■キリ番 1999/澪様■

そ の 瞳 を 離 さ な い で



1.

「……あれ、どうしたの?」
いつものように、都市同盟の本拠地にふらりと遊びに来ていたリュウトが、池のほとりに膝を抱えてぽつんと座り込んでいる少年を目ざとく見つけて声をかけた。
その声に、少年は膝に埋めていた顔を上げ、驚いた表情を浮かべた。
「あ、あれ、リュウトさん!いつのまに来たんですか?」
慌てて立ち上がり、リュウトに駆け寄ってくるのは、弱冠十五才ながらも、この都市同盟を率いるフェイだった。
「うん、今来たところ。……なにか、あった?」
フェイの顔を見て、リュウトは眉をひそめながら言った。どうみても―――目が、赤い。泣いていたとしか思えないほど。
こんなところでこっそり泣いていたのだとしたら、いったい何があったのか、と気になってしまう。
リュウトの問いに、一瞬「しまった」という顔をして、フェイは首を横に振った。
「いえっ。別に、何もありませんよ。最近、ハイランド軍も行動を控えているみたいだし、城のみんなもたまにはゆっくりできていいって。シュウさんなんか、『これでようやくたまった書類を整理できますね』とか言って恐い顔で笑ってたから、僕思わず逃げちゃって ―――」
「フェイ、」
珍しく饒舌なフェイの言葉を、にっこり笑ってリュウトは遮った。
「僕には隠し事しないで、嫌なことあったらぶちまけていいよって、前に約束したよね?」
あからさまに話を逸らそうとするところなどは、まだまだ甘いな、とか思いながらリュウトはにこにこしながら言う。
フェイは、そんなリュウトの笑顔を前に、がっくりと肩を落とした。
「……リュウトさんって、イジワル……話、そらさせてくれないんだもん……」
フェイのぼやきに、くすくす笑いながら、リュウトは自分よりも小柄な少年の頭にぽんっと手を乗せた。
「いまさら、だろ?」


「それで、どうしたの?」
先ほどフェイが座り込んでいた場所で、今度は二人して腰を下ろす。
ちょうど植え込みの陰になり、道からは見えにくいのだ。
リュウトがフェイを見つけられたのは、何てことはない、彼自身も道から離れて歩いていたからである。
リュウトの問いかけに、フェイは黙って俯いてしまった。
焦ることもないか、と思い、リュウトは視線をフェイから離して池をぼんやりと見つめていた。
水面を滑る水鳥に後ろに、小さなひな鳥がくっついているのが目に入る。
子供、生まれたんだな。とかどうでもいいことを考えていると、隣にいたフェイが、ようやく顔を上げる気配がした。
「……リュウトさん」
珍しくも低い声に、リュウトは内心驚きながら、ゆっくりとフェイに顔を向けた。
「リュウトさん、客観的に思っていることを言ってほしいんですけれど、」
なにやらひどく真面目な顔で、フェイはリュウトを見上げた。
「……僕は本当のことしか言わないから安心していいよ」
「ええ。わかってます」
「………。それで、なに?」
再度フェイを促してみると、フェイはその真剣な眼差しをひたりとリュウトに向け―――そして。
いきなりぽろぽろと涙をこぼしはじめた。
「ちょっ―――どうしたんだい、フェイ!?」
さすがにこれにはリュウトも慌てて腰を浮かし、フェイの肩に手を置いた。
その手のぬくもりに安心したのかフェイはそのままリュウトに抱きついた。
「リュウトさん、僕、僕―――っ」
そのまま胸にすがり付くように、フェイは叫んだ。
「僕、フリックさんに嫌われちゃったのかなぁ!」
「…………なんだって?」
唐突なフェイの発言に、さしものトランの英雄もついていけずに眉をひそめてそう問い返しただけだった。
一体どこをどう見たら、そんな言葉が出てくるのだろう。
たまにしか都市同盟に遊びに行かないリュウトから見ても、フリックがこの年若いリーダーを殊のほか可愛がっているということなど、一目瞭然だというのに。
「…そんなことはないと思うけれど…。なにかあったの?」
その淡々とした言葉に、フェイは涙を浮かべた大きな瞳でリュウトを見た。
捨てられた子犬のような眼差しを向けられ、たじろぐリュウトの様子などお構い無しに、フェイは「だって、」と俯く。
「……だって?」
先を促す言葉に、フェイは顔を俯けたまま続けた。
「だって、フリックさん、最近相手にしてくれないんですぅ……」
めそめそと泣くフェイに、思わずフェイはめまいがした。
「なんだ、それくらいのことで……」と思わず呟いてしまったが、あまりにもフェイが落ち込んでいるので、リュウトは頭を撫でてやりながら言った。
「…別に、それで嫌い、ってことにつながるわけないと思うんだけど…」
「でも…なんか最近、いつもいつもマイクロトフさんとカミューさんと一緒で…。前みたいに、一緒にいてくれなくなったんです。忙しいからかなって、思ってたんですけど、でもそれにしたって…」
「…うーん」
ものうげな表情でふぅっと溜め息をつくフェイに、リュウトは、さてどうやって慰めようか、と考えた。
そもそも、あのフリックがここまで慕ってくれる人間をむげになどできない性格だということは、多少彼と付き合いがある人間になら誰にでもわかることだ。
フェイにしたって、それは知っているはずなのだが……それでもここまで落ち込んでいるということは、そんなにも構ってもらえていないということなのだろうか。
そう言えば、最近グレッグミンスターにフェイのお伴としてきても、昼間はどこかへ出かけているようだったが、関係があるのだろうか……。
などとリュウトが考えていると、「あっ!」といきなりフェイが叫び、立ちあがった。
「どうしたの?」
少々驚きながら聞くが、フェイはその言葉など耳に入っていないようだ。何も言わずに、じっとある一点を見つめて立ちすくんでいる。
何事か、とフェイの視線を追っていき、
「…ああ、なるほどね」
納得してリュウトは頷いた。
木立の隙間から、青いものがひらりと翻るのが目に入る。城内広しといえ、あそこまで鮮やかな青に身を包む人間は渾名にその色を冠せられた青年、ただ一人しかいない。
そして、その青づくめの青年の隣に、似た色調を持つもう一人の青年の姿がいた。
鍛錬場へ続く道を、肩を並べて歩いている。
時折横を向き、何事か話ながら笑うその表情を見て、彼がどれくらい相手に親しみを持っているか、付き合いが長いリュウトにはよくわかった。普段の、落ち着いたやわらかな笑みを浮かべたかではなくて、どこか子供っぽさを感じさせる笑顔。
あれは―――そうとう気を許している表情だ。リュウトにだってたまにしか向けてもらったことがないくらいの。
フェイにもそれがわかったのだろう。ぎゅっと拳を握りしめ、何も言わずに立ち去った。リュウトも敢えて呼び止めることはしなかった。
悔しかったのだろう。誰にでもあんな顔を向ける人間ではないということを知っているだけに。
それはリュウトも同様だった。あんな表情をするのは、せいぜい長年の相棒か、たまにリュウト、フェイ……といったところだろう―――酔っ払い状態になったときをのぞけば。そして……今は亡き彼女を除けば。
それなのに、あの青騎士にもそんな顔をするとわかって―――嫉妬してしまったのだ。だから悔しいのだろう。
「タイミング、あんまりよくないかもね、フェイ…」
ふうっと息を吐き出し、リュウトは呟いた。それは自分自身にも向けた言葉だった―――。


