■キリ番 1300/よーこ711様■
か わ る 理 由
「ほら、行くぞー!」 「おー!」 「え、ちょっと待ってよー」 夕暮れ時の城下町を、子供たちが元気よくはしゃぎながら走り抜けていく。 楽しそうな声に惹かれ、ふと足を止めたフリックはその光景を目にして、微笑んだ。 あまりにも穏やかな光景。当たり前の光景とは言えるが、こんな戦の中心地とも言えるこの場所でもそんな子供たちの姿を見られると心が和む。 エネルギーの塊のような子供たちを見ていると、「頑張らなくては」という気持ちがこみあげてくる。 この子供たちが、このまま笑顔のままでいられるように、守っていきたい、と。 その時。 「うわっ!?」 後頭部にどすん、という重みがかかり、フリックは前のめりに倒れそうになった。が、足を前に踏み出して何とか踏みとどまる。 その間にも、頭に乗っかったなにものかはよじよじと動き回り、頭のてっぺんに辿り着いたところでぴたりと止まる。 「クゥ〜」 なんとも可愛らしい声が頭上から聞こえ、フリックははあっとため息をついた。その正体が分かったからだ。 「………何度も言うけど、そこはお前の座り場所じゃないぞ、ブライト………」 「クワッ!」 分かっているのかいないのか、フリックの頭を占拠した子ドラゴン・ブライトは能天気に一声あげる。 それに苦笑しながら、フリックは頭に手を伸ばし、適当にブライトを撫でてやった。 気持ちよさそうに「クゥ〜」と鳴かれ、フリックは「しょうがないなあ」とブライトの背中を軽く叩いた。 フリックとて、この子ドラゴンが可愛くないわけではない。まだ小さい体をよちよちと揺らしながら懸命に歩くブライトは、見ていて微笑ましい。先ほどの子供たちと同じように。 だがしかし、子供とはいえドラゴンはドラゴン。頭に突撃されると、非常に痛いし、おまけに重いのだ。 「フッチに頼んで、これはやめさせなくちゃな……」 背中とかならまだいいんだけどなぁ、とぼやきながら、両手で頭からブライトを引き剥がす。 「キュッ?」 首をかしげて鳴くブライトを両手で胸に抱きかかえると、フリックはぐるりと辺りを見回した。 ブライトがいると言うことは、その親がわりであるフッチが必ずそばにいるはずなのだ。 一度自分の騎竜であるブラックを亡くしたフッチは、過保護ともいえるくらいにブライトから目を離さない。まるで、自分の子供のように大切に育てているのだ。 「おーい、ブライトー、どこいったんだー?」 案の定、城内からそんな呼び声が聞こえてきて、フリックは苦笑した。本拠地内にいるのであれば、フッチでもそこまで心配しないのだろう。のんびりとした呼びかけだった。 「ウキュゥ!」 フッチの呼び声に、ブライトが敏感に反応する。フリックの腕の中でぱたぱたと翼を動かし、フッチの呼びかけに答えるように甲高く鳴いた。 「ブライト?そっちかい?」 次第に近づいて来るフッチの声。フリックの視線の先の角を横切ろうとする姿を目に留め、フリックの方から呼びかけた。 「フッチ、こっちだ!」 「え、あ、フリックさん」 くるりとフリックを振り返り、その腕の中にちょこんとおさまったブライトを見つけ、フッチはうれしそうに微笑んだ。 「ブライト!」 そう呼び、走り寄ってくる。その姿を認めたのか、ブライトがフリックの腕から飛び立ち、フッチに向かって一直線に飛んでいく。 「キュ!」 ブライトは、どすんとフッチの差し出した腕と胸の間に飛びこんで顔をこすりつけて甘えた。フッチは優しく微笑んで、背中を撫でてやる。 「なんでフッチの時にはちゃんと腕の中におちつくんだ…?」 頭にしか飛び掛られたことのないフリックは、しみじみとそう呟いた。 その言葉に、肩をポン、と叩かれる。 「なに、お前の場合はどこに落ち着かれるってんだ?」 「ああ、なんでか知らんが頭に………って、うわ!ビクトール!お前いつの間に背後に!」 先ほどまで誰もいなかった空間に、突如として現れて普通に声をかけてきたビクトールに驚くと、当の本人は肩をすくめた。 「なにもそこまで驚かなくてもいいだろ。