■キリ番 14000/えいむ様■
Let's cook !
それは、他愛もない一言から始まった出来事だった。 休戦協定が結ばれて、少しだけ平和が訪れた都市同盟軍本拠地・風雲城。 お昼時のハイ・ヨーのレストランは、戦時中でも休戦中でも変わらぬ混み具合であった。 「うわあ、混んでるねぇ。座れるかな?」 ナナミは背伸びをしながらレストランの入り口で中を見渡した。レストランは、部屋の中だけでなくテラス席までもがほぼ満席である。 いつもならばここまで混む前にナナミはレストランに足を運ぶようにしているのだが、今日は少し遅れてしまったのだ。 「ごめんねナナミ。僕が色々やってたから」 恐縮したような表情で、ナナミの後ろに立っていたフェイが謝る。それにナナミは「いいのよぅ」と慌てて首を横に振った。 「だってお仕事だもん。しょうがないじゃない」 若干15歳ながら、ナナミの弟のフェイは、この城の城主―――同盟軍の盟主なのである。忙しくてもしょうがない。だがそう言いながらも、ナナミの表情は険しかった。 「でも、お昼食べられないと………ナナミ、あ……じゃなくてつらいでしょ?」 『暴れるでしょ』と言いかけて、慌ててフェイは言葉を変えた。実際は心底おなかがすくとナナミの機嫌は急降下するので、暴れるが正しいのではあるが。 幸いなことに、ナナミは空き席を見つけるほうに集中していたので、フェイの不自然な言葉運びに気がつかなかったらしい。 「そーねぇー」と生返事を返しながら、諦めきれずに中を見ていると、視界の端でなにか赤いものがちらついた。 「あ、」 目をやれば、窓際の4人席に座っているカミューの手が、ナナミに向かって振られていることがわかる。その隣にはフリックが座っている。ということは、こちらに背を向けて座っているのはおそらくマイクロトフとビクトールだろう。 なんだろう、と思いながらもナナミも手を振りかえした。 ナナミが認識したことに気付いたらしいカミューが、にっこり笑って今度は手招きをする。 「?なんだろ」 その言葉に、フェイも同じ方向を見て首をかしげた。 「なんだろうね」 すると、カミューの隣に座っていたフリックが、同じように手招きした。これはどう考えても二人を呼んでいるとしか思えない。 「……とりあえず、行ってみる?」 「そうだね」 ナナミとフェイは顔を見合わせ、混み合っている店内を横切り、窓際の席までたどり着いた。 「よう、」 たどり着くなり、軽く手を挙げてビクトールが声をかける。ビクトールの目の前には、ひとり分の昼食量とは思えないほどの皿が積み重なっていた。 「なんですか、呼んでたみたいだけど」 相変わらずの食欲だなあ、と感心しながらのフェイの問いに、ナナミも頷く。その言葉に、カミューがにっこり笑いながら席を立った。そして、優雅な手つきでナナミに片手を差し出す。 「ナナミさん、どうぞこちらのお席をお使いください」 「え、え、え、何?」 反射的に手を差し出したナナミの手をそっと握ったカミューは「さあさあ」と言いながらナナミを今まで自分が座っていた席に座らせる。 「え、えっと?」 まだよく事態がわかっていないナナミの前に座っていたマイクロトフも立ち上がり、同じく事態を理解していないフェイを振り返った。 「フェイ殿もどうぞこちらに」 「え、だって二人とも、まだ食事中じゃ、」 そう言うと、「いいえ、もう済みましたから」と返事が返る。よくよく見れば、二人の席にも既に空になった皿が置かれていた。ビクトールの目の前の皿に気をとられ、気がつかなかったのである。 「ちょうど席を立とうかと言っていた時に、お二人の姿が見えたので。この混み具合では、テーブルごと空くのは時間がかかりそうですから、こちらを使ったらどうかと」 「ほんと?ありがとう!!」 ようやく事態を理解したらしいナナミが、カミューとマイクロトフに笑顔を向ける。その心底嬉しそうな表情に、周りの人間はつられて笑った。 「それでは、我々はお先に失礼します」 ナナミとフェイ、それからまだ席に残るフリックとビクトールへ軽く頭を下げ、カミューが先に歩き出す。 「フリックさん、後ほど鍛錬場で。それでは失礼いたします」 こちらはきっちりと頭を下げて、マイクロトフもカミューの後に続いた。 