「……ちょっとフリック、顔貸してくれない?」
ノックもせずに部屋の扉を開け放ち、顔にでかでかと「不機嫌!」という文字を書いてそうのたまったリュウトに、フリックは呆気に取られて、「はぁ?」という間抜けな返事を返した。
ちょうど部屋を出かけようとしてドアノブに伸ばしていた手を引っ込める。
「……リュウト、お前いつのまに来ていたんだ?」
とりあえずまず最初に浮かんだ疑問を思わず、と言った具合に口にすると、なにが不満なのかリュウトは眉をひそめた。
「ついさっき。別にそんなことはどうでもいいんだよ、フリック。話があるんだ」
「……お前、なんでそんなに機嫌悪そうなんだ?」
どちらかといえばリュウトはいつもどこか淡々としていて、こんなに感情を表に出す性格をしていないだけに、フリックは意外さを隠せないで問いかけた。
「機嫌?悪くないよ別に」
どこがだ、と思わずフリックが突っ込みそうになるくらいつっけんどんにリュウトが言う。
「それよりも、」
リュウトはつかつかとフリックに歩み寄り、腕をつかんだ。
「いいからちょっと来てくれない?」
そう言って、リュウトはフリックの腕をつかんだままくるりと踵を返した。
「おい、ちょっと、リュウト…」
引っ張られてフリックは仕方なく歩き出した。
リュウトはなにも言わずに、ずんずんと城の中を突き進んで行く。フリックが話しかけても、全く振り返らずに。
「なあ、リュウト、俺これから用事が――」
急にリュウトが立ち止まった。フリックもぶつかる寸前で何とか立ち止まる。
「………用事って、僕の話を聞くよりも大事なこと?」
ようやく口を開いたかと思えば、ひどくおどろおどろしい声でそんなことを言うリュウトに、フリックは何事かと首をかしげた。
「なにか…あったってのか?」
「大ありだよ」
後ろを振り返り、はぁっと大仰に溜め息をつくリュウトに、さすがにフリックも心配になってきた。
フリックの腕を握っているリュウトの手に自分の掌をそっと乗せる。
「―――本当にどうしたんだ?俺にできることなら……」
そう言って、フリックはじっとリュウトを見つめた。その真っ直ぐな視線からリュウトも目をそらさずに、見つめ返す。
端から見ると、まるで見つめ合っている様にしか見えない光景に、その場を行き交う人が一瞬ギョッとした顔をし、そして厄介事に巻き込まれたくないといった感じで顔をそむけ、回れ右をして今来た道を足早に戻っていく。
そんな周りの状況に二人は―――少なくともフリックは気づいていなかった。
誰もが回れ右をして立ち去るその空間にその時やってきた青年が声をかけるまで、二人とも微動だにしなかった。
「フリックさん、どうしたんですか?マイクロトフが待って―――って、なにやってるんですか、こんな通路の真ん中で」
第三者の呆れたような言葉に、フリックはようやく自分が道のど真ん中でリュウトと手を握って見つめ合っていた自分に気がついた。
「あっ、いやっ、別に何も!!」
なぜか必要以上に慌てふためいてフリックはリュウトから手を離した。言い訳にもならないような言葉を口にして後ろを振り返り、そこでようやく声をかけてきた相手が誰であるかに気がついた。
「カミュー、か…」
いつものように赤い騎士服をそつなく着こなしている青年は、呆れたような顔をしながらも、その碧の瞳はなぜか面白そうに輝いている。
「あっ。す、すまん、もしかしてだいぶ待たせてるか?」
「いえいえ、そういうわけではないのですが。いつも時間通りに来るフリックさんが来ないので、少し心配になって見にきただけですから。マイクロトフの方はもう準備完了していると思いますけれどね」
「そうか、えっとリュウト……ちょっとカミュー達と約束してるんだけど……」
いまだ腕をつかんだままのリュウトを振りかえり、フリックが申し訳なさそうな顔をすると、リュウトは更に不機嫌さを増した顔をした。
「そう。先約とあっては仕方がないよね。わかってるよ、うん」
そう言いながら、なぜか視線はフリックの方ではなく、カミューの方に真っ直ぐ向けられていた。
真っ向からリュウトの視線を受け、カミューは一瞬「おやおや」という顔をして、そして―――にっこりと優雅に笑った。
「申し訳ありませんが、フリックさんを少しお借りいたしますよ、マクドールさん」
男女問わずに落とされるといわれるカミューの笑顔に、リュウトは満面の笑みを返した。ただし―――目は全く笑っていない。
「ええ、どうぞどうぞ。構いませんよ、カミューさん。僕の方は後でも別にいいですから」
二人の間に静かに火花が散ったように見え、フリックは二人の間で顔を右に左に向けて口を開いたが―――なぜか怖くてそのまま口をつぐんでしまった。
「じゃあ、行きましょうか、フリックさん」
「じゃ、後でね。フリック」
リュウトがつかんでいた手を離し、今度は逆にカミューに手を取られ、フリックは言われるがままに、ただ頷くだけだった。


