■キリ番 123/真様■

Speaking amorously



それは、ある意味よく見る光景ではあったのだ…たぶん。
「ちっ、多勢に無勢だよなぁ。しょうがねぇから、次はとっとと逃げ出すか」
たった今、戦場から傭兵隊の砦へと戻ってきたビクトールは、やれやれ、と肩を叩いてほぐしながらそう言った。
「なんだ?いつもは敵が少ないと『暴れたりねえ!』とか言うくせに」
一方、騎馬隊を率いて敵を撹乱し、これまたたった今戻ってきたフリックは、馬の手綱を駆寄ってきた隊員に預けてビクトールに歩み寄りながら、苦笑してそう返した。
いよいよ本格的に都市同盟に攻め入る気になったハイランド軍と、まずは小手調べ、といった感じで戦闘を行ったのは、まだ一時間ほど前のこと。
数で負けている傭兵部隊がかろうじて相手を撃退できたのは、ドワーフの秘法の一つ、火炎槍があったからだ。
しかし、いくらツァイに修理してもらったとはいえ、火炎槍の数にも限度がある。そうそう使いまくることはできない。
次の手を考えようにも、ここまで圧倒的に人数差があると、なかなか勝機が見えてこなかった。
ただ無駄死にするつもりは毛頭ないビクトールは、いつものように軽口をたたく。
その普段と変わらないビクトールに、周囲にいる隊員達は勝機の見えない状況にいながらも、希望を捨てないでいられた。
フリックもそれをわかっているから、同じようにいつもの口調で返しているのである。
「暴れたりねぇのは、今だってあるさ。ちっとばかり、骨のある部隊があったじゃねぇか」
「ああ、あの銀髪の男が指揮していた部隊だろ。近くで戦ったから顔も見えたけれど、なかなかやり手っぽい感じだったぜ?」
「そうか。もう一人赤い頭の元気のいい奴がいたなぁ。おもしろかったぜ、真っ直ぐ突っ込んできてさ」
「その二人ぐらいだろ、使えそうだったのは。でも奴等もかわいそうにな。…今回の大将、すぐかっとなって周りが見えなくなるタイプだったぜ。あれじゃ、部下が優秀でも勝てないな」
「すぐかっとなる…お前、人のこと言えるのか?」
「ぬかせ」
砦の建物に向かいながら、漫才のような会話を展開している二人を見て、まわりは自然に笑顔になる。
「隊長ぉ、冷静沈着なうちの副長をいじめないで下さいよ〜」
「そうですよ、さっきだって副長の騎馬隊が敵を撹乱してくれたから、隊長の所の歩兵隊、うまく戦線離脱できたんじゃないですか」
「……ちぇっ、お前らみんなフリックの味方だもんなぁ」
「ほんとのこと言ってるだけですって」
ふてくされるビクトールにどっとまわりが笑う。
その、声を出した笑いに、ひっそりとフリックも微笑んだ。
「じゃあ、第二弾作戦会議やってくるから、見張りのほうをしっかり頼むぞ」
「了解しました!」
元気のいい隊員達の返事を背中で聞いて、フリックとビクトールは建物の中に入り、扉を閉める。
そこで、周りに隊員達がいないことを確認して、二人そろって溜め息をついた。
「だーっっ!援軍くるまでキツイよなぁ。そっちはどんな感じだ?」
二階の執務室に向かいながら、ビクトールは本音をぶちまけてくる。
対するフリックも先程とは違い、渋い顔だ。
「正直言って、無理だろうな。…実は、火炎槍がもうそろそろ使い物にならなくなりそうだ」
「そうか…。それじゃあ、ここともオサラバになるかもな…」
「まあ、そうならないことを祈ろう」
がちゃり、と執務室の扉を開けると、机の上の地図を睨んでいるアップルがふと顔を上げた。
「二人とも、お帰りなさい」
「おう、ただいま。大まかな報告は聞いたか?」
「ええ…かなり、つらそうですね」
眉をひそめて、アップルがそういうと、フリックはひょい、と肩を竦めた。
「正直、そうだな」