「……相変わらず、生真面目だなあ……」 思わず、といった口調でフリックがそう呟く。ビクトールは特に気にした様子もなく、ナナミとフェイにメニューを手渡した。 「ほら、何食うか決めな」 「ありがとう、ビクトールさん。でもね、もう決めてるんだ!」 うきうきした様子のナナミに、「ああ?」とビクトールが訝しげな表情をする。それに答えず、ナナミは「すみませーん」と元気よくウェイトレスに呼びかけた。 「ナナミ、何にする気なんだ?」 フリックの不思議そうな顔に、フェイは「実はですね、」と声を潜めた。その様子に思わず耳を寄せる二人。 「……『本日のオススメ』コースについてくる、ハイ・ヨーさん特製プリンがナナミの目当てなんです」 「……プリン?」 それは昼食のお目当ての品になるのだろうか?と男二人は首をひねる。そんな二人に「女の子の中で、最近イチオシらしいですよ」とフェイは説明した。 「はあ、そんなもんなのか?」 分からない、といった表情のビクトールに、耳ざとく反応したナナミが「そんなもん、じゃないわ!」とぴしりとビクトールに指差した。 「ユズちゃんのところで愛情込めて育てられた鶏の産みたて卵の黄身の部分だけを贅沢に使い、サウスウィンドウの南部でしか取れない黒糖で上品な甘さを醸し出し!さらには、窯でじっくりと香ばしく焼いたプリンを『そんなもん』なんて言葉で表してもらっちゃ困るわ、ビクトールさん!」 「うわ、すまんすまん」 あまりの勢いにビクトールは反射的に謝る。「はい落ち着いてー」と冷静にフェイはナナミの肩を叩いた。とりあえず一通り主張し終えたナナミは「それもそうね」とあっさりと頷く。 「……そ、それにしても、そんなに何度も食べたくなるほど美味しいのか、そのプリン」 慣れているとはいえ、突発的に爆発するナナミの勢いに押されながらも、フリックはとりあえず話を続けようとする。その言葉にナナミはあっさり「そうみたい」と答えた。 「……『そうみたい』?ってことは、ナナミはまだ食べたことないのか?」 あれだけプリンについて事細かに説明していたので、てっきり食べたことがあるものだと思っていたフリックは、意表をつかれて目を丸くした。 そんなフリックの様子など気にした様子もなく、ナナミは力強く「うん!」と頷く。 「だから、絶対食べてみたいのよね。うふふふ〜〜〜〜楽しみ〜〜〜〜」 まだ食べたことのないプリンの味を想像して、ナナミはうっとりとした表情で呟く。それを見ていた男三人は「そこまでしてプリンって食べたいものなのか?」と一様に内心でツッコミをいれていた。 そんなやりとりをしていると、厨房の方からチャイナ服姿のウェイトレスがやってきてにっこりと笑った。 「お待たせいたしました!ご注文がお決まりですか?」 「はいはい。決まりました。わたしは『本日のオススメ』コースでお願いします。プリン、まだありますよねっ!?」 勢いよく手を挙げたナナミにひるむことなく、ウェイトレスは営業スマイルを浮かべた表情で「大丈夫ですよ」と注文表に書き込んだ。 「じゃあ僕は――――」 「フェイも一緒に『オススメ』にしよっ!ね?ね?」 ナナミはそう言ってフェイの言葉を遮り、メニューを弟の手からすいっと引き抜いた。「『オススメ』ふたつでお願いしますねっ!」と勝手にウェイトレスに注文してしまう。 「………ナナミ……」 ため息をつきながら、フェイは姉を見た。その責めるような視線に、ナナミは「なっなによぅ」と動揺した表情をする。 「べっ、別にプリンがほしかったからじゃないのよ、フェイにも美味しいプリンを一緒に味わってもらいたいと思っただけなのよ、本当にそうなのよっ」 早口で捲くし立てるナナミに、「そりゃほしいって言ってるのと同じだぞ」というビクトールの突っ込みが入る。 「……ほしいならあげるから、落ち着いて、ね?」 「だーかーらー!ちがうもんっっ」 「じゃ、全部僕ひとりで食べちゃっていいんだね?」 「うっ」 あくまで否定しようとするナナミを軽くいなして、フェイは肩をすくめる。言い負かされたナナミはちょっとだけ寂しそうな表情でじぃっとフェイを見た。 