2.

「俺、なんか気に触るようなことしたかな……」
流れ落ちる汗を無造作に腕でぬぐいながら、フリックがぼそりと呟いた。
おそらく誰かに答えを求めて口に出した疑問ではなく、心の中でわだかまっていることがつい口に出たという感じのその言葉に、手にしていた愛剣を鞘に収めたカミューは思わず苦笑した。あいかわらず、素直というかなんというか。
そのかすかな笑い声に、フリックは自分が頭の中で思っていたことを口にしてしまったことに気づいたようで、ばつの悪い顔をカミューに向ける。
「笑うことはないだろ、カミュー」
「ああ、すみません」
謝りながらも、その子供っぽい表情に、カミューはくすくす笑ってしまう。その笑いに、フリックは少しむっとした顔をした。
自分よりも年上なのはわかっているが、カミューはフリックのことを弟のように思うときが多々ある。
表情豊かで、思っていることが顔に出やすいこの青年は、カミューのように常に笑顔で真意を覆い隠している人間にとって、ものすごく微笑ましく思えるのだ。
「気に触るようなこと…というのは、さっきのマクドールさんの機嫌の悪さについてですか?」
これ以上フリックの機嫌を損ねないように、と笑いを隠すためにひとつ咳払いをしてからそう聞くと、フリックはこくりと頷いた。
「ああ。俺の部屋に来た時から機嫌が悪かったんだよな、あいつ。お前が来た後なんて、笑ってたけどさらに機嫌悪くなってるし……って、あ、別にカミューがどうとか言ってるわけじゃないんだが……」
真剣な顔をして悩むフリックに、今度はばれないようにカミューはこっそりと微笑んだ。
あのリュウト・マクドールが先ほどカミューに向けてきた視線を見れば、なんとなく予想はつく。あの時の少年の表情を見ていなかったフリックには、わからないだろう―――見ていても、わかったかどうかは疑問だが。
本当に、些細な表情だった。だが、間違いなくあれは―――嫉妬といってもいい表情。
あの場でそういう顔をされるということは、リュウトがカミューに、ということになるのだろうが―――さすがのカミューも、なぜそんな感情をリュウトが抱いたか、また、そもそもなぜリュウトが最初から機嫌を損ねていたのかということまではわからなかった。
付き合いが短いカミューなりに、リュウト・マクドールという人間を理解しているつもりである。淡々とした調子で真意を読み取らせない、という意味では、カミュー自身と似ている、と常日頃思っていた。なので、先ほどリュウトが珍しくもあれだけ嫉妬―――というか敵意をあらわにカミューを見たので、つい挑発するような態度を取ってしまったのだが。
「まあ、最後の機嫌の悪さは、私のせいでしょうけどね」
とりあえず、このままフリックを放っておくと、自分一人のせいにして落ち込みそうなのでそう言うと、フリックは首をかしげた。
「マクドールさんは、フリックさんに用があったのでしょう?それを、先約をいれていたからといって私があなたを連れてきてしまったから……。けっこう大事な話でもあったのではないですか?」
カミューの言葉に、フリックは眉根を寄せた。
「……そう、かもしれないな。カミュー、悪いが―――」
その時、バターン!と扉が開くいい音が鍛錬場に響き渡った。
何事かと入り口を振り返ると、丁度入り口そばにいたマイクロトフが、呆気に取られた表情で、「ど、どうしたんですか」とその音の発生源に声をかけていた。
「………フェイ?」
「おやおや……」
勢いよく開けた扉から駆け込んできたのは、彼らのリーダーであるフェイその人であった。
珍しくも怒ったような顔をしてマイクロトフをきっ、と睨み上げる。
「フリックさんはっ!?」
「え…フリックさんなら、そちらに―――」
マイクロトフの言葉が終わらないうちに、フェイはくるりと鍛錬場を見渡し、フリックとカミューに視線を向けると、さらに怒ったような顔をした。
「フリックさん!!」
スタリオンもかくやというスピードでフリックの元に走り寄り、思わず後ずさるフリックに詰め寄る。
今日はなんだか珍しい光景ばかり見ているなあ、とカミューは呑気に一歩引いてその様子を見ていた。
「お、落ち着け、フェイ、どうしたんだ?」
今にも襟首引っつかんでがくがくゆすぶりそうなフェイの剣幕に、フリックは顔を引きつらせながら訊ねる。
「フリックさんっ!一体、リュウトさんに何を言ったんですか!!」
唐突な言葉に、フリックだけでなく、カミューも、そして彼らに歩み寄ってきていたマイクロトフもとっさに対応できずに、「はっ?」という顔をした。
「…………マクドールさんが、どうかしたんですか?」
三人の中で一番適応能力の高いカミューが数秒で立ち直り、肩で息をするフェイに質問する。フェイは、カミューを見てむっとした様子で答えた。
「リュウトさん、すごくすごく打ちひしがれていたんですよっ!『昔の仲間よりも今の仲間の方が大切だよね…』って、すごく悲しそうな顔で!!一体、何があったんですかっ!フリックさん!!」
最後はフリックに向かって言う。どこをどうしたらそんな展開になるのか訳がわからず、フリックは動揺した様子でフェイに言った。
「と、いうか、なんで俺―――」
「フリックさんに用があるって出かけて、戻ってきたらそんな感じだったんです!」
「な……っ。今どこにいるんだ、リュウトは」
「帰っちゃいましたよっ、グレッグミンスターに!!」
「なんだってーっ!?」
さっぱり訳がわからずに、フリックは頭を抱えた。
「一体、なんだっていうんだよ、リュウトのやつ…」
突飛な行動は解放戦争時代で慣れていたつもりのフリックでも、やはりついていけないところは多々あるようだ。
カミューは「うーん…」と思案顔で首をひねった。なんとなく―――リュウトの行動の意味がわかりかけてきたような気がする。
「とにかく、」
頭を抱えたままのフリックと、いまだ険悪な雰囲気を身にまとうフェイ、そして何がなんだかわからずにおろおろしているマイクロトフが一斉にカミューを見た。三人三様の視線を受け、カミューはにっこりと笑って言った。
「ここで話していてもしょうがありませんし。グレッグミンスターに行きませんか?」