対するビクトールは、どこまでもあっけらかんとした態度を崩さない。
「でもまあ、なんとかなるからな。…おお、お前ら、怪我なかったか?」
窓際に座り込んでいた三人組みが、声をそろえて「大丈夫です」と言う。
この間、川で拾ったフェイとその姉のナナミ、幼なじみのジョウイだ。
もともとハイランド側の人間だが、スパイ容疑をかけられて処刑されるところをビクトール達が助けた。そのことに恩義を感じているらしく、「戦いの手伝いをさせて下さい」と言われた。そのやる気を買って、先程は後方の守りを頼んでいたのだ。
ビクトールとフリックの部隊が先頭きって戦っていたので、後ろまでは戦いの波が広がらなかったようだ。見た限りでは怪我一つない。
「とりあえず、今後の方針を決めよう」
「そうですね。お二人の情報を教えていただけますか?」
「ああ」
そう返事をして、ビクトールは机の椅子にどっかり座る。フリックはその横に腕を組んで立っていた。が、ふと眉をひそめてビクトールをまじまじと見つめる。
「ん?なんだ、フリック?」
その視線に気付き、ビクトールが聞くと、
「いや、いい。はじめてくれ、アップル」
と言って、執務室の右隅にある棚へ向かった。
そんなフリックの様子に、アップルは疑問を持ったが、時間がおしかったので話を進めることにした。
幼なじみ三人組みも、興味津々でそばに寄ってくる。
「ビクトールさんたちが、さきほど戦った場所は、地図で言うと砦の北、この街道をここのへんまで上がっていったあたりになるんですよね」
「ああ、そうだな。俺の歩兵隊は、森からあまり離れたくねぇから、本当に森の入り口あたりで戦ってたんだな」
指で地図を指しながら、ビクトールが説明すると、アップルが頷きながら地図上に印を付ける。
「フリックさんのほうはどうでした?」
棚の中を漁って何かを探しているフリックに、アップルが声をかける。
「俺の部隊は、ビクトール達が戦っていたところを西側から大きく迂回して、敵の先陣を後ろから付く形で突撃したんだ。うまいこと、本隊と先陣の間が開いていたんでな。機動力に物を言わせて一撃して去る、を繰り返して敵の注意を分散させていた。そうだな…森の入り口から、一、二キロは離れていたな。本隊はそれより更に二、三キロ先にいた。そこまで騎馬隊のスピードは速くなさそうだったな…」
物を探しながらにもかかわらず、しっかりと先ほどの状況を伝えるフリックに、「さすが」と言う視線を向けてアップルは頷いた。
「では、分断されかけた先陣は、本隊と合流して、今は…このあたりで体勢を立て直している、といったとこかしら」
さらに地図に記しを書き込んで、アップルは顎に手を当てて、じっと地図を見つめた。
「おそらく、リューベに駐留部隊がいるはずだ。もしかしたら一度、そこまで引くかもしれないな」
ようやく机まで戻ってきたフリックがそう言い、机の上に箱を置いた。どうやらそれが目当てのものだったらしい。
アップルはそれを見て、怪訝な顔をした。どう見ても、その箱は救急箱だった。
「フリックさん、どこか怪我したんですか?」
アップルの言葉に、首を振って否定し、「いいから、すすめて」と言って救急箱を開ける。
「…わかりました。えっと、フリックさんの言ったことも可能性としてはあるんですけれど---」
「ただ、今のこっちの状況がわかっているだろうから、そのまま勢いで押してくるっていうのが一番有りうる話か?」
ガーゼを取り出し、それに消毒液を吹きかけながら言って、フリックは黙ってビクトールの顔を見た。
それまで黙ってアップルの話を聞き、フリックの行動を見守っていたビクトールは、しょうがないというふうに苦笑して右腕の手袋を外した。
「…!ちょ、ちょっとビクトールさん!それ、ヤケド…?」