その悲壮感さえ漂う視線に、「一口だけ味見したら、残りあげるから」とフェイが苦笑しながら言うと、途端にナナミの表情が明るくなる。 姉弟のやりとりを見ていたビクトールとフリックは、フェイと同じようにやれやれといった調子で肩をすくめた。 「お待たせいたしましたー。デザートのプリンになります」 ウェイトレスの言葉に、はじかれたようにナナミが顔を上げた。 サラダ、パン、本日のメイン(トラン産サーモンのムニエル柚胡椒風味)と続き、ようやく最後のデザートまでたどりついたのだ。 ナナミにとってのメインディッシュはこのプリン。長く待たされただけ、期待も高まっている。 ウェイトレスが運んできたプリンが、ナナミとフェイの目の前に置かれた。純白の皿に、硝子の器が置かれている。そしてその硝子の器の中に、待望のプリンが鎮座していた。 「いっただっきまーーーーすっ」 プリン用のスプーンを手に取り、ナナミがうきうきした調子でそう言った。フェイも、「とりあえず、味見だけ…」とスプーンをプリンへ向ける。 スプーンの進入を受け、ぷるん、と震えるプリンを楽しそうに見ながらナナミは口にプリンの欠片を運んだ。 ナナミがあまりにも待ち遠しそうだったので、食事が終わったというのについつい席に残っていたフリックとビクトールは、どきどきしながらナナミの反応を待った。 しかし、ナナミは数回口を動かしただけでぴたりと動きを止めてしまった。しばらく待つが、何の言葉も発さずに、じぃっとプリンを凝視する。 そんなナナミに、しびれをきらしたフリックが首をかしげた。 「……どうした、ナナミ?美味しいんじゃないのか?」 その言葉に、ナナミではなくフェイが首を捻りながら答えた。ナナミは相変わらず無言でプリンを見つめている。 「うーん……確かに、美味しいですよ、とっても。でもなんかこう……」 どうやらしっくりこないらしいフェイに、ビクトールが「どれどれ」と自分のスプーンでひょいっとプリンをすくって口に運ぶ。 「……うん、美味いな。さすがハイ・ヨーだぜ」 あっさりとそう言うビクトールに、フリックは「お前、なんでも美味いっていうだろ」とつっこんだ後、やはり同じようにフェイのプリンに手を伸ばした。 ほろ苦い黒糖のカラメルに、ほどよく甘いこくのあるプリン。窯焼きしたというだけあって、表面はこれまた香ばしく焼かれていて、それでいて口の中にいれるととろけていく。思わずじっくりとプリンを味わいながら、「……美味しいぞ」とフリックは言ってナナミを見た。 「なにがひっかかってるんだ、ナナミ?」 フリックの問いに、ようやくナナミは顔をフリックに向けた。そして、口を開き。 「…………………………………………………………………………………………前に、砦で食べたフリックさんのプリンの方が、美味しいよう…………………」 「は?」 「へ?」 「あ」 三人三様の声があがる。その中で、それだ!とフェイも手を打ってフリックを見た。 姉弟の反応に、フリックは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。 「なんだお前、そんなもんまで作れるのか?」 ビクトールはビクトールで、意外に器用な相棒に多少呆れた口調でそう言う。料理ができるのは、旅をしている間に知ったことだが、それはあくまで男の作る料理。まさか甘味物まで作れるとは、思っても見なかったのだ。 「そういや、前に一度だけ、おやつ用にプリン作ったことあったけど……」 確か、傭兵隊の砦にいた頃。ビクトール達の部隊が仕事に出ている間、フリックとナナミ達が留守番で残ったことがあった。 その時に、「おなかすいたよー」と言うナナミとピリカの言葉に、貯蔵庫の中にあったもので適当におやつを作ったのだ。 だがしかし。 「どう考えたって、あれよりこれのほうが美味しいぞ」 これ、とハイ・ヨーのプリンを指差してフリックが言うと、ナナミではなくフェイから否定の言葉が飛んで来た。 「いいえ、何か違和感があると思ったんです。確かにハイ・ヨーさんのプリンは美味しい。だけどそれよりも、前に砦で食べたフリックさんの素朴なプリンの方が、美味しく感じられるんですよ」 「そうそう、絶対そう!フリックさんのプリンの方が、美味しいよっ!」 