チク、タク、チク、タク…と、立派な応接室の中にやけに時計の針の音が響き渡る。
いつもならば、そんな音は全く気にならないのに、と出された紅茶のカップを手に、ふうっと溜め息をついた。
それを見咎めたのか、正面に座る少年がひょいっと片眉をあげた。
「どうしたの、アレン?さっきから溜め息ばかりついてるけれど…」
口元は微笑んでいるのに、目が怖い。思わずアレンは「いいえっ、なんでもっ」と勢いよく首を振る。
「そう?」
ひどくかわいらしく首をかしげて少年は紅茶を一口飲んだ。そして、その青磁のカップを静かにおろす。
真っ直ぐにこちらを見てくる少年に、アレンは今度は心の中だけで溜め息をつく。
「非常に心苦しいのですが……その件に関して、俺からは何も言えません」
この場にいない相棒を恨めしく思いながら、先ほどから何度繰り返されたかわからない言葉を口にした。
「うーん…」
少年は少しだけ視線を落とし、唸った。そして、何かを決意したように、表情を引き締めて再び顔を上げる。
「こういう手は使いたくなかったんだけどね…。今、城勤めの女性といい仲なんだって?」
「〜〜〜〜〜げほっ!ごほっがほっ」
飲みかけていた紅茶が器官に入り、思わずむせこむ。その背中を、元凶のくせに少年は「大丈夫?」となでてやった。
「そっ、そういうこと、どこから聞いてくるんですか……」
言外に、しばらくグレッグミンスターから離れていたのに、というニュアンスを含めて言うと、少年は飄々とした様子であっさりと犯人の名前を口にした。
「ん?グレンシールからだけど?」
「―――あの野郎っっ!」
あまりにも薄情な相棒に、思わず涙が出そうになる。どうせあの男のことだから、少年と飲んだ時にでもそんな話をしたに違いない。
「それでね。そんな時に、アレンがモラビア勤務なんてことになったら、彼女、悲しむよね……」
少年が言わんとしていることを理解して、アレンはがっくりと肩を落とした。
つい一月ほど前から付き合い出した彼女とは、アレンが忙しいこともあって今でさえ五日に一度会えればいいほうなのだ。
それなのに…西の辺境のモラビア警護などに飛ばされたとあっては半年に一度帰って来れるかどうか。
正直言って、それはつらすぎる。
「そんな…そんな脅しまでして、知りたいんですか?」
うなだれたままアレンが呟く。
「うん。まあね」
あっさりと答える少年に、
「それでは、本人に直接聞けばいいじゃないですか」
とアレンが言うと、ふうっとものうげな溜め息をつき、少年は窓の外に視線をやりながら言った。
「いろいろとあるんだよ。人間関係って複雑だよね……」
その姿はどこか儚げで、少年をよく知らない人間ならば思わずその肩に手を置き、「悩みがあるならば言ってごらん、力になるから」と力づけたくなることうけあいだった。
だが、アレンは知っている。
「トランの英雄」と呼ばれ、この地を支配する帝国を打ち破り、新たな国を創り出したこの少年が見た目の大人しさを裏切った性格をしていることを。
知っているだけに悲しくもなるのだが―――。
「それで、教えてくれる気になった?なんで最近、フリックってばグレッグミンスターに来るたびにあの二人を連れてアレンとグレンシールに会いに来てるか」
まあ、君達が仲良かったのは知っているけどさ……とにこにこ微笑みながら続ける少年に、アレンは観念したように目を閉じた。
『頼むからリュウトにだけは言わないでくれよ?』と真剣な瞳でアレンに言った友人に心の中で詫びる。
友人、といってもそんな頼み事をされたのは初めてで、ようやく頼ってくれるようになったかと内心非常にうれしかったのだ。
それだけに、この裏切りを知ったら彼がどんなに落胆するか想像するだけで、胸が痛い。
それでも―――
(すまん…でも俺は、やっぱり自分の身がかわいいんだ……)
この少年はやるといったら本当にやる。自分と彼女の幸せの為に、アレンは胸の痛みを無視することにした。
あとで彼が「もういい」というまでひたすら謝りたおそう、と心に誓う。ついでに、自分のことをべらべら喋った相棒に鉄拳制裁を加えることもあわせて誓った。
目を開き、ものすごく楽しげな表情の少年を正面から見つめて、アレンは口を開いた。
「実はですね―――」


