■キリ番 11111/TELLIA様■
ガ ン バ レ ワ カ ゾ ウ !
「もーっ!!ヒックスの馬鹿ぁっっっ!!」 どかん!という激しい音と同時にそんな罵声が上から聞こえてきて、フリックはため息をついた。 「……またやってんのか、あいつら……」 久しぶりの休みをゆっくりと満喫しようと思っていたのだが、この分だと間もなくそれを邪魔されるに違いない。 今までの経験から、ああやって少女が叫んでフリックのもとに愚痴を言いに来る確率は8割にも手が届く。 案の定、しばらく待つと上の階から階段を駆け下りてくる足音がし、だんだんとその足音が近づいて来る。 フリックは、読んでいて本をベッドサイドに置いて立ち上がった。 それとほぼ同時に勢いよく扉が開かれ、「フリックさん!」と名を呼ばれる。 そこでフリックは「おや?」と眉をひそめた。そんなフリックの様子には頓着せずに、突然の来訪者は部屋に駆け込みフリックに詰め寄った。 「お願いです、フリックさん!僕を、僕をっ……!!!」 涙目でそう何かを訴えようとしてくるのは、先ほど階上で叫んでいた少女ではなく。 「ヒックス?どうしたんだ、一体……」 「馬鹿」と少女に言われていた少年――――ヒックスは、フリックのその問いかけを全く無視して叫んだ。 「僕をっ、僕を、強い男にして下さい!!!」 「………はぁ???」 顔を真っ赤にして叫んだ弟分の少年の言葉に、フリックはただ間抜けた言葉だけを返した。 「……す、すみません……取り乱しちゃって………」 部屋にあった水をとりあえず飲ませてやると、少しは落ち着いたのか恥ずかしそうにヒックスは俯いて呟いた。 「いや、別に構わんが……どうせまたテンガに無茶苦茶言われたんだろう?」 「いえ、無茶苦茶っていうより荒唐無稽っていうか天衣無縫っていうか……」 どちらにしてもとんでもない事を言い出したに違いない。ヒックスと同様、同じ村で生まれ育った少女の顔を思い浮かべながらフリックは苦笑した。 「で、今度は何を言われたんだ?」 おそらく、「もっと剣の腕を磨け」とか「早く手柄を立てて村に帰ろう」とかそういう話だろうと思って言ったフリックは、さらに俯いたヒックスの様子に首をかしげた。 「なんだ、いつもみたいなことじゃないのか?」 件の少女、テンガアールに言われなれている―――というと悲しいが―――言葉に対してここまで深く落ち込むことは今までなかったことだ。 さて一体全体何を言われたのだろうか、と思っていると、ヒックスは下を向いたまま、ぽつりぽつり、と話し始めた。 「もーっ!キミはどうしていつもそうやって訓練をサボろうとするのっ!?」 同盟軍に参加している中でも比較的年若い少年たちは、毎日欠かさず戦闘訓練を行っている。 それに参加せずに部屋で本を読んでいたヒックスを目ざとく見つけて、テンガアールはそう怒った。 「い、いつもってわけじゃなくて……今日は、たまたま……」 昨日図書館で借りた本が面白くて、ついつい……と口篭もりながら説明すると、「もーっっ!」とテンガはその本を取り上げた。 「本を読むのも大切だけど、それよりなにより、キミはもっと剣の腕を磨かないとっ!いつまでたっても”成人の儀”を終わらせないよ!?」 ヒックスやテンガアール、そしてフリックの生まれ育った”戦士の村”には”成人の儀”というしきたりがある。16を過ぎると男は皆、村を出る。そして、戦士としての証を立ててまた戻ってくる。証は人によって様々だ。宮廷に迎えられて正騎士団の一員になった、とか、村を脅かしていた盗賊団を一網打尽にした、とか。それこそ昔の話だと、人々を襲うドラゴンを倒したとか、どこまでが本当の話か分からないことまで伝え聞く。 なにはともあれ、自分はここまでやったのだ、という証を持たないと、一度村を出た男は村に戻れない。 そしてテンガアールは、ヒックスがいつまでも村に戻れないと、彼と結婚して家庭を築くという夢がかなえられないのだ。 ヒックスとて、テンガアールのことは好きだし、いずれ結婚を申し込みたいとは思っている。 戦士としての証もどうにか立てねばとは思っているのだが――― 「で、でもね、テンガ。人には向き不向きっていうのもあって―――」 自分のこの性格が戦士に向いているかといえば、答えは否、だ。 ”戦士の村”の生まれである以上、特別な理由がない限り、男は全て戦士として育てられる。