自信たっぷりに言い切る二人に、「困ったなあ」という表情でフリックはため息をついた。 はっきり言って、あのプリンはみようみまねで作ったものだ。それを、超一流料理人のハイ・ヨーが丹精こめて作ったプリンと比較されても困る。 「へぇ、そんな美味いんだったら、俺も食べてみたいけどな」 食べ物だったら何でも食べる、呑気なビクトールの言葉に、フリックは「勘弁してくれ」とぼやいた。 そのとき。 「聞き捨てならないアルよ!」 「うわああ!?」 いきなり背後で叫ばれて、フリックは吃驚して振り返る。そこには黄色い中華服にエプロンをつけたこのレストランのオーナー・シェフであるハイ・ヨーが、腕を組んで立っていた。 「ハ、ハイ・ヨー……いつの間にっ」 気配を悟らせずに戦士の後ろを取るとは、と動揺するフリックに、ハイ・ヨーはぴしりと指を突きつけた。 「料理人たるもの、自分のつくったものより美味しいものと聞いたら、食べたくなるのが当然のことね!フリックさん!!」 「お、おうっ」 勢いに押されながらも返事をするフリックに、ハイ・ヨーは懐から紙と筆を取り出す。そして、さらさらと何事か書き付けて、それをフリックへ差し出した。 「これを受け取るがよろし!」 「な、なんだよ、これ」 反射的に受け取り、困った顔でハイ・ヨーを見上げるフリック。その手からビクトールが勝手に紙を引き抜き、それを広げた。 「なになに………『対決!どちらが美味しい?究極のプリン決定戦!』…………って、対決ぅぅ〜?」 ビクトールの言葉にいつの間にかフリック達のテーブルに注目していた観衆がどよめいた。 料理対決を迫られたことはあっても、自ら迫ったことはない同盟軍一のシェフの挑戦状。それは、よっぽどフリックのプリンが気になることに他ならない。周囲がそう思っても仕方がないシチュエーションであった。 「究極のプリン決定戦、ってことは……またフリックさんのプリンが食べられるの?」 重要な所はそこじゃない、とフリックは言いたかったが、それは周囲の悲鳴に遮られた。 「なになに!フリックさんの手料理が食べられるの!?」 「うっそぉぉぉ!ちょっとそれ、絶対審査員になりたい!」 「なによあんたなんか味オンチだから無理よ無理。ここはわたしが…」 「きーっっなんですってぇぇぇ!!」 あっという間に女性たちの黄色い声がレストランに蔓延する。どうやらフリックファンクラブの会員がいたらしい。もっとも、ニナがいなかっただけ、まだ静かだとも言えるが。 「そうかあ、フリックさんのプリン、あれ以来食べたことないし………」 なにやら考えながら言うフェイに、「おい……」と嫌な予感がしてフリックは声をかけた。料理対決なんて冗談じゃない。そう言いたかった。 しかし、そんなフリックの心のうちの叫びをあっさり無視して、にっこりと笑ってフェイは言った。 「じゃあ、十日後に、風雲城一美味しいプリンを決定しましょう!」 もちろん、ハイ・ヨーさんとフリックさん以外の人も参加可ですよ、とフェイは続けたが、周囲の歓声によってそれはかき消されてしまった。 「きゃあああ、フェイ様話がわかるぅ!」 「ちょっと応援の準備しなくちゃ!横断幕から作る!?」 「楽しみぃ!」 「よっしゃあ!!!」 「副長の手料理だあ!」 一部黄色い声だけでなく、明らかにドスの声も含まれていたが、フリックは目の前で爆弾発言をしてくれたフェイに気をとられていて幸いにも気がつかなかった。 「おい、フェイ、あのなっ」 抗議しようとするフリックだったが、ナナミと「楽しみだねー」と笑い合うフェイにどうしても強いことが言えず、口をぱくぱくと動かすだけだった。 「諦めろよ、フリック」 この事態を傍観者の立場で眺めていたビクトールが、苦笑しながらそう言った。それを睨みつけながら「お前も何とかいえよ、ビクトールっ!」と半ば八つ当たり気味に言う。 「そーだな。俺の分も作ってくれよ。食べてみたいから」 ぬけぬけとそう言い放ったビクトールに、フリックはテーブルに突っ伏した。 「…………………………………お前は、そーゆーやつだよな、そー言えば」 そして、誰にも予想できなかった料理対決が始まる―――― 『レディース、アンドッ!