たまたまそこを通りかかってたんだよ」 フッチと、そこに飛びつくブライトしか見ていなかったために、どうやら背後の気配に気がつかなかったらしい。 「背後を取られるとは戦士として不覚……」 「って、そこまで深刻なことかよ」 呆然と呟くフリックに、呆れた調子でビクトールがつっこむ。そこにブライトを抱きかかえたフッチが歩み寄って苦笑した。 「すみません、フリックさん。ブライト、迷惑かけちゃってるみたいで……」 すまなそうに言われ、フリックは慌てて首を横に振った。 「いや、別に迷惑じゃない。……まあ、できれば頭じゃなくて背中辺りに飛びついてほしいけどな。なあ、ブライト?」 そう言って、頭を撫でてやると、ブライトは気持ちよさそうに目を細めた。それを見て、フリックも笑みを深める。 その時、フッチがくすりと笑った。 「フリックさんて、変わりましたね」 「……そうかぁ?」 フッチの言葉に、フリックは首をかしげた。変わった、と言われても、漠然とした表現では一体何処が変わったのか本人にはわからない。 どんなものかとビクトールに視線を向ければ、ビクトール自身も首をかしげた。 「昔よりは、ちっとばかし大人になった気はするけどよ。でも口やかましくなったよなあ。あ、あと乱暴になったよな。それに紋章使いすぎだぞお前いて!」 「あ、すまん。手が勝手に」 失礼なことを言われている気がして、気がついたら殴っていた。そう言うと、ビクトールは「ほらな、」とフッチに話を振る。 笑って今のやりとりを見ていたフッチは、「そうじゃなくて、」とにっこり笑ってフリックの顔を指差した。 「フリックさん、随分優しく笑うようになりましたよね」 「……………………………………………………………は?」 予想もしない言葉を言われ、フリックは一瞬どころかしばらくの間反応できなかった。 一緒にいたビクトールは、最初こそフリックと同様反応しきれていなかったが、すぐに大爆笑した。 「ははぁ!なるほどな、確かにそうかもしれねぇな!」 「え、え、そうか!?」 反射的に自分の顔に手を当てて言うフリックに、フッチは笑いをこらえた顔をして頷いた。 「前は……前って言っても、僕は解放軍に参加したの、だいぶ後からでしたけど、笑っていてもそんなに優しそうではなかったんですよ」 「―――厳しそう、だったとか?」 まだ納得いかず、うーん、と唸りながらフッチに尋ねると、「いえ、そうじゃなくて、」と否定された。 「厳しそう、とか怖そう、とかじゃないんです。笑っていても表情がないっていうか、心ここにあらず、っていうか……そんな感じで、」 「―――そう、見えていたのか……」 フッチの言葉に、フリックは苦笑した。子供は大人よりも、隠された感情に敏感だと今更ながらに思った。 あの当時、確かにフリックは心あらずな状態だったと言われても仕方がなかった。 解放戦争が終わりに近づくにつれ、彼女の―――オデッサの、夢が叶う日が近づくにつれ、どんどんと空虚な気持ちが胸に満ち溢れて止まらなかった、あの頃。帝国に終わりが訪れた時、己の生きがいも消失すると感じていたあの頃は、自分がどんな顔をしてあの場にいたのかすら思い出せない。 「どっちにしろ、いいほうに変わった、ってことじゃねぇか」 ビクトールの明るい声が、フリックの思考を打ち切った。はっとして顔を上げると、いつもと変わらない飄々とした表情で、ビクトールはフッチの頭をがしがしっと乱暴に撫でていた。 「お前こそ、変わったよなぁ、フッチ」 「え、そうですか?」 撫でられるままにきょとんとした表情で見上げるフッチに、ビクトールはにかっと笑った。 「だってよ、前はこんなことしたら『やめてくれよな!』とか言って嫌がってたじゃないか?」 その言葉に、フッチは顔を真っ赤にして俯いてしまった。 「いえ、その、前は……やだったんですけど。子ども扱いされているなって思って……。だけど、」 そこで言葉を切り、フッチは顔を上げた。 