3.

「え!?いないのか?」
「ええ、少し前に人に会いに行くと…すみませんねぇ、わざわざ遠いところから来てくださったのに…」
恐縮したように苦笑する金髪の青年に、フリックは慌てて首を横に振った。
「あ、いや、いきなりこっちが来たんだから…そんなに気にしないでくれ、グレミオ」
「多分そんなに遅くならないと思いますけれど。お時間が大丈夫なようでしたら、中でお待ちいただけないでしょうか」
「うーん、そうだなぁ…」
二人の青年のやり取りに、フリックの少し後ろに立っていたフェイはふぅっとばれないように溜め息をついた。
「なあ、フェイ、」
そんなフェイの様子に気づくことなく、フリックが振り返り、声をかけてくる。フェイは無言のまま、視線を上げてフリックの顔を見た。
「あのな、俺、リュウトを待ちたいんだが……いいかな?」
少し眉を寄せ、考え込むように言うフリックに、フェイは肯いた。
「構いませんよ。僕もリュウトさんとお話したいから一緒に待ちます」
そう言ってから、内心フェイは苦笑した。我ながら、機嫌の悪そうな声だ、と思う。これでは、「今僕は不機嫌です!」と公言しているようなものだ。
案の定、グレッグミンスターまで同行してきたローレライは、「触らぬ神に祟りなし」といわんばかりの顔をして一歩フェイ達から離れたところで口を開いた。
「じゃあ、私は自分の用事を済ませてくるわ。終わったらここにくるから」
「わかりました、ローレライさん」
よっぽど早くこの場から離れたかったのだろう。フェイの言葉が終わらないうちに、ローレライは「じゃっ!」と片手を上げて足早にマクドール家の前から立ち去っていった。
「さて……では私たちもご一緒に待たせていただきましょうか」
背後から聞こえてきた残りの同行者の言葉に、フェイは機嫌が急降下するのを感じた。
無意識のうちに、ぎゅっと握り拳を作る。
(せっかく…せっかく、フリックさんとゆっくりできると思ったのに…っ。シュウさんの馬鹿っ)
今回の同行者を決めた軍師に心の中で悪態を吐く。
こっそりと背後を振り返ると、にこにこといつものように顔に笑みを浮かべた元赤騎士団長とばっちり目が合ってしまった。
フェイの視線に気づいてカミューは、一瞬「おや?」という顔をして、それからにっこりと笑みを深くする。
文句無しに美しい笑みの中に、「ちゃーんと分かってますよ。ふふふ…」とにんまり微笑むカミューの姿が見えるようで、フェイは思わずむっとした顔で前に視線を戻した。
本拠地の池の側でフェイが泣きついたあと、リュウトは『ちょっとフリックと話してくるよ』と立ち去り、そして二十分もたたないうちに足早にフェイの部屋にやってきた。
珍しく不機嫌そうな顔で『僕、これからグレッグミンスターに戻るから』と言い残し、話の展開についていけてないフェイを置いてさっさと部屋を出て行った。
『え、ちょっと、待ってください―――』
思わず呼び止めたフェイの声に、リュウトは階段を降りかけながら振り向き、ぴしりとフェイを指差した。
『フリック連れて、グレッグミンスターに来てね。待ってるから』
ついでに、二人っきりでおいでよ、そのほうが君的に嬉しいだろう?と付け加え、今度は振り返ることなくリュウトは階段を下りていった。
『―――そ、そうか、その手があったか…』
思わずフェイは感心してしまった。本拠地でフリックを独り占めできないのならば、独り占めできるシチュエーションを作ればよいのだ。
リュウトのアドバイスを元に考え出されたフェイの案はこうだった。
@リュウトがグレッグミンスターに帰ったと聞けば、フリックは彼を訪ねに行かざるを得なくなる。
Aもちろん、フェイもなんだかんだ言って同行する。
Bそうすると済し崩し的に、フリックとゆっくり一緒にいられる時間が作れる!
というフェイにしたら見事な三段論法を考え付き、軍師にグレッグミンスター行きを告げたのだ。
この場合、同行者が誰になるかでゆっくりフリックに構ってもらえるかが変わってくるので、同行者選びには最新の注意を払うつもりだった。
だが。
ローレライはともかく、蓋を開けたら一番今同行してほしくなかったカミューとマイクロトフ両名がメンバーの中に入っていた。
『グレッグミンスターまでの道のりはけっこうモンスターが強いのでしょう?現在ここにいる中でもっとも頼りになるメンツといったら彼らしかいません』
メンバーを変えたい、というフェイに、軍師は渋い顔をしてそう言った。それでもなお変更したがるフェイに、『そのメンバーがおいやなら、グレッグミンスター行きは認められませんね』と、恐い顔でいわれてしまい、しぶしぶ引き下がったのである。
もともと用があると言っていたローレライは特に問題がない。もう一人のメンバー、クライブもいつも目的地に着いてしまうとふらりとどこかへ行ってしまうので、帰りの時刻さえ教えておけばそれまでの間は一人でぼうっとしているだろう。現に、グレッグミンスターへ着くや否や、クライブの姿は忽然と消えていた。
(あ…そう言えば今回は帰りの時刻言ってないけれど、大丈夫かな…?)
とフェイは思わないでもなかったが、まあ子供じゃないんだから大丈夫だろう、とあっさり心配するのを止めた。
問題は今ここにいる二人だ。正確に言えば、カミューが問題なのだ。
先ほどの笑みからわかるように、カミューは十中八九フェイの考えを見抜いている。
見抜いた上でこの場に残る、ということは、暗に「フリックさんを独り占めさせませんよ、ふふふ…」と言っているようなものだ。
「二階の客間でお待ちください。あ、すぐにお茶も出しますから―――」
「おいおい、あんまり気を使わなくていいぞ?」
いそいそと台所へ向かうグレミオの背中に、呆れたようにフリックがかけた声でフェイは我に返った。