だがしかし、生まれてこの方自分が戦士に向いていると思ったことは一度としてない。それでも、立派な戦士となろうと頑張っているのは、ただテンガアールの伴侶として認めてもらいたいからだ。 そんな健気な想いは、しかしテンガアールには届かないらしい。 ヒックスの言い訳めいた言葉を聞くや否や、テンガアールはますます目を吊り上げた。 「もーっ!そういうことを言うとっ!ボクにも考えがあるからねっ!!」 そう言ってヒックスの部屋を飛び出そうと扉を乱暴に開けた。 「テ、テンガ」 止めようとヒックスが手を伸ばした先で「きゃっ」というテンガアールの軽く驚く声があがった。 何事かと部屋の外に出てみれば、がっしりとした体躯の男に抱きつくような体勢のテンガアールが目に入る。 「テテテテテンガっっ!」 自分以外の男に抱きつくとは何事かと叫ぼうとして、その抱きついている相手が誰なのか気がついた。 「おいおい、お前ら相変わらず喧嘩してんのかぁ?」 ぼさぼさの前髪の下、人のよさそうな瞳が苦笑している。抱きついているテンガアールの背中を軽く叩いて、その男は手を離そうとした。しかし、その手をテンガアールががしっと掴む。 「決めた!決めたよ、ヒックス!!」 振り返ったテンガアールは睨むように鋭い瞳でヒックスを見た。その視線にヒックスが思わずたじろぐ。 「……おいおい、なんだよ」 男の言葉を全く無視して、テンガアールは男に再度抱きついた。 「ボクは、キミと別れるから!」 「……えええええええっ!?」 あまりにも唐突な言葉に、ヒックスはただ驚くばかり。それにさらに追い討ちをかけるように、テンガアールは続けた。 「今日からこのビクトールさんと付き合うからねっっ!!」 「ええええええっ!?」 「はぁぁぁぁ!?」 今度はヒックスと、そして抱きつかれたままで困っていた男―――ビクトールが同時に声を上げる。 「ビビビビビクトールさんっっ、あなたそーゆー趣味があったりしたんですかっっ!」 今年32になるビクトールに、20歳のヒックスが噛み付く。それに、ビクトールは勢いよく顔を横に振った。 「冗談じゃねぇっ!こいつまだガキだろうがっ!」 「ガキってなにっ!もう18だもん!とにかくっ」 乱暴にテンガアールがビクトールの腕に自分の腕を絡ませ―――というよりもしがみつき、ヒックスにびしりと指を突きつけた。 「そーゆーわけだからっ!ボクがビクトールさんと付き合うのをやめさせたかったら、ビクトールさんより強いことを証明してねっ!」 「だから俺はお前と付き合う気なんか、」 「黙っててよ、ビクトールさん」 無情にもテンガアールはそう言ってビクトールの口を手で塞いだ。その行動にビクトールが何事か抗議しているようだが、ふごふごとしか聞こえない。 ヒックスはテンガアールの無茶苦茶な条件に「そんなぁ」と情けない声を上げた。 「ビクトールさんより強いことを証明しろ、だなんて無理に決まっているよ、テンガ」 先の解放戦争時から、ビクトールの傭兵としての強さを知っているだけに、思わず本音がこぼれた。 その言葉に、ぴくりと眉を跳ね上げたテンガアールは「ふうん、そう」と冷たく言った。 「叶わないからって諦めるんだ。ボクのこと好きって言うのも、その程度のものなんだね」 「―――っ、そ、そんなこと、ない」 思わず言った言葉に、テンガアールは頷いた。 「じゃあ、1週間後にそれを証明してみせてね。さっ、行こ、ビクトールさん」 テンガアールの言葉に反論する暇もなく、あっさりと彼女はビクトールを引き連れて立ち去る。 その後姿を呆然と見送ってから、ヒックスはようやく事態を飲み込んだ。 「………た、たった1週間で、『あの』ビクトールさんを打ち負かせって言うのか、テンガ……」 無理だ。はっきり言って、1万回戦っても無理だ。 だがしかし、いくら結果がわかっているからといっても、諦めたらきっとテンガアールは本気で別れるつもりだ。 「こうしちゃいられないっ!こんな時には!!」 決然と顔を上げ、ヒックスは踵を返した。目指す所は1階下の部屋。そう、こういう時に最も助けになる兄貴分の私室を目指し、走り出した――― 「……と、いうわけなんです……」 「はぁ、そりゃまた」 テンガも思い切ったことを、という言葉を飲み込んだフリックは、さてどうするか、と考えた。 