「撫でてくる人が本当に大人だって思える人だったら、それに比べたら僕はまだまだ子供だからいいかな、って思えるようになったんです」 えへへ、と笑ったフッチに、ビクトールもフリックも、「そうか、」と笑い返した。 「おーい、フッチ!」 鍛錬場のほうから、元気のいい少年の声が飛んできた。振り向けば、鍛錬場の前でぶんぶんと手を大きく振る姿が見える。 「あれ、サスケじゃないか?」 目を眇めて声のほうを見たフリックは、その声の主がフッチと仲の良いサスケだとわかってそう言うと、フッチは「しまった」という顔をした。 「サスケに、今日の訓練に付き合ってって言われてたんだ……」 「なーおい、珍しくルックのやつもいるぜ?」 ビクトールが指摘した通り、鍛錬場の入り口に寄りかかって立つ魔法使いの姿があった。視力のいいフリックは、ルックの表情がいつもにもまして機嫌が悪そうなのに気がついた。 「―――フッチ、早く行ったほうがいいかもしれないぞ。ルックがかなり嫌そうな顔、してる」 「えっ………そ、それはちょっとやばいかも…。すみません、失礼します!」 普段から機嫌がいいためしのないルックを本気で怒らせたらどうなるか、フリックだけでなくフッチもよく知っている。 慌てふためき、それでもきちんと頭を下げて挨拶して、フッチは走っていった。腕に抱いたブライトが重そうだが、それでも離さずに走る姿を見送りながら、ビクトールは呑気な感想を呟いた。 「おーおー、がんばるねぇ」 「そりゃ、あのルックを待たせたらどうなるか、わからないからな。あ、」 唐突に、鍛錬場のほうで突風が巻き起こる。「わー!」っという悲鳴も一緒に聞こえてきた。 「………少しばかり、遅かったようだなあ」 どう考えても、癇癪を起こしたルックが風の紋章を使ったとしか思えないその光景に、ビクトールが「ご愁傷様」という表情をした。 所変わって、レオナの酒場。 結局フッチを見送った後、時間も時間ということで夕食を食べようと足を運んだフリックとビクトールは、いつのまにか指定席扱いされているカウンターに程近いテーブルに腰を下ろした。 夕食を食べるのならばハイ・ヨーのレストランに行くのが普通だろう。だが、酒を飲みかわしながら食事を取る人々にとっての夕食の場は、レオナの酒場と決まっていた。 「レオナ、ジョッキ!」 「はいよ、取りに来な」 ビクトールの声に、すぐさまどん!とジョッキが二つ、カウンターに置かれる。 ビクトールが好きな苦味の強いビールと、フリックが好んで飲む喉ごし爽やかなビールだ。 「お、さすがレオナ、気がきくなぁ」 そう言ってビクトールは立ち上がり、受け取りに行く。そこにこれまたタイミングよくつまみが差し出され、ビクトールはそれも受け取って席に戻った。 皿をテーブルに置き、片方のジョッキをフリックに手渡す。いつもの習慣で軽くジョッキを打ち合わせて、口をつけた。 喉を通り抜ける冷たい感触を堪能しているフリックに対し、ビクトールは一気に飲み干し、ごとんとテーブルにジョッキを置いた。 「っぷはー!うめぇなあ、一仕事の後はよ!」 「……お前、仕事してたのか?」 思わずそうつっこむフリックに、ビクトールは「いや!してねぇ!」と胸をはって答える。 その答えに、フリックは静かにジョッキをテーブルに戻した。そして、にっこりと微笑む。 「てことは、俺が頼んでおいた書類にもまだ目を通してないのか、もしかして」 「あったりめぇだろうが。こんな天気がいい日に、書類なんか読んでられるかよ」 ビクトールの言葉に、フリックはぴくり、と眉を跳ね上げた。 「俺が頼んだのは、もう10日以上も前だぞ。ロックアックスに行く前だったからな。そ・れ・な・の・に!」 そこでがたんと音をたてて立ち上がり、フリックはびしり!とビクトールに指を突きつけた。 「まだ読んでねぇのか、お前は!」 「だってよー」 「だってじゃねぇ!あれしきの書類、この10日間で1回も目が通せないくらい、忙しかったって言うのか、ビクトール!」 「ちょ、ちょっと待て、落ち着け、フリック!」 突きつけられた指先に、パチパチと光が走り始めたのを見て、あせってビクトールも腰を浮かす。 