■キリ番 108/tomo様■
Heal your heart |
目の前に広がる一面の砂、砂、砂。 ■ ■ ■ Victor ■ ■■ (まじでこの砂漠に終わりがあるのかとか、疑っちまうよなぁ…) 過去に一度、ここを通り抜けてジョウストン都市同盟からトランに行ったことのあるビクトールでさえ、そう思ってしまうほど、見える景色に変化が無い。 もうすぐ目指すオアシスが見えるはずだ、と思い、俯いている顔を上げて前を見つめるが、目指すものが見えずにそのたびに落胆すること数十回。 聞こえるのは、時折吹く風の音と、さらさらした砂の上を歩く音、そして後ろを歩く相棒の荒い息遣いだけだった。 ビクトールは、後ろをちらりと振り返り、きちんとフリックが付いてきていることを確認する。 これも、この砂漠を渡りはじめてから、数えるのもばかばかしいほど何回も繰り返していることだ。 砂を踏みしめる足音も、呼吸も、聞こえてきてはいるのだが、その姿が見えないとなんとなく不安になってしまってついつい目でも確認しようとしてしまう。 最初のうちは、フリックはそんなビクトールに対して「心配しすぎだ」と嫌そうな顔をしていたが、今やビクトールが振り返る気配に気づく余裕も無い様だ。 それもそのはず、解放戦争の最期の戦いで負った矢傷が思いのほかひどく、一月近くベッドから離れられなかったフリックが「もう大丈夫だから」と言って旅に出たのが三週間前。 その普通の旅の最中でも時折辛そうにして歩いていたのに、今は砂漠を横断中ときている。 (辛くないわけねぇのになあ。弱音一つ吐かないってのは見上げた根性だぜ) 意地っ張りな相棒に苦笑しつつ、 (もうちょっとばかり、俺に頼ってくれたっていいのになぁ・・・) と、まだ「相棒」と認められていないようで、寂しさを覚えている自分を感じつつ、ビクトールは深々と溜め息をついた。 ■ ■ ■ Fric ■ ■ ■ 足が、重い。 すでに惰性で左右の足を交互に動かしているのに気が付いていたが、それでも前に進めるのだからまあいいか、と多少楽観的に考えながら、フリックは歩いていた。 日光を遮るものは、目深にかぶっている防砂用のコートだけ。しかしコートの中はすでに蒸し風呂状態で、気持ち悪いことこの上ない。 さらに、右脇腹にある傷が、先ほどからちくちく痛み出していて、かなり辛い。 (…体力が落ちているとは思ってたけど、これほどとはな・・・) 元々、目の前を行く熊男とは基礎体力からして違うので、さらに傷を負っている今は大人と子供ほども差があるのではないかと感じてしまう。今もビクトールは、自分の前を黙々と歩いている。少しでもフリックに日陰を与えるために。 (畜生。そんなに気を使うなよな。そんなにされたら…) そのとき、ふっとビクトールがこちらを振り返った。俯きながら歩いているので、目こそ合うことはなかったが、そんなことは気配で分かる。 この砂漠に入ってから、何度も繰り返されてきた行為。 最初のうちは「心配しすぎだ」と怒っていたフリックだが、今では声を出すのもおっくうなので文句を付けるのをあきらめた。 過保護な相棒に苦笑しつつ、 (やっぱり「頼りない」とか思われてるんだろうな、俺…) と、まだ「相棒」と認められていないようで、畜生、とぼやきながら、フリックは深々と溜め息をついた。 目指すオアシスに着いたのは、それからさらに三時間ほど歩いた後だった…。 ■ ■ ■ Victor ■ ■■ 泉は小さいながらも、周りを取り囲む緑が適度に生い茂っているオアシスにようやくたどり着いた時、ビクトールは思わず安堵の溜め息をこぼしてしまった。 「フリック、着いたぜ…」 水分の足りない喉で無理矢理声を押し出すと、ビクトールは後ろを歩いていたフリックを振り返った。 ■ ■ ■ Fric ■ ■ ■ 半日ぶりにビクトールの声を聞き、フリックはようやく足を止めた。 「そ、うか、着いたか…」 掠れた声で、そこまで言うのが限界だった。 足に力が入らなくなり、がくりと膝から崩れ落ちる。せめて無様に倒れまいと無意識のうちに前に手を出したが、意味をなさず。 「フリック!!」 そう叫ぶビクトールの声を最後に、フリックは意識を手放した。 ■ ■ ■ Victor ■ ■■ いきなり倒れたフリックに驚き、ビクトールは駆け寄った。 「おい、フリック!」 体を抱き起こしてフリックの顔を見れば、血の気がほとんど無い。 まさかと思い、コートを脱がせ、自分の手袋を取って素手で右の脇腹をそっと触ってみるとべっとりとした嫌な感触。 「お前な!傷口開いて辛いんなら、そう言えよな!この頑固者!!」 そう毒づいて、ビクトールは意識の無いフリックの体を抱き上げ、泉のそばへと連れていった。 ■ ■ ■ Victor & Fric ■ ■ ■ パチパチ、と火のはぜる音がする。 その音に、フリックはゆっくりと目を開いた。赤い炎が目の前で踊っている。 (火…を付けてるって事は…もう、夜、か…) 昼間の酷暑が嘘のように寒くなる砂漠の性質は、ここ数日の旅で身にしみて分かっている。 ゆっくり頭を持ち上げようとすると、目眩がした。 「目ぇ覚めたか…?」 思いがけない程近いところから、ビクトールの声が聞こえ、フリックはびっくりした。 そして、自分がマントに包まれ、ビクトールの胸に寄りかかるようにして座らされていたことに気が付いた。 「うわ!?なんだ…っ!」 「…ここでそこまでびびられると、なんかフクザツなんだがな…」 不満そうな声で、ビクトールはぼそっと呟いた。 「…もしかして、俺が倒れてからずっとそうしてたのか?」 「あー、まあな」 「体勢、辛いだろ?もう大丈夫だから…」 そう言ってフリックは身を起こそうとしたが、ビクトールの腕によってはばまれた。 「ビクトール?」 「辛くねぇし、むしろあったかいからこのままいろよ」 ビクトールの腕にぎゅっと力が込められる。放す気が無いらしい、とフリックは早々に抵抗をあきらめた。 なにより、フリック自身もこの温かさが心地よかったから、ビクトールの言葉はありがたかった。 体の力を抜いて、フリックは背後にいる男にそっと寄りかかる。 (ここでこうして甘やかすのがこいつの悪い癖だよな。思いっきり頼っちまうじゃねぇか、俺…) こんな状態では、相棒としてみてもらえなくてもしょうがないのかもしれない。そうフリックが考えていると。 「お前さ…。もしかして俺のこと頼りにならねぇとか思ってたりするか?」 唐突に呟かれたビクトールの言葉に、フリックは「は?」と、思いきり怪訝な声を出してしまった。 「な、んで、そう思うんだよ…」 どちらかと言えば、自分のほうが頼りにされていないと感じていたフリックである。ビクトールに頼りすぎてしまい、ビクトールからは頼りにされない。それが相棒と認められていないように思われて、悔しくて…。 そんなフリックの心の中の葛藤に気が付かずに、ビクトールは火を見つめたままぼそぼそと呟いた。その表情は、なんだかとっても暗い。 「だってよ、お前、傷口とか開いて辛いはずなのに、何にもいわねぇし。この砂漠の旅だって相当しんどいはずなのに、弱音一つはきゃしねぇし…」 つい愚痴っぽくなってしまったことに気が付き、ビクトールは言葉を切った。 「え、あ、傷、開いてたのか?」 気づかなかった、と呟くフリックに、ビクトールは驚いたようだった。 「お前な、相当鈍いぞそりゃ…」 「いや、本当に気づかなかったんだ。