ここまできて、目的を果たせないのでは意味がない。フェイは強硬手段に出ることにした。
「フリックさん―――」
斜め前に立つフリックの腕をぎゅっと握りしめ、そう言うと、フリックが「なんだ?」という顔をして振り返る。フェイは真っ直ぐ彼の瞳を見つめた。
「僕、フリックさんに―――」
その時、不意に背後から声をかけられた。
「おやっ!?そこにいる青ずくめはフリックじゃないか!グレッグミンスターに来ていたのか!」
唐突な言葉に、フェイは出鼻をくじかれてむっとした。いったい誰だと振り返る。
艶消しをした銀のプレートアーマーに鮮やかな緑色のマントを身につけた男が大きな紙袋を左手に抱え、右手をぶんぶんと振っていた。
「これはグレンシールさん」
男の名前を口にしたのは、カミューだった。声をかけられたフリックは「青ずくめ…」とボンヤリ呟いて、がっくりと肩を落としている。
大またでフリックたちに近づいてきた首都警備隊左将軍、”雷撃将"グレンシールは、そのカミューの声で、一緒にいるのがカミューとマイクロトフだと認識したらしく、手を上げた。
「おや、これは、カミュー殿にマイクロトフ殿までご一緒で」
フリックの青に気づきながらマイクロトフの青や、それよりも派手なカミューの赤が目に入っていなかったのかと、フェイは思わず疑問に思ってしまう。
「お久しぶりです、グレンシール殿」
と律儀に頭を下げるマイクロトフに、グレンシールは挨拶を返しながら首をかしげた。
「三人一緒、ということは、また訓練場で―――」
「グレンシールっ!」
慌ててグレンシールの言葉をさえぎるフリックの必死の形相に、グレンシールは「ああ、すまん」と肩をすくめた。
「そう言えば、内緒だったな。でも別にリーダーズがいなければそんなに問題はないだろう?」
「ああああっ!なんでお前はさらっとそういうこと口にするかなあっ!!」
目の前に該当者がいるのに、と頭を抱えるフリックに、グレンシールはひょいっと眉をあげた。
「おっと、これはフェイ殿……申し訳ありません、でかいのが三人もいたので気付きませんでした」
「で、でかいの……」
今度はマイクロトフが絶句した。「間違いなく、でかいだろう、お前は」ととどめを刺すようなことをさらりと言って、マイクロトフの肩をカミューがぽん、と叩く。
そんなやりとりをバックに、フェイは「いったい何事…?」と首をかしげた。
リーダーズ、というのはフェイとリュウトのことだろう。本拠地にリュウトと共にいると、トラン解放戦争にも参加していた仲間に時折一まとめで「リーダーズ」と呼ばれることもあるから、おそらく間違いないだろう。
しかし……「内緒」とは何事だろう?
ちらり、と上目遣いに隣に立つフリックを見上げると、その視線に気づいたらしく、フリックも視線を斜めに落とした。フェイの黒い瞳と、フリックの蒼い瞳がかっちりと合う。
「……………………僕たちに内緒、って、なんのことですか?フリックさん」
顔に笑みを浮かべてそう言うと、フリックは顔を引きつらせて首を横に振った。
「いやっ!なんでもないぞ!内緒だなんてそんなことっっ」
「……………………めちゃくちゃ無理がありますよ、フリックさん…」
明らかに内緒にしている事がありますとばればれな態度に、思わずカミューが額を押さえた。
「ねぇ、フリックさん………」
フェイはこの機会を逃してなるものかとばかりに、にっこりと顔に満面の笑みを浮かべてフリックに一歩近づいた。
そのフェイに押されるように、フリックはじりっ…と後退する。
「そんなに内緒にしておかなければならない事、あるんですか?」
「いや…内緒というか…なんというか、ほら、」
しどろもどろに何とか言い訳をしようとするフリックに、フェイはとどめとばかりに、
「今度、レベルアップの遠征に出るんですけれど、フリックさんとニナ、一緒に連れて行きますよ?」
と言うと、フリックは表情を強張らせた。だらだらと冷や汗をかくフリックに、「この勝負、勝ったな」とばかりにフェイがにっこりと笑う。その笑みを見て、フリックはようやく口を開いた。
「お、お前……やっぱりあいつの悪影響、受けてないか…?」
心底悲しそうな顔をしてそんな事を言うフリックに、「目指せ!トランの英雄リュウト・マクドール」というスローガンを掲げているフェイは「もう少し喜んでくれてもいいのに…」などと思ってしまった。
そんな事を考えているとはきっと気付きもしていないフリックは、がしっとフェイの両肩をつかんで真顔で言った。
「いいか、フェイ。今ならまだ間に合う!まっとうなリーダーとして……いいやっ、まっとうな人間としての人生を歩みたいならば、あんな歩く爆弾みたいなやつの影響を―――」
「なんだかずいぶんな言われようだけど……そんなふうに僕のこと思っていたんだねぇ」
フリックは言葉を途中で遮られ、しかも遮った声の主がわかった瞬間に硬直した。
当然フェイもそれが誰だかわかり、ひょいっとフリックのからだの向こうに首を出す。
カミューとマイクロトフに歩み寄っていたグレンシールの横に、小柄な少年が腕を組んで立っていた。
「リュウトさん、こんにちは〜」
呑気にフェイが挨拶すると、リュウトもにっこり笑って「いらっしゃい」と返してくれる。
「とりあえず、入ってお茶でも飲まない?」
風雲城とはうってかわって明るい笑顔を振りまくリュウトに、カミューは「おや」と眉をあげた。フェイもその変わりように気付き、「?」という顔でリュウトを見る。
リュウトはにこにこと笑いながら、傍らのグレンシールを見上げた。
「グレンシールはとりあえず早く城に帰ったほうがいいよ?」
その言葉に、グレンシールは少しだけ訝しそうな顔をした。