こんなところで雷を落とされては、たまったものではない。なんとかフリックの気を紛らわせようと考えをめぐらせる。 「だいたいな、ビクトール!」 さらに言い募ろうとしたフリックの突き出した指先、その手首を、唐突に横から伸びてきた大きな手がむんずと掴む。 驚いてフリックがその手の主を見た。ビクトールもつられてフリックと同じ方に視線を向ける。 「……………………………………………落ち着け、フリック」 長い沈黙の後、ぼそりと言われてフリックは、「あ、ああ、」と手を下ろした。そのまま椅子に腰を落とす。 ビクトールは、放電しかけたフリックの手が目の前から消えてほっとして、座りなおした。 「…………………………………………………」 「…………………………………………………」 二人は顔を見合わせて、しばし考え込んだ。そしてはたと気付く。 同時にばっともう一度、同じ方向を振り向いた。 そこに座っていたのは、巨大な剣を背に背負ったまま、無表情でジョッキを傾ける大男。 先ほどまで、微塵も気配を感じなかったのに、とフリックは呆然とそんなことを考えてしまった。 そんなフリックよりもこの状況を理解するのは、ビクトールのほうが早かった。勢いよく立ち上がってその男に向かって叫ぶ。 「…………………って、おい!お前いつの間にいたんだ、ハンフリー!?」 「…………………………………………………………………………ついさっきからだ」 かつてトランで共に戦ったハンフリー・ミンツは、3年たっても相変わらずの無表情でぼそりと答えた。 「き、気付かなかった…」 旧解放軍時代から共に戦っていたフリックは、ハンフリーの口数の少なさと気配のなさには慣れていた。だから近づいてくれば別に話しかけられなくても側にいることくらいは解っていたものだったが。 「3年もたつと、鈍くなるのか……」 なんとなく寂しくて苦笑するフリックに頓着せず、ビクトールはビクトールで「驚いたなぁ、おい」とぼやいていた。 「相変わらず変わんねぇなあ、お前さんも」 「……お前たちほどではないぞ」 特に返答を期待せずに言ったビクトールは、そのハンフリーの返答にぽかんと口を開いた。 フリックも意外だったらしい。 「……ちゃんと、自分から話を続けるようになったんだなあ、ハンフリー……」 なんだか妙な感動を覚えた、とフリックが言うと、ビクトールも隣で深々と頷いた。 「本当だぜ。前は、『ああ』とか『そうだな』とか、ほとんど相槌しか打たなかったのによ」 「………それだと、相手が困るだろう」 無表情でぼそぼそと答えるハンフリーに、フリックとビクトールは思わず顔を見合わせた。 相手が困っていたのは昔からだった。それでもハンフリーは自分のペースを崩さなかった。 それなのに、この台詞である。一体この3年の間でハンフリーを変えたものはなんだろうと思うのが当然だ。 そして、自然とそれがなんだったのか、二人とも気がついた。 「フッチ、だな」 フリックの言葉に、ハンフリーは「うむ」と重々しく頷く。 先の解放戦争後、騎竜を失い、竜騎士の資格をも失ったフッチは、竜騎士の長ヨシュアの友人であるハンフリーに預けられたと聞いていた。 そして、3年たった今、その二人に再会したのである。共に旅をしてきたことは明白だ。 「フッチも最初は大変だっただろう」 旧解放軍時代、初めて出会った頃は意思疎通もままならなかったフリックはしみじみとした想いをこめてそう言った。 「………俺自身も、な」 厳つい顔を、ほんの少しだけ苦笑にゆがめて答えたハンフリーに、興味津々の顔でビクトールがつっこんだ。 「あんなお子様の面倒を見るの、初めてだったんだろ?そりゃあ大変さ」 「………最初の頃は、あまり笑わなかったし、」 そりゃお前もだろ、とフリックもビクトールも心の中でつっこんだが、珍しくも自分のことを話し出したハンフリーの言葉を遮るのも無粋だと思い、心の中だけにとどめておいた。 