ジェントルマーン!!!』 マイクの音が、ざわめきの中に響き渡る。 料理対決の時に何処からともなく現れる、熱血司会者フー・タンチェン。 その男がこの風雲城をゆるがすほどの料理対決を見逃すはずはなかった。 一際明るい照明を照らされたステージの上で、心底嬉しそうにマイクを握る男は、大袈裟な身振りで自分の背後を指し示す。 『今回は!この風雲城一っ!いや、トラン一の究極プリンを決定する為に、こんな素晴らしい料理人がこのステージに立った!!』 「「「おおーーーー!!!!」」」 ノリにのったフー・タンチェンの言葉に、ギャラリーも大いに盛り上る。 「………っていうか、皆暇なのか?」 明るい照明に辟易しながらフリックはそうぼやいた。 料理対決の会場には、子供から大人まで、一般人から兵士まで、ありとあらゆる人々が集まってきている。 「どーしたね、フリックさん!よもや怖気ついたわけではあるまいね!!!」 「いや、もー、そーゆーことにしてもらっちゃってもいいかなあと思うくらいに、ここにはいたくないけどもなあ」 「むむむ……ッ!それは自信の表れと見た!そうきたら、こっちも真剣勝負で挑むね!」 フリックの心の底からの思いは、どうやら料理人魂に火がついて燃え盛っているハイ・ヨーには正確に伝わらなかったようだ。 げんなりとしながらフリックは「それならさっさと始めよう」とフー・タンチェンを促す。一刻も早くこの茶番を終わらせ、さっさとステージから去りたかった。 そんなフリックの様子に、フー・タンチェンは「ちっちっちっ」と指を横に振る。マイクをオフにして、さっとフリックに近寄った。 「駄目駄目、フリックさん。もっと盛り上ってくれなくちゃ、皆ががっかりしますよ?」 「盛り上るもなにも―――」 俺にどうしろと言うんだっ!と怒鳴るフリックに、「とりあえず笑顔で手でも振ってくださいよ」と無理矢理手をつかまれる。 「お、おいっ」 慌てて抵抗しようとしたが時すでに遅し。ぶんぶん、と勢いよく振られた手に、観衆はどっと沸き立った。 「フリックさーん!!頑張ってーっっ!」 「フリック様〜(はあと)!!!ステキ!!」 「副長〜頑張れ〜ついでに後で食べさせてくれよ〜」 「………勘弁してくれ、本当に……」 とほほ、と肩を落としたフリックとは反対に、フー・タンチェンはマイクのスイッチを再びオンにして叫ぶ。 『今回、初の料理対決に挑むのはっ!風のように舞い、雷のように刺す、天下無敵の傭兵"青雷"こと弓兵隊隊長のフリック〜〜〜っっ!』 「「「「うをおおおおお!!!」」」」 「……………………………………………」 もうどうにでもしろ、とフリックは半ばやけになってにっこりと笑う。 引きつった口元だけは隠せず、それを見た観客の中には「あ、けっこう駄目になってる」と少しだけフリックに同情する者が、苦笑して「頑張れ〜」と手を振って励ました。 会場の盛り上がりに満足したらしいフー・タンチェンは、今度はハイ・ヨーの手を取った。 『そのフリックに挑戦状を叩きつけたのは!挑戦を受けても自らは挑むことのなかった風雲城随一の戦う料理人っ!中華から洋風モノまでなんでもござれのハイ・ヨーだぁっ!!!』 『美味しいモノと聞いて黙ってるようでは料理人の名折れねっ!負けないあるよっ!!』 さっと向けられたマイクに、慣れた様子でハイ・ヨーはガッツポーズを取りながら気合十分の声を上げた。 それに観衆は大いに喜ぶ。 「「「「わああああああ!!!!」」」」 大音声が料理対決の会場に響き渡った。 それを見ながら、フリックは「この勢いがあれば、簡単に倒せそうだよなぁ……ハイランド」と呟く。 「それはなんか違うだろう」 独り言のつもりで呟いた言葉に応えがあり、フリックは驚いて背後を振り返った。そこには腕を組んで立つビクトールがいた。そして。 「……なんのつもりだビクトール」 心底不気味なものを見た気持ちになり、フリックは後ずさりながらそう言った。 「なんのつもりも、お前、この格好を見てわかんねぇとは思えないけどな」 そう言ったビクトールは、いつもの服の上に、真っ白いエプロンを腰に巻いていた。 例えて言うならば、魚屋の店長のようである。そう指摘すると、少しだけ憤慨した表情で「アシスタントだ!」