「……私は、お茶には呼んでいただけないのでしょうか、リュウト様?」
「うーん、そういうわけじゃないけど。ただ、城でアレンが君のこと、捜していたから早く戻ったほうがいいと思うんだ」
「アレンが…?なんだ、一体」
うーん、と唸るグレンシールの右腕をぽんぽん、と叩き、リュウトは「ほらほら」と促した。
「それでは、失礼します、」
リュウトとフェイに軽く頭を下げ、グレンシールは言葉を続けた。
「城に顔を出してくださるとアレンも喜ぶと思います。よろしかったらいらして下さい、カミュー殿、マイクロトフ殿」
「ありがとうございます。是非うかがわせていただきますよ、グレンシール殿」
にっこり微笑み、カミューがそう言う。マイクロトフも傍らで頭を下げた。
歩み去って行くグレンシールを見送り、「さて、」とリュウトがフェイの元に歩み寄り―――そして眉をひそめた。
「―――ちょっとフリック、いつまで固まってるのさ」
未だ硬直してフェイの肩をつかんだままのフリックの背中をばしっと叩く。
「いってぇ……なにするんだよっ」
本気で痛かったのだろう、目尻に涙を少し浮かべてフリックががばりと後ろを振り返り、リュウトに詰め寄ろうとした。
その時。
「協力攻撃、だって?」
リュウトの言葉に、フリックは伸ばしかけていた手を止めた。
「協力……?」
フェイは唐突なリュウトの言葉の意味が分からず、そのまま問い返す。
「そ、協力攻撃。今回のキーワードだね」
「???」
ますます訳が分からずに、フェイは説明を求めてフリックを見た。
フリックは、伸ばしかけた手をそのままに、「聞いたのか…?」とリュウトに問い返す。
「うん。ばっちりと」
「アレン、だな?」
「…まあ、想像に任せるけど」
思い切り首を縦に振ったリュウトに、フリックは伸ばしかけていた手をのろのろと引き戻し、そのまま顔の下半分を覆った。
「恥ずかしいだろう…畜生」
何故か顔を赤らめながらフリックが横を向いてぼやくと、リュウトは笑いをこらえた顔で首を横に振った。
「そ、そんなことないよ。―――っぷっ」
思わず、と言ったように吹き出し、リュウトはフリックとは別の方向に顔を向けた。
「笑うなよ!本人にとっちゃ、けっこう真剣な悩みだったんだからっ!」
真っ赤な顔で怒鳴るフリック。リュウトは肩を震わせ、何とか笑いをこらえようとしている。
さっぱり話についていけず、フェイはカミュー達を振り返る。騎士達はお互い顔を見合わせて「ばれてしまったか」という表情をしていた。
「―――だから。一体何なんですか?」
説明を求めてとりあえずリュウトに声をかけると、「ああ、ごめんごめん」と涙がにじんだ目元をぬぐい、「実はね、」と口を開いた。
「おいこら!話を広げるなっ!」
慌てて止めようとするフリックに、「今更だよ」とリュウトはあっさり言う。
「フリック達、新しい協力攻撃を考えていたんだってさ」
「新しい、協力攻撃…?」
確かフリックとカミュー、マイクロトフの三人は強力な連携技を持っている。三人で続けざまに敵に斬りかかる、非常に攻撃力のある技だ。誰が名づけたのか、その名も「美青年攻撃」。……どう考えても女性陣の考えだろう。
「それなのに、また何か……?」
フェイの疑問に、フリックは目をそらしたまま答えてくれなかった。カミューも微笑んだまま、口を開こうとしない。マイクロトフも、どこか恥ずかしそうな顔でうつむいている。
「フリックさん?」
再度フェイはフリックに詰め寄った。ここまで言っておいて、この先は無しなんてことははっきりいって御免だった。
じっと黙ってフリックを見つめていると、その視線に根負けしたのか、フリックははあっと溜め息をついた。
「……いやだったんだよ」
ぼそり、とそれだけ言うフリックに、リュウトは「それだけじゃわかんないだろ」と突っ込む。その言葉に、フリックは諦めたのか、やけになって言い捨てた。
「あの恥ずかしい呼び名!どうにかしてやめさせたかったんだよっ!」
「………………………………………………………………は?」
思わず目が点になるフェイに、とうとうリュウトが爆笑した。
「だっかっらっ!笑うな、お前は!!」
お腹を抱えて座り込んでひーひー息を切らせてまで笑い続けるリュウトの頭を拳骨で殴り、フリックが叫ぶ。
「だってさ…ぷっ、くくくく…」
「だあああっ!もういい、勝手に笑ってろ!!」
「……それだけ、だったんですか?最近いつもいつもカミューさんとマイクロトフさんといたのって…」
呆気に取られてフェイが呟くが、ぎゃあぎゃあ騒いでいるフリックの耳には届かなかったようだ。
かわりに、そばにいたカミューがにっこりと笑う。
「ええ、そうですよ。一日も早く何とかしたい、とフリックさんたってのお願いだったので。―――いくら我々が仲がいいからって、あなたをないがしろになんかしませんよ、あの人は」
カミューの言葉に、フェイは「あはは」と笑って頭をかいた。―――しっかりと、ばれていたようである。フリックがかまってくれないので拗ねていたフェイのことなど。
「なんの話だ、カミュー?」
相変わらず鈍感なマイクロトフは、訳がわからないといったように首をかしげた。
「いいや、なんでもないよ、マイクロトフ」
にこにこと言われてしまい、それ以上は突っ込んでも無駄と思ったか、マイクロトフは不思議そうな顔をしながらも「…わかった」と言い、それ以上追求はしなかった。
いまだ笑いの収まらないリュウトとそれに赤い顔をしながら何か言い立てているフリックの騒ぎを聞きながら、フェイはとりあえず最近気持ちをもやもやとさせていたことがひとつ解決し、心底ほっとした。
「…とりあえず、一件落着、かな?」
自分で勝手に誤解して事態を広げたことを棚に上げ、フェイはすがすがしい笑みを浮かべた。