「……何を言っても、むっとした顔で黙って頷くだけだったからな」 だからそれはお前もだろ、とやはりつっこみたくなった二人は、その言葉を口に出す前に、それぞれ別のことで気を紛らわせることにした。 フリックは、「そ、そうか」と頷きながらジョッキに口をつけ。 ビクトールは「そういえばさ、」と自分から話を切り出した。 「変わったよなあ、あいつも」 「あ、ああ、そうだよな」 フリックも相槌を打った。しかし、確かにそれはフリックも感じていたことなので、本心からの相槌だったが。 「前はもっと我侭っぽかったよなぁ」 「我侭っていうか、子供だったんだと思うぞ」 その「子供」という言葉に、ビクトールがにやりと笑った。 「お前ひとのこと言えたもんだったかよ」 「なんだと!」 身に覚えがあることを(しかも人が気にしていることを)言われた時、人はたいてい怒るものである。 フリックも例に漏れず、痛いところをつかれた照れ隠しから、ガタン、と席を立ち上がってビクトールに詰め寄ろうとした。 「…………解放戦争は、」 そのフリックの勢いをそぐタイミングを図ったかのようにぼそりと呟いたハンフリーに、思わずフリックは振り返った。 何を考えているのか読めない瞳が、じっとフリックを見つめていた。それを見返していたら、フリックはビクトールに怒鳴ろうとしたことがなんだか馬鹿らしく思えてきて、大人しく座る。 それを待ってからか、ハンフリーは後を続けた。 「……関わった人間に、大なり小なりの影響を与えた出来事だった。フッチにとっては、それが子供のままではいられないと、気付かされた出来事だったのだろう」 おそらく、と呟き、ハンフリーは立ち上がった。 「……そろそろ部屋に戻る」 反射的にフリックが時計を見ると、時刻は10時。まだまだ宵の口だ。しかし、フリックは微笑んで頷いた。 「ああ。フッチによろしくな」 それに頷きだけを返し、ハンフリーは去っていった。 「なんかよ、」 それを珍しく黙って見送っていたビクトールが、テーブルに肘をつきながらぼそりと言った。 「あいつ、意外にいい父親になりそうなタイプだったんだな」 「ちゃんと早めの時間に部屋に戻るからか?」 同室者であるフッチの寝る時間を気にして戻ったに違いない。眠り始めた頃に部屋に戻って起こさないように、と。 なんだか微笑ましくなってフリックは立ち上がった。 「どうした?」 急に立ち上がったフリックに、不思議そうな目を向けるビクトールへ、フリックはにっこりと笑う。 「俺もハンフリーを見習って、相手のことを考えてやらなきゃな、と思ったんだ」 その言葉に、ビクトールはすこしだけ引きつった表情でフリックを見た。 「……お前の口からそんな言葉が出てくると、すっげぇ怖いんだけどよ………」 逃げ腰になっているビクトールに、内心「カンの鋭い熊だな」と思いながらフリックは顔だけはにこにこしたままビクトールの手を掴んだ。 「お、おい、」 「さあビクトール。部屋へ戻るぞ。あの書類の山を今晩中に片付けるためにな」 「それは俺のこと考えてるんじゃなくて、自分のこと考えてんだろ!」 離せと騒ぐビクトールに、少しだけ眉をしかめてフリックは言った。 「ここで戻らなくて書類も片付けなかったら、俺が怒って雷落とすかもしれないぞ」 その言葉に、ビクトールはぴたりと身動きを止めた。 「……おい?」 「いくら丈夫で壊れないお前でも、それはいやだろう?」 ああなんて俺はお前のことを考えているんだろう、と言いながらフリックは大人しくなったビクトールの手を引っ張って酒場を後にした。 「馬鹿野郎ぅぅぅぅ離せぇぇぇぇ……」 遠のいていく声を聞きながら、一部始終を見ていたレオナは呆れた口調でそばにいたバレリアにこぼした。 「まったく、お子様だねぇ」 その言葉に、めずらしく一人で大人しく飲んでいたバレリアは肩をすくめた。 「男なんてのは、いつまでたっても子供なもんでしょ」 だからこそ可愛いんじゃないの、と大人の女の笑みでバレリアは返し、「それもそうだねぇ」と同じような笑みでレオナも笑った。 fin... |
■あとがき■ |