と胸をはった。 「アシスタント?ハイ・ヨーのか?」 眉を顰めて言ったフリックの言葉に、予想通り「お前のだ」という返答が返る。 「いらん」 フリックは一言で却下した。そもそもたいした料理ではない。卵と砂糖と牛乳を混ぜ合わせ、窯で焼く。焼いている間にカラメルソースを作って、出来上がりを待つだけだ。 別にビクトールの料理の腕がどうこうという問題ではないが、横から手を出された方が、邪魔である。 「まあまあ、そういわずに、アシスタントを使ってくださいね」 いつの間にかステージに上がってきていたフェイが、エプロンを身につけながらにっこりと笑ってそう言った。 「僕もいつものようにハイ・ヨーさんのお手伝いをするんで。やっぱり条件は対等にしておかないと」 ね?とニコニコ笑いながら言うフェイにたいした反論もできず、フリックは不承不承頷いた。 「お前がそこまで言うならしょうがないな」 そう言ってフリックは背後を振り返った。「何から手伝えばいいんだ?」とどこかうきうきした様子のビクトールに、「とりあえず、これ割っていってくれ」とボウルいっぱいに入れられた卵を差し出す。 その光景を見守っていたフー・タンチェンは、マイクをオンにする。 『お待たせいたしました!!いよいよ世紀のプリン大決戦!ハイ・ヨーVSフリック!!!開始です!』 うををををぉぉぉぉぉという歓声があがる中、料理は開始された。 「いくアルよっ!」 卵が山盛りになったボウルをかかえたフェイにハイ・ヨーが声をかける。それに頷いたフェイは卵を1個づつ、ハイ・ヨーに向かって投げ始めた。 「とぉぉぉぉぉ!!」 宙を舞う卵を1個づつ掴み取り、大きなボウルの縁に軽くぶつけ、片手で割る。それを流れるような動きで全ての卵をボウルに割りあけていった。 「へぇ、さすがハイ・ヨー。おもしれぇ技持ってんなぁ」 思わず見とれていたビクトールの足元に衝撃が走り、思わずよろける。何事かと背後を振り返ると、コン、カパ、コン、カパ、と一定のリズムで黙々と卵を割っていたフリックが、目も上げずに的確にビクトールの脛を蹴り飛ばしたらしいことが分かる。 「お前手伝う気ないなら、とっとと客席に戻ってろ」 なんだかんだ言いながらも料理が始まったら真面目に取り組むフリックに、思わず苦笑しながらビクトールはフリックの隣に並び、卵を手に取った。 「うりゃっ!」 ビクトールの掛け声と共に、グシャ!っという音が重なる。その不吉な音に、フリックはぎょっとしてビクトールの手元を見た。 「あ」 「あ、じゃねぇだろうがっっ!力加減ってもんを知らないのかっ!お前は!!!!」 勢いよく卵をボウルの縁に叩きつけたビクトールの頭を容赦ない力でフリックは殴った。 「いってぇ!なにもそこまで怒らなくてもいいだろうがっ!」 「卵のひとつも割れないやつをアシスタントとは認めんっ!いいからすっこんでろ!!」 額に青筋を立てながら怒鳴るフリックに、思わずフェイが「落ち着いてくださいよ、フリックさん」と宥めにかかる。もちろん、フェイとハイ・ヨーのほうは全ての卵を割り終わっており、攪拌に入っている。 「掻き混ぜるくらいなら、ビクトールさんにだってできますから、とりあえず卵、割っちゃったほうがいいんじゃないんですか?」 「俺にだって、ってどういう意味だよ。フェイ。俺だって料理くらいできるぞ」 思わず抗議するビクトールに、フリックが卵を割りながら口を挟む。 「お前のは、できるっていうよりも焼くと煮るしかできないだろうがっ!」 「なにを!それだけできてりゃ十分だろ。砂漠越えの時に『美味しい』って言ってたのは何処の誰だっ!」 「あっ、あれは、他に食うものがなかったからだろっ!それに3日続けて食べたら、明らかに体力が落ちたぞ!一体何を入れてたんだ、お前はっ!」 だんだん話がずれていく二人に、フェイは頭を抱えた。しかし、よくよく見ればフリックの手は休むことなく卵を割りつづけており、その割った殻をビクトールが持っているごみ袋に投げ込んでいっている。 その連携プレーに、フェイもだが、観客も感動をしていた。さすが、腐れ縁。喧嘩をしていても連携がうまくいく、と。 最後の1個を割り終わった時、丁度ハイ・ヨーが卵を攪拌し終えた。