翌日。
あの騒ぎの中でリュウトにバラしたのがアレンだとわかり、フリックは文句のひとつでも言いにいこうと城へ向かった。
中庭に差し掛かったとき、視界にひらりと緑色のものが飛び込んできた。
おそらくあれはグレンシールのマントだろう、と思い、フリックがそちらに足を向けようとした瞬間。
「おいっそれは待てっ!…って俺が悪かったから落ち着けっ!!」
めずらしくも切羽詰ったグレンシールの声が耳に飛び込んできた。
「うるさいっ!お前のせいで俺は愛と友情の狭間で悩む羽目になったんだ!!喰らいやがれっ!”最期の炎”!!」
轟っという音を立てて赤い火柱が立ち上る。
「うわあああああああっ」
「………また日を改めよう」
二人の会話から、なんとなく事情が飲み込めた。どうせまたグレンシールが余計なことを言ったことがきっかけでアレンが不幸な目に会ったのだろう。
「あいかわらずだなぁ、あの二人も………」
そうぼやきながら、フリックはそのまま踵を返して城を後にした。
今日はフェイの要望で、一日彼に付き合うことになっているのだ。
さてなにをするか、と空を見上げながらフリックは考え込む。
楽しいことを―――と考えたところで、ちょっとでも目を離すとなにをしでかすかわからないリーダーといればきっと退屈だけはしないだろう、ということに気づき、おもわず笑ってしまった。

「もうリーダーズに隠し事なんかするな。、とばっちりがこっちにくるから」、と―――後日包帯でぐるぐる巻きになったグレンシールに言われ、フリックは苦笑するしかなかった。


fin...

■あとがき■

last update 2000/07/28-08/15