、春は気持ちをのどかにさせてくれる場所、初夏のこの時期は、生きる力を与えてくれる場所だと感じる。 そんな感慨は、目の前にいる生命力の固まりのような少女によって打ち破られた。 「うわぁぁぁぁぁぁ!すごぉぉぉい!」 「おいおい、あんまりはしゃぐと落ちるぞ、ナナミ?」 馬の背から身を乗り出して辺りを見回して歓声を上げる少女の体が、馬から落ちない様に背後から支えてやりながらフリックは苦笑した。ナナミはフリックの言葉など聞こえていないようで、勢いよく振り返りながらにこにこ笑う。 「ねぇねぇ、フリックさん、降ろして降ろして!」 「わかったからちょっと待てって……こら、暴れるなよ」 「私、暴れてないよーっ」 「はいはい」 くすくす笑いながら、フリックは鞍から身軽に降りてから、今にも走り出していきそうにうずうずしているナナミに手を差し伸べた。 「ほら、つかまって」 「うんっ」 ナナミはその手につかまって、鞍からひらりと飛び降りた。とん、っと軽い音を立てて着地し、「ありがとう!」と顔に満面の笑みを浮かべる。 そして、フリックの手を放して、その場でくるりと辺りを見回し、再度歓声を上げた。 「緑がきれーい!あっ、なになに?もしかして湖も見えるのっ!?」 きゃいきゃい騒ぐナナミを見ながら、フリックは乗ってきた馬の鬣を撫でてやり、その手綱を外してやった。 そうこうしていると、背後からもう一頭の馬の嘶きと、「どうどう」という声が聞こえてきた。 その声に振り返ると、途中まで並んで走っていたもう一頭の馬の手綱を握るジョウイと、その後ろに座っているフェイと目が合った。 「おつかれさん、ジョウイ、フェイ。悪かったな、途中から先行してしまって」 フリックの言葉に、ジョウイが苦笑して首を横に振った。 「フリックさんこそお疲れ様です。ナナミ、騒いで大変だったでしょう?」 「はは、確かにな」 笑うフリックに、鞍から飛び降りたフェイが彼を見上げて、申し訳なさそうな顔をした。 「すいません、フリックさん。ナナミがせかしちゃって…」 丘が見えてきた辺りから「フリックさんっ!はやくはやく!」とはしゃいでいたナナミを思い返しながら、フリックは微笑んだ。 「いや、あれだけ喜んでもらえれば、連れてきたかいがあったって感じがしてうれしいさ」 そう言って、フリックは馬を降りたジョウイに、すっと手を差し伸べた。それにジョウイは首をかしげてフリックを見た。 「手綱。馬のことは俺に任せて、ナナミの所に行ってきな」 「え、でも、」 それくらいは自分で…と言いかけたジョウイの言葉を待たずに、フリックは彼の手に軽く握られていた手綱をひょいと引き抜いた。 「呼んでるぜ?」 フリックが背後を振り返り指を差すと、二人はつられてそちらの方に目をやった。 既に丘の中腹まで駆け上っているナナミが元気よく手を振っているのが目に入る。 「ほらほら」 再度促すと、フェイとジョウイは顔を見合わせて笑い、フリックに軽く頭を下げてからナナミのいる方へ走り出していった。 「おー、元気元気」 その後ろ姿を、フリックは眩しいものでも見るように目を細めて見送った。 フェイとナナミ、ジョウイが故郷を追われて傭兵隊の砦に転がり込んできてから、半月が経った。 やってきた当初は何をしていいのか戸惑いがちだったが、そのうち砦内の雑用を手伝ったり、リューベ辺りまで出かけて傭兵隊に入りたいという人間を連れてきたり……と色々なことをするようになっていった。 そのお礼、といわけでもないのだが、「たまにはピクニックでも行かないか?」とフリックが三人を誘ったのだ。 折りしも今は新緑の季節。晴天続きの毎日で、比較的暇ということもあり、レオナに頼んでお弁当を作ってもらって、こうして馬に乗ってこの丘までやってきたのだ。 よく懐いた馬を連れてきたので、放しておいてもどこかへ行ってしまう心配もない。 手早くもう一頭の手綱も外してやり、馬の背からバスケットと敷き布を下ろす。 