あらかじめフェイが計っておいた砂糖を丁寧に卵に混ぜ始める。 「ビクトール、」 最後の殻を投げ込んだ後、フリックは顔も上げずにそのままボウルをビクトールへと投げつけた。もちろん、割り終わった卵がたっぷりと入った状態で、である。 さすがのフェイもこれにはぎょっとした。しかし投げられた当人は全く気にもせず、普通にそのボウルを受け取る。片手にはすでに攪拌器が握られていた。 「よっしゃあ!」 元気よく、ビクトールは攪拌を開始した。早い。とにかく、早い。はっきり言って、力技である。 その間に、フリックは砂糖を計り、必要量だけ取り分ける。さらにミルクも冷蔵庫から取り出した。 砂糖を入れた容器を持ってビクトールのそばに寄ったフリックは、卵の攪拌され具合を見定めて、掻き混ぜている最中にさっと砂糖を入れた。 ビクトールの攪拌させる手を止めないその技に、会場がどよめく。 そして、ハイ・ヨーがミルクを混ぜにかかるのとほぼ同時に、ビクトールもフリックへ手を差し出した。 「フリック、ミルク」 「おう」 さすがにミルクを入れる時には手を止めたビクトールに、フリックは円を描くようにミルクを混ぜ入れた。 絶妙なコンビネーションに、天才司会者として名高いフー・タンチェンも自分の仕事を忘れて食い入るように見つめている。 フェイですら、ハイ・ヨーを手伝う手を止めてしまっていた。ハイ・ヨーも、作業する手を止めずに二人の仕事振りを見て簡単のため息をついた。 「うーん、さすが。息がぴったりね」 あそこまでよいコンビネーションは、未だかつて見たことがない。料理人として、自分の腕を磨くことも大切だが、ひとりだけでなく共に作業できる心強い仲間がいれば、もっと多くの人に満足してもらえる料理を作れると知っているハイ・ヨーは羨ましく思えた。 しかしハイ・ヨーとて、料理人として、プロとして、負ける気はなかった。 「さー!窯にいれるあるね!」 綺麗に攪拌し、泡ひとつなく器に注いだプリンを鉄板にのせてハイ・ヨーが言った。その言葉にはっとして、フェイが振り向く。 「す、すみません、ハイ・ヨーさん。手伝わなくって!」 慌てて駆け寄ってくるフェイににっこり笑ってハイ・ヨーは言った。 「いいや、フェイさん、十分手伝ってくれたね。あとは、そこの窯を開けてくれるか?」 熱いから気をつけて、と言う言葉にフェイは頷き、ミトンを手にして窯を開ける。そこへすかさずハイ・ヨーが鉄板を入れて扉を閉めた。 「さあて。あとは、この間にカラメルソースを作るだけね!」 「はいっ!材料は計ってあります!」 元気よく答えるフェイの後ろで、フリック達もプリンを型に流し込んだ。 「お前、勢いよく流しすぎだっ!ほらみろ、気泡ができただろう!!」 「そんなもん、つぶしゃいいだろうが。細かいなーお前」 「俺が細かいんじゃなくて、お前が大雑把なだけだ!」 「なんだと!?」 喧々諤々と言い合いながらも、ビクトールがさっと開いた窯に間を空けずにフリックが鉄板を入れる。 「やっぱりすごいコンビネーションだよねぇ……」 窯の温度を下げないその早業に、改めてフェイがそう呟く。 「そうアルね。うちのレストランにスカウトしたいくらいアルよ」 「うーん。それはちょっと困るなあ」 仮にも大部隊を束ねる隊長だし、と本気で悩むフェイに、「たまにでもいいから貸してほしいね」と半ば本気でハイ・ヨーはお願いしておいた。 『さあ、そうこうしているうちに、どうやら両者とも仕上げの段階にきたようだっ!!!』 ついつい見とれて実況を忘れていたフー・タンチェンの言葉通り、カラメルソースを作り上げた両者は窯を開けた。 そこから取り出された型をひっくり返し、皿へと取り出す。 ぷるん、と滑らかな表面をしたプリンが硝子の皿の上で震えていた。 「む。完璧ね」 そう言ってハイ・ヨーはにっこり笑い、カラメルソースをそっとプリンの上からかける。そしてミントの葉を飾り、フェイと顔を合わせる。そして「「完成!」」と叫んだ。 一方フリックの方も、窯から取り出したプリンを皿に空ける。 「カラメルソース、っと」 プリンから目を離して、ソースの入ったフライパンを取り上げた時。 「「「「ああああああっっっ!!!」」」」 