前に進むことしか、考えてなかったから」 「前、に?」 「ああ。こんな旅くらいで音を上げるわけにはいかない。ちゃんと前に進むことで、お前に相棒として認めさせるぞっていう気持ちがあったから。…無理してたつもりはないけど、やっぱり体が付いていかなかったよなぁ。情けない」 少し機嫌が悪そうに顔を顰めたフリックを見て、ビクトールは驚いた。こいつ、そんなことを考えてたのか、と。 「お前…俺は頼りにしてるぜ?お前のこと。どっちかっていや、俺のほうが頼りにされてないんじゃねぇかってもやもやしてたのによ…」 「なんだビクトール、お前もしかしてそんなこと気にして暗い顔してたのか?…馬鹿だなぁ」 「ば…っ、馬鹿って・・・」 そう断言されて、ビクトールは二の句が告げなかった。 ビクトールの腕の中、フリックは無理に体をひねって。ビクトールと目を合わせた。 「あのな、俺はお前みたいにお人好しじゃないから、信用してない相手と旅なんてできないぞ?なんで弱音吐かないから頼ってないと思うんだ?お前だって俺に対してそうだろう?じゃあ、お前、俺を頼ってないのか?」 間近でフリックの蒼い瞳に見つめられ、ビクトールは 「そんなわけ、ねぇだろう!」 と強く否定した。 その必死なビクトールの様子に、フリックはふわりと笑った。 「じゃあ、もっと自分を信用しろよ。お前が思ってるくらい、俺だってお前のこと、信用しているんだから。むしろ…」 むしろ俺のほうがずっと頼ってるんだぜ…と、小さい声で呟くのを、ビクトールはしっかり聞いてしまった。 ビクトールは自分の顔が緩むのを感じていた。 フリックが頼ってくれていない、と感じていたのは、自分自身を信じてなかったからだ。 「自分なんかを頼ってくれるわけがない」と変に思い込んでいたから気づけなかったのだ。 こんなにもフリックは自分を信じているということを、行動で示していたのに。 ビクトールは思い悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなって、笑った。 「お前…くたばってるのに、あいかわらず強気だよな」 「お前こそ、体力ありあまってるくせに、めずらしく後ろ向きになってるよな、気持ちが」 くすくす笑うフリックに、「めずらしくってなんだよ」とぼやきながら、体を起こしかけていたフリックを再び自分によりかからせた。 「ビクトール?」 「少しでも体力回復させるんだな。明日から、また辛いぜ?」 「…わかった、そうする。でも、お前も、ちゃんと寝ろよ…?」 「わかったわかった」 「…ビクトール」 「ん?何だ?」 「おやすみ…」 そう言って笑って、フリックは目を閉じた。程なくして、寝息が聞こえてくる。 「俺もまだまだだよなぁ。悩んでばかりで。こいつみたいに、悩むくらいなら、行動しなくちゃいけねぇよな」 まだ先の戦いによって負った心の傷が完全に癒えているわけでもないのに、フリックは強かった。 (むしろ俺のほうがずっと頼ってるんだぜ…)と、悔しそうに小さく呟いたフリックの言葉に、砂漠に入ってから感じていた心の中のもやもやが消えていくのをビクトールは感じていた。 「俺のほうが、ずっとずっと、頼りにしてるぜ?なあ、フリック…」 自分の肩にかけていた毛布で更にフリックを包み込むように抱き、ビクトールもしばしの休息を満喫することにした。 明日からもまた、砂漠を越えるためにひたすら前に進むだけの日々。 しかし、体がいくら辛くても、二人でいる限りその心が疲れを感じることはないだろう。 お互いが、信頼しあっていることを、こんなにもはっきりと感じられることができたのだから。 fin... |
■あとがき■ |