「よっ」 それらの荷物を軽く持ち上げ、フリックは駆け上がっていったお子様達の後を追う様にゆっくりと丘を上っていった。 まだそれほど暑くもない、ちょうどよい季節だ。吹き抜ける爽やかな風に乗って、緑の匂いがする。 辺りをのんびりと見回しながら歩いていたフリックは、丘の頂上、樹のふもと辺りに視線をやって、ふと眉をひそめた。 そこには、すでに三人がたどり着いていた。だがしかし、なにやらナナミとジョウイが言い合っているように見える。フェイは、と言えば、少し離れた所で樹に寄りかかってそれを眺めていた。 「なにやってんだ?」 大股で歩き、樹に近づいてそう声をかけると、どうやら呆れた様子でその光景を見ていたフェイがフリックの方を振り向いた。 「あ、フリックさん」 「どうしたんだ?ナナミとジョウイ…」 「えーっと、」 頭をぽりぽり掻き、フェイは寄りかかっていた樹を指差した。 「ナナミが、この樹に登るって言い出して…」 太い見事な枝が張り出した樹である。登りたい、と言う気持ちはよくわかるが、だがこの樹の一番下の枝はフリックの背でも届かない位置にある。相当上まで幹だけでよじ登らないとたどり着けそうもない。 フリックがそう指摘すると、フェイは頷いて、「ジョウイもそう言ったんです」と言った。 「でも、そうしたらナナミが『そんなことない』ってムキになっちゃって……で、この状況です」 要するに、たわいもないことなんですけれどね、とフェイは笑った。だから口を出さずに放っているのか、とフリックは納得した。 手に持っていたバスケットと敷き布をフェイに託し、言い合う―――というよりも、ムキになって言い募るナナミと、それを宥めようとするジョウイに近づいた。そして、ぽんっと二人の頭の上に手を乗せる。それと同時に、二人は息を合わせたかのように一緒にフリックを振り仰いだ。 「あっ、フリックさん、聞いてよジョウイが―――」 「フリックさん、ナナミに言ってやって下さいよ、危ないんだからって―――」 二人同時に口を開くのに、フリックは「はいはい」と言ってにっこり笑った。 「それよりも、二人とも腹減らないか?レオナの特製弁当、食べようぜ?」 フリックの言葉に、タイミングよく二人のお腹がくぅ〜っとかわいらしい音を立てて鳴った。 思わずナナミとジョウイはお腹に手をやり、顔を見合わせて―――ぷっと吹き出した。 その二人の頭を一度軽くぽんっと叩き、フリックは手を放した。そして、後ろでそれを見守っていたフェイの腕から敷き布を取り、ナナミに渡す。 「じゃ、敷き布敷いて、弁当を出そう。ナナミ、ジョウイ、これを樹の下辺りに敷いてくれ」 敷き布を受け取ったナナミは、「ジョウイ、そっち持って!」と言いながら布の反対端を渡し、勢いよく広げた。 「このあたりかなー?」 「ナナミ、もう少しこっちにした方が、ちょうど陰になるよ」 「あ、ホント?わかった、じゃあちょっとずらして―――」 すっかり機嫌を直したナナミの様子を見て、「お見事…」とフェイは呟いた。 レオナの特製ハムカツサンドを食べ、一息つくと、ナナミは再び丘の中腹辺りまで駆け下りていった。 それをジョウイが走って追いかけていき、フェイはゆっくりと二人の走っていた方向へ歩いていく。 「はは、やっぱりナナミが振り回してるよなぁ」 幼なじみ三人組みを見ながら―――とりわけ、元気よく走り回り、ぽんぽん思ったことを口に出すナナミを見て、フリックは故郷の村のとある少女を思い出した。 「あいつもなぁ、なんだかんだといつも奴に詰め寄っちゃ文句言って、でもすぐに仲直りして……」 ごろり、と敷き布の上に横になって、青い空を見上げる。 『もうっ!どうしてキミはそうなのさっ!』 器用に編み込んだ長い赤い髪の毛をばさり、と振りながらそう言う少女と、『で、でもさ…』と口篭もりながら何とか反論しようとする黒髪の少年が脳裏に浮かび、フリックは思わずくすりと笑った。 前の、トランでの戦いで再会した時は、少しは大人しくなっているかと期待していたにもかかわらず、全く変わっていなくて残念と思うと同時に、どこかでほっとした自分を思い出す。 