「おう。火炎槍でな。…って、いいから続けてくれ、アップル。時間がもったいねぇ」
何も言わずに、ビクトールの腕をつかんで、フリックはガーゼで傷口をぬぐっている。
「…わかりました。えー、ミューズからの援軍のほうは…」
「早くて明日、だろうな。…敵が、一度体勢を立て直して夕暮れ時の戦闘が危険だと判断してくれれば、ぎりぎり間に合うかもしれないって所だろう」
ビクトールの腕の傷を治療しながら、フリックは淡々と言った。
「そうですね…。とりあえず、今できることは、怪我している人たちの手当てと、武器の補充と…」
「さっき、ホウアンとトウタが来てくれていた。レオナも手伝っていたな…っしみるって」
眉を顰めたビクトールに「子供じゃないんだから我慢しろ」とフリックは取り合わない。
「…………え、えっと、じゃあ怪我の手当ては問題ないとして、武器のほうは…」
「一応、間に合うものだけ研ぎに出すようには言っておいた。刃こぼれしていない奴等には、ありったけの武器を倉庫から外に出してもらっている。…ちょっと腕上げろ」
「おう」
フリックは器用にビクトールの腕に包帯を巻いていく。
視線はビクトールの腕に向いているのにもかかわらず、アップルにきちんと対応しているのに、横で見ていたフェイはなんとなく感心した。ジョウイは何か物言いたげな目で、二人を見ている。
アップルも、何か言いかけようとして口をひらき---結局何も言わないで首を横に振った。
「じゃあ、とりあえずできることはすべて手配済み、っていうことですね。あとは休んでもらうだけですか?」
「そうだな…。ああ、見張りを何人か騎馬隊から出しておくよう言っといたから、何か動きがあればすぐに伝えにくるはずだ」
最後の仕上げに、余った包帯をはさみで切り、フリックはようやくアップルを見た。
「アップル、後はどのタイミングで俺達が引くかを考えておかなければな。…ここを維持するのは、キツイだろう」
「あまり、考えたくはないことですけれどね…」
重い溜め息をつき、アップルは俯いた。そんなアップルに、ビクトールは治療が終わったばかりの右腕を伸ばして、そのアップルの頭をわしわしと掻きまわした。
「何するんですか!ビクトールさん!あーっっ、もう、グチャグチャ…」
少し涙目になって抗議するアップルに、「その調子で元気出しときな」といって笑いながら立ち上がる。
「俺は少し、下の様子を見てくらぁ。部隊での戦いはお前らに任せとくぜ。あとで決まったことを教えてくれればいいから」
フリックは更に、ガーゼを取り出し、はさみで手のひら大の大きさに切りながらビクトールを見た。
「ああ。わかった。なんでもいいから隊員達を休ませといてくれ。どうせあいつら、『大丈夫です』とか言って見張りしたり武器の点検したりと休もうとしないから」
「おお。任せとけ」
そう言って立ち上がりかけたビクトールに覆い被さるようにして、そのガーゼを今度は左上腕部にぺたっと貼り付けた。
「サンキュ」
「お前、怪我多すぎ」
「そんだけ戦ってんだよ」
「………ねぇ、フリックさん、ビクトールさん。さっきからすっごく言いたいことがあるんだけど…」
それまで珍しく沈黙を守っていたナナミが、軽いやり取りを交わす二人を見て口を開いた。
「あ……僕も、多分、同じこといいたいかも」
フェイも右手を上げて、二人を見る。
「………たぶん、僕が思っていることと同じ事だと思う。二人が言おうとしていること」
ジョウイも、なんとなく呆れた感じでそう言った。
「………………………ごめんなさい、私もさっきから気になっていたのよ…」
アップルは、「言いたくないんだけど」という顔でぼやいた。
「なんだぁ?四人とも。歯切れわりぃな。なんだよ、言っちまいな?」