正直言って、たった1週間でヒックスをビクトール並みに鍛えるのは無理である。かと言って、事情を聞いてしまった以上、放っておくこともできない。 考え込んでいると、「フリックさん、」とヒックスに声をかけられた。 「あの、別に本気で勝とうなんて思ってないですよ、僕」 「あ、そうなのか?」 ヒックスを勝たせるための算段を考えていたフリックは、その言葉に拍子抜けた感じがした。 「たかが1週間で、そんなに鍛えられるなんて甘い考えはもっていません。だけど、このままじゃ一瞬で勝負がついてしまう。それじゃ、テンガに努力を認めてもらえないでしょう?」 もっともな言葉に、「それもそうだ」とフリックは頷いた。同時に、そこまでテンガアールが好きなんだなぁこいつ、と感心する。 「ということで、」 椅子に座っていたヒックスはそう言って立ち上がり、深々と頭を下げた。 「この1週間で、ビクトールさんとなんとか1分まともに剣を合わせられるように、僕を鍛えてください!!!」 「い、1分、でいいのか?」 もう少し頑張るかと思っていたフリックが思わず問い返すと、「はいっ!十分です!」と力強くヒックスは頷いた。 「そーか、1分でいいのか……」 1分あのビクトールと剣を合わせられるというのは、テンガアールへの想いを証明するに足りる時間なのか、となんとなく「ふーん、そーかぁ」という微妙な気持ちになったフリックであった。 「うーん、スジは悪くないと思うんだが……」 木刀を片手に溜め息をつきながらフリックはそう言った。 目の前には、地面に転がるヒックスの姿。仰向けに倒れたその表情は、かなり辛そうだ。 「ふ、フリックさん……ちょっと……ハードすぎ……」 切れ切れにそう言うヒックスに、フリックは「これでも軽い方だぞ」と苦笑する。 現に、フリックが今ヒックスにやらせていた訓練は、フリックが”戦士の村”で15の時にやらされたことだ。 「ほらほら、いつまでも休んでるんじゃないぞ。これくらいで疲れてちゃ、あいつに振り回されて終わりだぜ?なにせ、熊並みの馬鹿力と体力を持ってるからなあ」 甚だ失礼な言葉をあっさり言うフリックに、ヒックスは上半身だけ起こしてくすりと笑った。 「そうですね、頑張らないと」 よっ、と掛け声をかけて立ち上がるヒックスの姿を見守りながら、フリックは内心で「成長したなあ、こいつ」と思っていた。 フリックがまだ”戦士の村”にいたときは、戦士になるのが嫌で、剣の稽古もできればやりたくないといった様子のヒックスだったのだが。 「ま、テンガのおかげってところか…」 テンガアールとともに歩むため、そして彼女を守るためにならば、ヒックスは剣を持つことを厭わなくなっているのだ。 戦士として生きていくことがいいことばかりとは決して言えないフリックだったが、ヒックスにテンガアールと一生を共にする気があるのならば、この変化は好ましいものであると思う。 「おかげ、っていうより、せい、って言った方が正しいと思うんですけど……」 フリックの独り言を誤解したのか、ヒックスは恨めしそうな目でフリックを見ながらそう言った。 「いや、まあ、確かに今回のことはテンガのせいだろうけどな、」 そう言う意味じゃなくて、と言おうとしたフリックの言葉を遮り、ヒックスは剣を構えた。 「でも、これでテンガの気がすむならば、簡単なことです」 肩で息をしながら、ヒックスはフリックを真直ぐ見た。 「続き、お願いします」 向けられた視線の強さに、フリックは嬉しさを感じた。 昔のヒックスは、物事を諦めるのが早かった。試しもしないうちから、無理だと決め付けることもよくあった。 しかし、どうだろう。たとえ力の差が歴然としていても、最初から投げ出そうとはせず、自分でできる範囲のことをやろうと頑張っているではないか。たいした成長ぶりである。 できればテンガアールには、結果ではなく、この途中の努力する姿を認めてほしいものだ、とフリックは思った。 そして、瞬く間に1週間が過ぎた。 鍛錬場にはざわめきがあった。 ヒックスは周りからの視線を痛いほど感じ、いたたまれない気持ちになっていた。 ヒックスの前に立つビクトールも居心地が悪そうだ。 なぜかビクトールとヒックスの決闘(?)が行われると本拠地中に知れ渡っていたらしく、暇な人々が鍛錬場に集まっているのである。 なんでこんな大袈裟になっているんだ。 