「妹……みたいなもんだったからなぁ。やっぱりいきなり大人になってたら寂しかったかもな……」 さすがに呼び方は『フリック兄ちゃん』から『フリックさん』になっていたが、あの跳ねっ返りぶりは健在だったし、少年の押され様も変わりがなかった。 三年……いや、もう四年前のこと。ちょうど今のナナミと同じくらいの年頃だ。 だから余計に懐かしく思い出されるのか、とフリックは苦笑した。 「なに笑ってるの?フリックさん」 不意に視界にナナミの顔が入り、声をかけられてフリックはびっくりしておもわず「うわっ」と声を上げた。 「そんなに驚かなくてもいんじゃない?」 ナナミは笑いながらフリックの横に座った。 フリックは身を起こしながら、「悪い悪い」と謝る。その首に、ふわりとなにかがかけられた。 「えっ?」 思わずそれに触れると、小さな花の感触。視線を落とせば、白い小さな花が連なった――― 「花、輪?」 「花の首飾り、って言ってよー、フリックさん」 唇を尖らせて訂正するナナミに、フリックは思わず微笑んで「ありがとな」と言った。 「えへへ♪ここに連れてきてくれたお礼」 「って、それ作ったのジョウイじゃないか…」 「半分、フェイが手伝ってくれたけどね…」 うれしそうに笑うナナミのうしろからやってきたフェイとジョウイが思わず、と言ったように突っ込んだ。 「いーの!お花つんだのは私だもん!手伝ったもんっ!」 「はいはい…」 「そうだねぇ…」 その様子に、フリックは思わず声を上げて笑ってしまった。 「お前達、仲良くていいなぁ」 笑いながら言うフリックに、三人は顔を見合わせて、くすりと笑った。 「うん。それは僕たちの誇れるものだから」 フェイの言葉に、ジョウイが頷く。 「三人でいられることが、僕たちの望みだから……」 二人の言葉に、フリックの笑みは深くなった。 この子供たちは、自分達にとってなにが一番大切なのかを知っている。そして、なにが一番の望みなのかも。 それは、うらやましさを感じられる、真っ直ぐさだった。 「でもね、」 フリックの微笑みに、ナナミも笑い返しながら、ひょいっとフリックに顔を近づけた。 「フリックさんとビクトールさんだって、私たちみたいにすっごく仲がいいよねっ」 思いがけない言葉にフリックは思わず「はっ?」と間抜けた声を上げてしまった。 いつものフリックの言動を見ていて、どこをどうとったら仲がいい、と言う言葉が出てくるのだろう。 確かに気は合うし、相棒としては申し分ないが、だからといって仲がいい…? 思わず考え込んでしまったフリックに、子供たちはくすくす笑った。 「フリックさん、気がついてないだけだよ?」 「お互いがさりげなく気を使いあってて、すごいなーといつも思ってたんですよ」 「あの息の合い方で、仲が悪いって言われても」 「「「ねー?」」」 声を揃えて言われてしまい、フリックは力なく笑った。 「頼むから……それ、あいつに言わないでくれ……」 「仲がいいんだってな、俺達。んじゃ、こっちの書類も頼むわ、相棒!」とか頭に乗って言いそうだと容易に想像がついてしまい、フリックは額を抑えてうめいた。 照れなくてもいいのにー、などと言うナナミの声がいっそ凶悪に聞こえた―――。 後日。 やはりナナミが喋ったらしく、「なあなあなあ」と熊―――もといビクトールが満面の笑みを浮かべながら、フリックの肩に腕を回してきた。 「俺達『すっごく仲がいい』らしいぜっ!だからさ―――」 「書類整理は引き受けないぞっ!」 ビクトールの言葉の先を聞きたくなくて、フリックは自らそう叫び、相棒を張り飛ばした。 それをたまたま見ていたフェイが、「やっぱり仲がいいよねぇ」と呟いていたのに、二人は全く気づいていなかった。 喧嘩するほど仲がいい。 その言葉がここまでしっくりくる二人組みも、非常に珍しい存在であるといえよう―――喧嘩の規模は置いておくとして。 fin... |
■あとがき■ |