それぞれの様子に、ビクトールは片眉をひょいっと上げて、先を促す。フリックも訳が分からない、という顔をして、首をかしげた。
「あのね、」
とナナミが切り出す。そこで言葉を切り、まわりの三人を見回した。三人とも、「ナナミに任せた」と言わんばかりに頷いて、先を進めるように促す。
「さっきの怪我の手当てを見ていて思ったんだけど」
ナナミの言葉に、二人は「ああ」と頷く。
「必要最低限の言葉だけで、相手が何を求めているかわかっちゃってるから、すごいな〜って思ったの」
ナナミの、どこか回りくどい言い方に、フリックは首をかしげつつも「まあな」と答えた。
「いい加減、長い付き合いだからなぁ。なんとなくわかる、かな?」
「相手の行動パターンが読めるしな」
「なあ?」
と、ビクトールとフリックは顔を見合わせて頷いた。
その様を見ていて、ますます四人とも、頭をよぎった言葉がしっくりくると確信した。
ナナミが「うん、やっぱり!」と確信を持って言い放った。
「なんかね、それって、相棒っていうより、『夫婦』の会話だよね!」
「「「あ、それそれ」」」
残りの三人も、ナナミの言葉にきっぱりはっきり同意した。
「「………………………ふうふぅ〜?」」
その単語に、立ち上がりかけていたビクトールは思わずよろけ、救急箱を片づけていたフリックは、箱を落しそうになって慌てた。
「あー、すっきりした〜。なんかしっくりくる言葉が思いつかなくて!」
「ナナミ、すごいよ。今の僕たちの気持ちをすべて表していたね」
「『夫婦』。うん、それだよそれ。僕たちが求めていた言葉は」
「ナナミさん、非常に的確です。…私だけが思っていたんじゃなくてよかった」
本人達が固まっているのに全く構わず、四人は楽しそうにしゃべっていた。
「あ、じゃあわたしたち、下に行ってレオナさんのお手伝いにいってくるね!」
「お願いしますね。私も、ツァイさんの所に行って、火炎槍の耐久力を確認してきます」
お子様達はかってに話を進めて仕切っていた。
「じゃあ、ごゆっくり〜」
ナナミが笑顔で言って、四人はぞろぞろ部屋を出ていった。
ビクトールとフリックは、中途半端な体勢で固まっていたが、ようやく顔を見合わせた。
「ごゆっくりって…」
「なにをどう『ごゆっくり』なんだぁ?アイツらは…」
苦笑して、ビクトールは椅子に座り直した。フリックも、はあっと溜め息をついて、机に腰掛ける。
「とりあえず一休みでもしておくか?」
「そうだなぁ。じゃあ、膝枕でもしてくれねぇ?奥さん」
冗談めかしてビクトールがそう言うと、フリックは疲れた顔をして、げしっと拳でビクトールの頭を殴った。
「…馬鹿熊」

そして、ふたりして同時に言った。
「最近のお子様の考えることはわからねぇなあ…」


一方。そろって部屋を出てきたお子様達も、溜め息をついてぼやいていた。
「今って、戦争中なんだよね…」
「そうだよナナミ…」
疲れたようにジョウイが答える。
「でもでも…」
「うん。ナナミの言いたいことはわかる、つもりだよ?」
そう言ってフェイは「ねぇ?アップルさん」と、同意を求めた。
「ええ…どーみたって、あれは…ノロけてるだけですよね…」
「ノロけだよね…」
「うん…」
「戦争中なのに…」
「ていうか、あの二人って、常にノロけ状態…なのかな」
「うーん…。まあいいんじゃないかなぁ。好きにすれば。それに考えてみたら、いつもあんな感じじゃなかったっけ?」
「まあそうなんだけどさ」
よくあると言えばよくある光景なのかもしれないけれど、時と場所と状況を考えてほしい。
その点で、四人の考えは一致していた。

今まで頼りになると思っていた二人への信頼に、少しひびが入った瞬間だった…。

fin...

■あとがき■

last update 2000/04/08