二人の胸のうちはその言葉でいっぱいである。 ちらり、と視線を横に向けると、この騒動の原因になったテンガアールと、どうやら判定役らしいバレリア、そして同じように居心地の悪そうな表情のフリックが立っている。 ヒックスの困ったような視線に気がついたのか、フリックが苦笑して、だが力強く頷いた。 「お前なら大丈夫だ、ヒックス。この1週間を思い出して、思い切ってやれ」 フリックの言葉に、ヒックスは微かだが笑みを浮かべて頷き返した。 「はい、頑張ります!」 正面を向き、ヒックスはビクトールに頭を下げた。 「よろしくお願いします、ビクトールさん」 その言葉に、ビクトールはあいまいな表情で頷く。 「あー、そのなんだ、まあ頑張ろうや」 「……他に言い様がないのかお前は……」 よくわからないビクトールの言葉に、フリックが思わずといった調子でつっこむ。 フリックの言葉を聞き流して、ビクトールは片手で木刀を構えた。 「いいぜ、いつでもきな」 無言で頷き、ヒックスも剣を構える。こちらも木刀だ。だがなかなか足を踏み出せなかった。 何気なく立っているだけのビクトールに、全く隙がないからだ。さすが歴戦の戦士である。ビクトールの目を見つめたまま、ヒックスはどうやって踏み込んだらいいか懸命に考えていた。 長く感じられたその膠着状態の中で、突如ひとつの声が響いた。 「頑張れ!」 テンガアールの声だ。 それがどちらに向けられた言葉なのかはわからなかったが、ヒックスはなんとなく自分に対して言ってくれているような気がした。 不思議なもので、テンガアールの声を聞いたら、覚悟が決まる。 「行きます!」 そう言うことで自分に気合を入れ、ヒックスは足を踏み出した。そして、その勢いでビクトールの構える木刀に力をこめて打ち込んだ。 鍛錬場に、木刀のぶつかり合う鈍い音が響く。満身の力をこめて、ヒックスはビクトールを押すが、相手はぴくともしない。 この体格差では当たり前なのだが、それにしても相手は片手、こちらは両手。力の差がありすぎた。 ビクトールもヒックスも、それはよくわかっていた。 「……あのよ、ヒックス、」 木刀をあわせたまま、ビクトールが申し訳なさそうに小声で言った。 「負けてやりたいのはやまやまなんだけどな、ちょいとあのお嬢ちゃんに釘を刺されているんで、手は抜けないぜ?」 その言葉に、ヒックスは苦笑した。 「当たり前です。ビクトールさんに手を抜かれたって、僕は勝てませんから」 「ああ?だってお前、それじゃ困るだろ」 あまりにあっさりとした言葉に、ビクトールは片眉をひそめた。 確かにビクトールに勝てなければ、テンガアールは戻ってこない、と言い張っている。それでも。 「でも、僕がどれだけ彼女を想っているか―――それは、勝てなくても見ていてもらえれば、わかってくれると思っているから」 だから逆に手を抜かれたくはない。それでは想いが伝わらない。 そう言うと、ビクトールは一瞬だけ呆気に取られた表情になり、ついで豪快な笑みを見せた。 「よっしゃ、その心意気はわかったぜ」 そう言うが早いが、ビクトールはヒックスの木刀を跳ね上げた。その力に押され、ヒックスは一瞬背後に飛ばされたが、なんとかうまく着地して、再度地面を蹴った。今度は上段から木刀を叩きつけるように繰り出す。 「まだまだ甘いな!」 ビクトールはそれを避けようともせず、木刀で受け止める。 「うわっ!」 そしてそのまま後方に跳ね除けられ、ヒックスはビクトールの頭上を越した。 弧を描いて自分の身体が落ちていくのが分かる。視界に人々の驚いた表情が流れてゆき―――そして。 「ヒックス!」 なぜか泣きそうな表情をして自分の名前を叫ぶテンガアールの表情が飛び込んできた。 全ては一瞬の出来事で。 そのままの勢いで、ヒックスは鍛錬場の床に叩き付けられた。あまりの衝撃に意識が遠のいていく。 「ヒックス!」 その耳に、再度テンガアールの声が聞こえたような気がしたが―――すぐに意識は闇に飲まれていった。 「………かお前は!」 「う………え、しょうがねぇだろ!」 「それにしたって、もう少し………だろうが!」 なんだか怒鳴りあっている声が聞こえる。その声のせいで、痛む頭にさらに鈍痛が加わった。 できればもう少し静かにしてほしい―――― そう思ったところで、ようやくヒックスは自分の状況に気がついた。 目を開けると、白い天井が見える。