悲鳴が観客席から沸き起こった。 「な、なんだっ!?」 驚いてフリックが観客を見る。彼らは一点を集中して見ていた。それは、フリックの少し左側、観客席から見たら右側。 嫌な予感を抱きつつ、彼らが見ている方向を振り返ったフリックの視界に、とんでもない光景が拡がっていた。 「なっ、お、お前らっ!!!」 ―――フリックの作ったプリンは、忽然と消えていた。そして、その場にはなぜかビクトール以外に、ニナを筆頭とした複数人の少女たち、そして傭兵隊の隊員たちが現れていた。一様にその口が蠢いている。そこから導き出される答えはただひとつ。 「た、食べちまったのかっ、お前たちっ!!!」 フリックの悲痛な叫び声に、その場にいた人々は勢いよく首を縦に振った。 「美味しかったぜ、フリック」 ま、半分は俺が作ったからかな、と得意げに言うビクトール。 「いやあ、ほんと美味いっすよ、副長〜」 「ごちそうさまー」 嬉しそうに「じゃっ!」と手を上げて壇上から降りていく傭兵たち。 「きゃあああああ!フリックさんの手料理食べちゃったあ♪」 「うふふふ〜〜〜〜〜〜ラッキー!!」 黄色い声を上げながら去っていく少女たち。(なぜか既にニナは消えていた) 壇上に残されたフリックは、救いを求めるような目でフェイとハイ・ヨーを見た。しかし、二人とも呆気に取られてフリックを見返すだけだった。 司会者フー・タンチェンも、これから訪れる決戦の場をいきなり現れた人々によって奪い去られて呆然としている。 「えーーーー!フリックさんのプリン、もうないのーーーー!!!」 判定者席にいたナナミが立ち上がり、そう叫んだことでようやく皆が状況を飲み込んだ。 「これはちょっと……どうしようもないなあ……」 プリンがなければ判定できないね、と力なく笑うフェイに、ハイ・ヨーもがっくりと肩を落とした。 「折角……素晴らしい戦いになると思ったのに……残念ね……」 彼らの言葉を聞きながら、フリックはようやくその場で満足げな表情のビクトールに詰め寄った。 「お前何考えてやがるこの馬鹿野郎!!!」 「何って……だってなあ。あまりにも美味そうだったからよ、」 つい、と続けようとしたビクトールの顎に、フリックの左ストレートが綺麗にはまった。 「俺の努力はなんだったんだ!!!!!」 悲痛な叫びは、会場のブーイングとナナミの恨めしそうな声にかき消された。 「はいこれ。ふたりの分」 物陰でこっそりと手渡されたのは、銀色の容器に入った卵色のプリン。 それを受け取りながら、「まあしょうがないな、」とフェイは呟いた。 「今回はこれで見逃してあげるけど―――、次は駄目だからね、ニナ」 「わかってるって。だって判定者に選ばれなかったら食べられないじゃない。ナナミちゃんはともかくとして、他の人たちに食べられて私が食べられないなんて、そんなの許せないわっ!」 壇上にいち早く登場し、フリックのプリンを3つ奪取したニナは、握り拳を作ってそう主張した。 「まあ、僕らは食べられるからいいけどね」 「うん。まあフリックさん、可哀想だったけど。食べられるならいいや」 にこにこ笑いながら言うナナミに、「じゃっ!そういうことだから、フリックさんのいるパーティーから故意に私を外すとか、戦闘にかこつけて攻撃するとかはしないでねっ!」と爽やかに言いながらニナは立ち去った。 「………さすがにそこまではしないけどねぇ」 「そう?わたしはこれ食べられなかったらこっそりがつんとしようかなーなんて思ってたけど」 ナナミの発言に、フェイは思わず天を仰いだ。ニナの気がきいていて、ほんとうによかった、と。 「…………部屋に帰って食べる?」 「うん♪」 元気よく答えたナナミに、フェイは苦笑しながら一緒に部屋へと帰っていった。 その後、しばらくの間、ビクトールや傭兵隊の隊員たちが歩いていると何も無い所からいきなり物が落ちてきたり、何の変哲も無い場所にいきなり落とし穴が掘ってあったり、挙句の果てにビッキーのテレポート魔法によってとんでもない所に飛ばされたりすることがあった。 「自業自得だ」 温厚な彼には珍しく、フリックは冷たくきっぱりとそう言い放ったそうだ。 fin... |
■あとがき■ |