少しだけ視線を横に向けると、心配そうな少女の顔。テンガアールだ。 ヒックスの視線に気がついたのか、その表情がぱぁっと明るくなった。 「あっ……!気がついた!」 「本当か!」 どかっという音がして、ヒックスの視界に青い色が翻った。そしてすぐにほっとしたような表情のフリックが見える。 「よかった……なかなか目を覚まさないから、心配したんだぞ」 「……す、すみません、そんなに長い間……?」 ヒックスの言葉に、テンガアールが頷いた。 「もう、夜だもの」 「そうか、半日以上も……」 ビクトールに木刀をはじかれて、床に激突したことを思い出し、ヒックスは顔をしかめた。頭が痛いのはそのせいだ。 ようやく今の状況を飲み込んだヒックスの耳に、うめき声が聞こえた。 「いてて……たく、フリック、てめぇそこまで本気で殴りとばさねぇでもいいだろうがよ」 そう言いながら、床から立ち上がってきたのはビクトールだった。なるほど、さきほどの「どか」という音はフリックがビクトールを殴り飛ばした音だったのか、とヒックスは納得した。 ビクトールの抗議に、フリックはちらりと冷たい目を向けた。 「自業自得だ。お前、自分の馬鹿力を甘く見すぎなんだよ」 「なんだとぉ」 険悪ににらみ合う二人を、ヒックスは交互に見て「どうしよう」と困っていた。そんなヒックスの手を、そっとテンガアールが握った。 「……ゴメンね、ヒックス……ボク、考えが甘かったよ……」 「テンガ……もう、怒ってないの?」 恐る恐る、ヒックスはそう聞いた。テンガアールの怒りが収まることを願ってビクトールと戦ったヒックスとしては、そこが最重要ポイントだった。 「だって、君はボクに誠意を見せてくれたじゃない」 「テンガ………」 どうやら分かってくれたらしいテンガアールに、ほっとヒックスは胸をなでおろした。どうやら頑張った甲斐があったようだ。 「君に強くなれ、強くなれ、って、いきなりビクトールさんと戦わせたりして……・どうやらボクは急ぎすぎていたみたいだから。ちょっと反省した」 だからね、とテンガアールはにっこりと笑った。なぜかその笑みが怖くて、ヒックスは反射的に身を竦めた。 「もう少し、同じくらいのレベルの人と戦う所からはじめようね♪」 「………………………………………………………………え?」 同じレベルの人?戦う? 「じゃあ、ボク、適切な人を探してお願いしてくるから。はやく元気になって、もっとびしびし頑張ってね!」 後はよろしく!とテンガアールは医務室を飛び出していった。 後に残された男たちは、途方にくれてお互い顔を見合わせた。 「今の……どういうことでしょう……」 「どうって、そのままの意味じゃねぇの?」 あっさりとしたビクトールの言葉に、ヒックスは「あああああああ」と深いため息をついた。 「テ、テンガ……わかってない、わかってないよ、やっぱり……」 相手は誰でもいいから勝たないと認めてくれないのか、結果が全てなのか、とヒックスは嘆いた。その肩に、ぽんと温かい手が置かれる。顔を上げると、慰めるような表情のフリックと目が合う。 「しょうがないだろ。お前が選んだ相手がああいう性格だって、昔からわかっていたことじゃないか」 「ふ、フリックさ〜〜〜〜〜〜〜ん」 情けない声を出すヒックスを「よしよし」と宥めながら、フリックは言った。 「まあ、腕を鍛えるの、手伝ってやるから。頑張れよ、な?」 「あ、ありがとうございますううううぅぅぅぅぅぅ」 本当に頼れる兄貴分だと、ヒックスはフリックにすがりついて泣いた。 「泣くなよ、全く……」 苦笑しながらも、フリックはヒックスを突き放したりせず、気がすむまでそのままなかせてやっていた。 「どうでもいいけどよ、」 その光景を、先ほど殴り飛ばされた顎を擦りながら、ビクトールは肩をすくめた。 この騒ぎに巻き込まれたばっかりに、テンガアールに付きまとわれ、ヒックスの決闘相手を務めさせられ。 結局テンガアールに泣かれ罵倒され、フリックに怒鳴られ殴られ。 「結局、俺が一番貧乏くじ引かされてんじゃねぇのか……?」 もっともなビクトールの言葉を聞いてくれる人間はその場にはいなかった。 その後、しばらくフリックにしごかれるヒックスの姿や、誰彼構わず決闘相手を探し回るテンガアールの姿が風雲城で見かけられたようである。 fin... |
■あとがき■ |